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最終談 後日談

 生田、追牧両名の犯人と対峙して三日後の話。

 あの後、僕は生田にやられた傷の療養の為、学校を三日間休んでいた。今日は久しぶりの登校というわけである。

 登校するなり、無事に帰宅させた彩乃から生田が急にいなくなったことを伝えられ、妙に鋭い核心めいた質問を色々投げかけられた。突然僕も三日間休んだものだから、クラスの皆にもかなり質問攻めにされたりもした。その中で聞いたのは、どうやら生田は他の学校へ転校し、追牧は退職したということ。

 まぁ、簡単すぎるかもしれないけれど妥当な対応だろう。普通に彼らが殺人犯です! なんて学校側が生徒や親に伝えるわけがない。学校側としてもそこは表ざたにしたくはないだろう。また事件の真相が噂として広まるのも時間の問題だろうけど、僕も今はこの判断が正しいと思う。

 

 現在の時刻は午後二時半を回ったところ。まだ五時間目の授業の最中だ。

 けれど、僕は授業をサボって旧校舎の図書館にいた。正確に言うと強制的にサボらされた、が正しい。当然、『魔女』である瀬菜に連行されたわけだ。

いつも通り瀬菜は紫の椅子に腰かけ、向かい側に僕は図書館備え付けの硬いパイプ椅子を持ってきて座っている。

 相変わらず周囲には読み終わった本が出しっぱなしにされ、椅子を置くにも困るほどだった。


 「まずは事件解決の祝杯を挙げよう」

 「お、いいね。ジュースか何か用意して――」

 「などと言うとでも思ったかい?」

 「はい?」


 たまには良いことを言ったと思ったが、ぬか喜びに終わった。いいね、と言ったときにグーと親指を立てた自分が恥ずかしい。

 当の本人は足を組み、どこか不機嫌そうな表情。組んだ足をリズムよく小刻みに動かし、椅子の手すりに頬杖をついた。


 「なんだよ……。俺何かした?」

 「心当たりはないか?」

 「心当たりぃ?」


 僕は腕を組んでむむむ、と顔を上下に動かす。

 心当たりなど全くない。

 椅子の上で胡坐を組み、顎に手を当てて考えてみるも、思い当たることはなかった。

 まぁ、たぶん先日解決した事件関連だろうと予測はつく。けれど、三日も経っているんだから、あれやこれやと言われる事はないと踏んでいた。

 あ、もしや。


 「お見舞いのメロン食ったことか!」

 「違うわ! そして、やっぱり君が食べたのか、私のメロン!」


 瀬菜が手元にあった文庫本を僕目掛けて投げる。

 それを僕は体を右に逸らして避けた。

 ふ、幾度となく死線を潜り抜けてきた僕には当たらんよ。

 さりげなく勝ち誇った表情をしていたら、目の前の魔女はどす黒いオーラを身に纏いだした。

 そして、おもむろに広辞苑ほどの厚みのある明らかに日本のものではない本を両手に持ち、交互に投げてくる。

 しかし、そんな重い本をいくら魔女であろうとも女の子が飛ばせるはずもなく、僕が座る椅子の手前に落ちた。


 「そんなにメロン食いたかったのか……? 悪かったよ。帰りにメロンソーダ奢ってやるから勘弁して」

 「だから違うと言っているだろ! どこまでメロンにこだわるんだ!」

 「違うのか……」

 「メロンソーダは奢ってもらうぞ」

 

 やっぱりメロンは根に持ってた……。

 瀬菜はため息をつきながら椅子から降り、投げ落とした本を拾い上げる。どこに置くのだろうと眺めていると、一秒足らずで一冊が僕の顔を直撃した。


 「痛っっっっ!」


 顔を抑えてジタバタと悶絶する僕。

 自業自得だろう、と瀬菜が冷ややかに怒りを露わにする。


 「君が『翡翠の瞳の死神』だとは聞かされていなかったぞ」

 「…………」


 まさか、聞かれてたのか? 生田を気絶させた後に言った、今思い返しただけでも鳥肌もののあのセリフを……。

 けれど、その通り。僕が本物の『翡翠の死神』。いや、『翡翠の瞳の死神』なのだ。

 これは相沢侑子が中学時代、僕に付けたあだ名。由来は、今から瀬菜に見せるもので語ろうか。

 僕は自分の右目を指で触り、コンタクトレンズを外す。

 瀬菜は一瞬驚いた顔をしたが、すぐになるほどな、という表情に変えた。

 今僕の左目は黒い瞳だけれど、右目は鮮やかな翡翠色になっていることだろう。理由は瀬菜が親戚なんだから簡単。僕にも瀬菜と同じくイギリス人の血が流れているから、日本人離れした瞳の色になる可能性があったってこと。

