第二十一談 決着~本物と偽物~
僕は下ろしていたエアガンを改めて生田に向けた。
「おいおい、遥真。いいのか? また大事な物無くすぜ」
生田がニタニタ笑いながら左手を小刻みに動かし僕を脅す。
そう、僕を脅す時は必ず左手を動かしている。僕を追い詰めるのなら凉莉を使えばいいのに、わざわざ彩乃を危険に晒す。さっき自分で凉莉は僕を苦しめるために選んだと言っていたのに。
僕は、ふっ、と僅かに口の端をつりあげた。
「実はお前、まだ右腕痛んで普段通りに使えないんだろ?」
生田の表情が一瞬歪んだ。
それだけで十分。
僕はエアガンの引き金を生田から少し右に逸らして発射した。
数瞬遅れて僕は彩乃がいる縁へと走る。
発射された銀色に光る弾は、通常のエアガンを遥かに超えるスピードで放たれた。
「ちっ……!」
予想外の僕の行動、もしくは弾の速さに、生田は僕から見て左へ体を捻って回避行動を取った。
「しまっ――」
生田が体を捻ったことで彩乃が引っ張られ、ガンッと手すりにぶつかった。
彩乃が手すりにぶつかった直後、僕はエアガンを収納していたホルダーからカッターナイフを取り出し、糸を切断する。
糸が切り離されたことを横目で確認すると、反復横とびの要領で凉莉の元へ駆ける。同時にもう一度エアガンを生田に向け、今度は連続で引き金を引く。
これも威嚇射撃、当てる必要はない。
ものの二秒ほどで凉莉の元へ辿りつき、首根っこを掴んで手すりのすぐ側、安全域に座らせる。そして、カッターで糸を切断した。
「遥真あああああああああああ!」
叫び声と共に生田が給水タンク前から僕に向かって飛び降りてきた。左手には何やら光る刃が握られている。
振り向いた後、逃げている暇はない。
僕は動体視力をフル稼働させ、刃をエアガンで受け止めた。
衝撃でバキッと音を立て、エアガンに刃が食い込む。
いくら改造されていても表面の素材までは強化されていないようだった。
やばい、折れる……!
咄嗟にエアガンを持つ腕はそのままに、体だけ一歩右へ飛んだ。
僕の支えが弱くなった刹那、生田は食い込んだエアガンごと刃を引き戻す。離れて確認した刃の正体はサバイバルナイフのような形状をしていた。
「遥真、お前頭おかしいんじゃねえの? 普通のやつがする行動じゃねえよ」
「……大丈夫だ。確信はあったから」
「確信……?」
「そうだよ。まずお前は僕を脅すのに彩乃を、左手のみを使った。僕を苦しめるために凉莉を用意したと説明したにも関わらずだ。それと、お前が自分の失敗にヘコんだ時、右手で頭を掻いた。けれど凉莉は動かなかった。つまり凉莉に付けられた糸は長い」
僕は喋りながらも、生田の持つナイフを警戒する。そして、ゆっくりと腰に付けたもう一つの得物に手を伸ばす。
「お前確か右利きだったよな? 彩乃を使うなら手慣れてる右手で糸を握るはずだ。でもそれをしなかった。それはなぜか? 僕にやられた右肩がまだ痛んでいるからだ。となるとどうなるか。女の子だろうと人間一人の体を支える力は出ないってことだ!」
僕は腰に付けたもう一つのエアガンを引き抜く。これはベレッタを型に作られているらしい。けれど、さっきとは違ってこのモデルガンだけは瀬菜から説明があった。これも当然発射速度、威力に改造がしてあるのだが、もう一つ特徴があるようだ。
試し撃ちはしてないけど、これに賭けるしかない。
「あーあーあーあー! お前ホンッとうぜえなあ。絶望を味合わせてからにしようと思ったけどな。もういい。お前から先に殺してやる!」
この時、僕は先にエアガンの引き金を引かなかったことを後悔する。
生田が激情に任せて再度切りかかってくると思ったのだが、全く違っていた。予想に反した行動。少し優勢になって調子に乗っていたことも後悔する。
あいつは食い込んだ僕のエアガン第一号ごとナイフを投げてきた。
「くそっ!」
投げられたものをエアガン第二号で弾き飛ばす。
その隙を突かれた。
「がふっ……!」
横腹を蹴られ、左へ転がりながら吹っ飛んだ。
視界の端で生田が新しいナイフを構えて近づいてくるのが見える。
立ち上がろうと腕に力を込めるも、
「威勢よく抵抗した割に、大したことなかったなお前」
「ぐ……、がはっ……!」
腹部を上から足で踏まれ阻まれた。だが、それだけでは終わらない。幾度も生田は僕の腹部を踏みつける。
肋骨が軋み、胃の中身が喉の奥にせり上がってきた。
しかし、僕はそれを無理やりに嚥下して、肺に溜まった空気だけを吐き出す。
「んだよ、その反抗的な顔。つまんねーな、ったく。もういいよお前」
振りかぶられるサバイバルナイフの刀身が月明かりを受け、ギラついた光を反射させる。
このままだと死ぬ。けど、抵抗しようにも動けない。
しかも転がった際にエアガンを手放した。たぶん近くにはあるんだろうけど、探る手には当たらない。
生田の狂気を孕んだ笑顔。
「じゃあな遥真」
ついにナイフが振り下ろされた。
ここで終わり……か?