 

 「なるほどな。ならば、君が本庄真美の手帳に書かれた三年前現れた『翡翠の瞳の死神』で、目撃した女子生徒が相沢侑子ということか」

 「そゆこと。幼少期この眼の色で散々言われてきたからね。小学校に上がってからはずっとカラコン付けてたわけ。でも、うっかりコンタクト落としちゃってさ、それを相沢に見られたんだよ」

その時、たまたま学芸会用のマントを羽織っていたのも相まって、怪人染みた存在に見えたんだろう。


思い出に浸るように、僕は頭の後ろで手を組み、天井を見上げた。


 「それからが少し大変だったんだよ。相沢が僕を見て悲鳴上げたもんだから部活中の生徒が集まってくるわ、教師も飛んでくるわで、慌てる慌てる」

 「だから言いわけに『翡翠の瞳の死神』という都市伝説を使ったのか。だが、よく信用されたな、子供だましみたいな出任せで……」

 「そこは中学生の感性ってことだよ。教師は信じなかったけど、生徒の一部は信じたわけだよ。それがまた噂となって広まる。尾ひれはひれはつくものの、長い日数がかかって自然と都市伝説が完成された。ま、これが『翡翠の瞳の死神』の真実さ。しょうもないだろ?」


 懐かしい記憶と出来事を思い出しながら僕ははにかむ。

 あれから僕と相沢の交友関係が始まったんだっけ。よくよく考えてみると、死神の都市伝説は僕を守るために相沢が作り出してくれたものだったんだよな。


 「だから君はこの都市伝説の手伝いの申し入れをしぶしぶ了承したということか。なるほど納得だ。昔の彼女との思い出は汚されたくはないものだからな」

 「彼女じゃないし。けどまあ、あれだな。思い出を汚されたくなかったってのは当たってるかもな」

「ふん。この女たらしが」


 もし睨むだけで人の体温を奪うことが出来るのならば、今確実に僕は氷漬けになっていた。そんな絶対零度的な視線を送られている。

 後ろの窓から差し込む日差しが弱くなったような……。太陽がタイミングよく雲に覆われただけだよね、きっと!

 さすがにこれ以上自分の話をしていては不利になると考え、手をパンと叩いて流れを打ち切る。


 「それより! 生田と追牧はどうなったんだ? お前が後処理を買って出たから、その後のこと何も知らないんだけど」

 「ん? ああ、あの二人か。警察に引き渡した」

 「…………」


 あれ? ものすごく重要な事を、僕の預かり知らない所でさらっと行われてるよ。警察に引き渡したってことはさ、もう逮捕されちゃってるよね? 僕の療養中にとんでもなく話進んでるよね?

 唖然として僕が口をポカンとあけていると、その中に瀬菜がどこからか取り出したチョコレートを一粒放り込んできた。

 甘くちょっぴり苦い豊満な味が口の中を駆け巡る。

 あー、チョコレート美味しいー……。


 「じゃないだろ! 警察に引き渡したぁ!? どういうことだよ!」

 「言葉のままの意味だが? もし意味を知りたいのならこれを使うといい」


 瀬菜が床に転がっていた国語辞典を僕に差し出す。

 それを僕は立ち上がって拒否する。


 「いらんわい! てか証拠も何もない状況で警察が逮捕できるわけないじゃん。それより、逆にお前の方が捕まるっての!」

 「証拠ならあったからな」


 またもや瀬菜のさらっとした爆弾発言に、口をあけたまま固まる。

 そうしたら、またもや瀬菜は僕の口にチョコレートを――。


 「チョコはもういいよ!」

 「なっ! 糖分は頭を働かせるのに最適な栄養素なんだぞ。馬鹿にする気か?」

 「知ってるし、馬鹿になんてしてない! そんなことより、証拠があったってどういうことだよ! 証拠があったなんて聞いてないぞ!」

 「ああ、言ってないからな」

 

 しれっとした態度を取る瀬菜は、僕の口に入れ損ねたチョコレートを自分の口に運ぶ。

 もし、瀬菜が生田と追牧の二人と対決する前に証拠を手に入れていたのなら、あんな危険なことをする必要もなかった……。


 「先に断っておくが、証拠は追牧理実を気絶させた後手に入れた。間違っても対峙する前から持っていたなんて考えないでくれよ?」


 こいつやっぱり本当はエスパーだろ……。

 僕が不審そうな視線を送っているのを見かねたのか、瀬菜はポケットから取り出した写真ようなものを差し出してきた。

 

 「何?」

 「これが証拠。そして、中庭が掘り起こされていた理由だ」


 そういえば、最後の不可解な点が残っていた。事件解決に満足して完全に忘れてたな、あははは。

 僕は差し出された写真を受け取る。ところどころ黒ずんで汚れてはいるものの、はっきりと写っているものは確認出来た。少しばかり撮られてから時間が経っているようにも見受けられる状態。

 しかし、この写真が古いか新しいかなんて一瞬でどうでもよくなった。


 「これって……!」


 さすがにこれだけのものが写り込んでいると分かれば、中庭を穴だらけにするほど必死にもなる。

 受け取った写真に写り込んでいたのは、星明かりの元、生田と追牧が並んで屋上に立っているところ。日付は相沢が死んだ日の日付になってる。

 たぶん他にも何枚か証拠写真はあったのだろうが、警察に渡したんだろう。


 「それに、こいつも使ったんだから現場の証拠としては十分すぎるほどだろう」


 再度瀬菜は自分のポケットを探り、今度は手のひらに収まる長方形型のボイスレコーダーを取り出した。

 刑事ドラマかよ……。どおりで僕が追牧と推理対決している間に来ないわけだ。口を滑らせるのを待ってたのか。テレビ録画で遅れたとか言ってたくせに……。


 「これらを証拠物的として警察に提出した。もし、これでまだ足りないなどと言われたら私は日本の警察を二度と信用しなくなっていただろうね」

 「それで、逮捕に至ったってことか」


 僕は差し出されたボイスレコーダーを瀬菜に返し、力を抜いて椅子にもたれ掛かる。天井を見上げると、染みがところどころあった。やはりこのあたりが旧校舎としての老朽化を感じる。


 「と、これが直後の事実だ」

 「……なんか緊張感の欠片もないシメだな」

 「まあ、そんなものだろう?」


 僕が視線だけを戻すと、瀬菜は立ち上がり軽い笑顔を作っていた。

 いつもぶっきらぼうじゃなくて笑顔でいればいいのに、と口元をほころばせて僕は心の中で呟く。

 そんな僕の心の声が聞こえたのか、それても表情に出ていたのを読んだのか。瀬菜はおもむろに僕に近づき、デコピンを食らわしてきた。

 ビシっと鈍い音がした後、鋭い痛みが一点集中で額を襲う。

 痛がって額を抑える僕を鼻で軽く笑うと、瀬菜は両端を本棚に囲まれたメイン通路を歩き始めた。


 「おい、どこ行くんだよ?」


 体はそのままに、瀬菜は顔だけを横に、視線を後ろに振り返る。


 「職員室に決まっているだろう」

 「職員室ぅ? お前が職員室に行くのか? 授業のプリントでも貰いに行くのかよ?」

 「そんなわけないだろう。どうして私があんな教科書丸写しのプリントをわざわざ貴重な労力を費やして貰いに行かなければいけないんだ。やっぱりアホだな君は」


 久しぶりの暴言キター。こう面向かって言われるとやっぱり腹が立つ。いいさ、ここ数日で鍛えに鍛え上げられた僕の推理力をみせてやる。

 僕は天井を見上げたまま、額を抑えた。

 んー、瀬菜がわざわざ職員室に行く理由……?

 数十秒経過。

 授業関係じゃないとすれば……。退学……するわけないか。えー、なんだよ。

 一分経過。

 そこで瀬菜からタイムアップを知らせるため息。頭を横に振り呆れた表情。


 「ちっとも成長していない君にヒントをやろう。そもそも私が事件解決に乗り出した理由を考えてみたまえよ。『翡翠の瞳の死神』君」


 じゃ、と右手を肩の少し上に見せて、また出口に向かって歩き出した。

 事件解決に乗り出した理由? 『翡翠の瞳の死神』……。

 ――はっ!


 「ま、待て瀬菜! 僕も一緒に行く! あ、おい、走り去るな! 待てこらああああ!」


 椅子から飛び降りて僕も瀬菜の後を追う。飛び降りた際に、椅子が跳ねて本棚に当たったような気がするけれどそんなことどうでもいい。とにかく今はあいつを追うことが先決だ。

 行先は同じだけれど、一緒に行かないとたぶん意味のないことだろう。


 「僕にも単位寄こせーーーー!」


 貰えるかどうかは定かじゃないけど、貰えるもんは貰わなければ損だ。

 事件解決のご褒美にこれくらい貰ったってバチは当たらないよな。なあ、都市伝説さん?


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