バンッ!
「あん?」
振り下ろされたナイフが鼻先で止まる。
生田はナイフを僕にかざしたまま、音がした方向。屋上扉へ首を捻って目線を向ける。
「理実、か。あの女はどうした?」
理実と呼ばれた人物は間違いなく追牧理実のこと。
僕の視界にも僅かに扉の横に立つ追牧の姿が入った。
だが、追牧は生田の問に答えない。顔を俯かせ、手を横にだらんと下げた状態。
「理実……?」
追牧の様子が変だと気付いたのか、生田の声色に少し不安が混じる。
刹那。
追牧の体が揺らぎ、前のめりに倒れた。
そして、代わりに姿を現したのは――。
「真打ちは遅れて登場すると言われるが、あまり良い気分ではないな」
と、どこか重厚感のある黒いものを両手で構える瀬菜だった。
「魔女か! お前にも一応言っとくけどな、そんなもの構えて――」
パーン!
夜の静寂にうるさい破裂音が響き渡る。
直後、何かの反動で瀬菜が尻もちをついた姿が見えた。
「実弾、だと……。ってめえ、ふざけんなよ!」
瀬菜の持つ銃から放たれた実弾は生からかなり右へ逸れ、闇夜へ消えて行った。しかし、これで生田は僕よりも瀬菜の方が危険だと判断し、身構える。
これが最後のチャンスだ。
僕は即座に周囲へ目を行き届かせ、エアガン第二号ベレッタを探す。
両サイドに目的のものはない。ならばあるのは、頭上!
パーン!
もう一度静寂を切り裂く破裂音が響く。
今度も生田から照射が外れるも、実弾に対する恐怖は植え付けられたようだ。
生田が僕の腹部から足を退け、再度尻もちをついた瀬菜へと駆けようと地面を蹴る。その足を僕は容赦なく掴む。
運動エネルギーを無理やり霧散させられた生田は、思わず転びそうになるが何とか持ちこたえた。
倒れてくれていれば尚良かったが、止まってくれるだけでも十分だ。
「生田、動くな!」
頭のすぐ上で見つかったエアガン第二号を生田の足に突き付けた。
「邪魔すんじゃねえよ、この雑魚野郎が!」
「その雑魚野郎にやられて負けろ。糞殺人鬼が」
僕は容赦なく引き金を引いた。空気音と共に特製の弾が発射される。
痛っ、と生田が小さく呻き、
「な、何だ……、これ……。力が、抜ける……。てめ、遥真、俺に何しやが……った……」
その場に倒れ込んだ。
服の上からではなく、直接打ち込んだだけあって効果はてき面。
僕は立ち上がって、
「速攻性の強力な麻酔薬弾を撃ち込んだ」
「麻酔……弾だと……。ふざけんな……、俺が……、この俺が負けるわけ……」
そう最後に唸るように声を絞り出し、生田は完全に沈黙した。
「所詮お前は偽物の『翡翠の死神』だったってことだろ。偽物が本物に敵うわけないじゃん」
と、既に聞こえていない状態の生田に告げる。
瀬菜に目をやると、銃を撃った反動で痛めたのか、両肩をしかめっ面で摩っていた。
「クロージングだ、『翡翠の死神』。もうお前が都市伝説として登場することはないからな」
誰に言うわけでもなく、僕は一人で呟いた。