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第十六談 解読への糸口

 二日後。

 噂は計画通り花月高校の生徒たちに広まっていた。

 やはり事件のすぐ後に流れた噂だけあって皆興味を惹かれたのだろう。

 登校している中でも、所々で夜忍び込んで中等部を探索したとの声も聞こえてきた。

 主に話し合っていたのは女子。やはり、男子よりもこの手のものを好いて話題にしてくれる。僕の目論見通り。

 だからといって噂が広まるのを全面的に流れに任せていたわけじゃない。

 僕も自分のパソコンに登録されている凉莉の友達へ、片っ端からメールを送ったりもしていた。さすがに直接中等部へ直接乗り込むわけにもいかない。ヘタな行動をして計画がバレたらシャレにならないからだ。だから、凉莉には悪いけれど成り済まさせてもらった。


 「ふあぁぁ」

 

 歩きながら盛大な欠伸が緊張感無く出た。

 しかし、僕と並行して歩く登校途中の生徒は気にもしていない。まぁ、生理現象だし。

 常に周囲の声を期に掛けていることに加え、ここ三日間夜更かしの連続のせいもあって体がだるい。

 たぶん今瞼を下ろせば、数分も経たないうちに立ったまま眠れる。そんなくだらない自信がある。

 でも、駄目だ。ここが踏ん張り時。

 僕は鞄の中から『眠気が打破打破』とラベルが貼られた怪しげな緑色をした瓶を取り出し、蓋をあけた。

 中身の色は瓶の色が反射して、同じく緑色に見える。

 僕は目を瞑って一気に飲み干した。

 うげぇ……、甘辛で酸っぱ苦い……。

 胸やけを起こしそうな味だった。

 これで元気になることを願い、瓶を鞄に放り込んで学校へ足を進める。


 ピリリリリ。


 携帯の着信。

 電子機械音の着信に釣られて周りの生徒も自分の携帯電話に注意を移す。

 僕も後ろポケットから携帯を取り、着信確認。

 あ、僕だ。

 着信、柏樹彩乃。

 通話ボタンを押し、着信に応える。


 「もしもし」

 「遥!」


 大音量を鼓膜に叩きつけられ、キーンと耳鳴り走った。


 「……どうした朝っぱらからそんな大声で」

 「今どこ? まだ通学路? 理由は後で説明するから早く旧校舎前に来て!」

 

 旧……校舎?

 彩乃の焦る理由を瞬時に把握する。

 僕と彩乃の間で旧校舎に関係するものなんて、一つしか……一人しかいない。

 通話を切る。

 奥歯をギリっと噛み締めて、僕は登校途中の生徒をかき分けながら目の前に迫っていた花月学園の敷地へと駆けた。



 到着した僕を待っていたのは生徒でごった返した旧校舎。

 一昨日と全く同じ嫌な光景。

 生徒が密集した奥ではやはり教師が規制をかけ、教室に戻るよう怒声を上げている。

 前回と一つ違うところを上げるとするならば、今回は警察と救急隊がいない。学校側は通報をしていないということか?

 近くの三人組男子生徒から話が聞こえてきた。

 

 「今前にいるツレから写メ来たんだけど、血だまりがすげえよ」「マジか。ちょっと見せてくれよ」

 「おい、血だまりだけじゃないらしいぜ 血文字もあるらしいぞ」


 耳に入るキーワードは『血』。

 それも血だまりに加えて血文字まであるということは、相当凄惨な状況になっているだろう。

 僕はつい、その三人組の男子生徒に話しかける。


 「ちょっと聞きたいんだけど、死体って……あったりした?」


 そのうちの一人、写真を見ていたメガネの生徒が答えてくれた。

 

 「んー、不思議な事に死体は見つかってないらしいぜ。今教師陣が中を捜索中らしい」


 中……?

 つまり血だまりと血文字は屋外にあったということか。写真が撮れるという事実から考えれば間違いはないだろう。


 「血文字はなんて?」

 「えーっとな。『お前の負けだ!』って一言書いてあったらしいぜ」


 身近で起きた非日常の連続に興奮しているのか、メガネの生徒の声は若干楽しそうだった。

 僕はその三人組に軽く礼を言い、野次馬生徒群から少し離れる。

 関係ない奴からすれば、事件なんて興味の対象にしかならないのか……。

 三人組以外にも視線を巡らせる。

 やはり大半が興味津津な様子だ。押しあい圧し合いで前へ進もうとする生徒、遠くからでも携帯で写真を撮ろうとしている生徒。中には顔を青ざめさせて震えている生徒もいたが、そんなのは一割にも満たない。

 途中生田の姿も発見したが、人ごみでぶつかったのか右肩を押さえながら隙間から旧校舎の様子を窺っていた。

 旧校舎から離れ、二分程度歩いたくらいでほとんど喧騒が聞こえなくなる。


 ピリリリリ。


 鞄の中からくぐもった着信音が鳴る。

 そういえば、放り投げたままだった。

 携帯を取り出してディスプレイを確認する。着信、柏樹彩乃。


 「もしもし?」

 「遥! 早く着てってば! あの子が大変なことになってるかもしれないんだよ!」

 「……大丈夫だよ。あいつは死ぬようなたまじゃない。それに――」


 彩乃が聞こえない程度に呟く。


 「え? 何? ちょっと周りがうるさくて聞こえなかった。もう一回――」


 僕は電源ボタンを押して通話を切る。

 そして、そのまま自分の教室へと足を進めた。


 「あいつは死ぬようなたまじゃない。それに――僕はあいつを信じてる」



 早朝の事件があっても今回は授業中止にはならなかった。

 クラスメイトが話していた情報を盗み聞きしたところによると、旧校舎一階の廊下に鶏の死骸がいくつか転がっていたそうだ。

 それで学校側は今回の騒ぎを事件ではなく、ただの悪戯だと判断したのだろう。

 勝手な判断だと思う。警察も読んでいないし、もしこれがカモフラージュだったら後々処理しきれない大きすぎる問題になるはずだ。

 まぁ、学校側もこれ以上名前に傷をつけたくないだろうから、気持ちはわからなくもないか。


 「じゃあ次、今日は十日だからなー。出席番号十番の佐川。答えてくれー」


 教師の回答指名の声で我に返る。

 三時間目、国語の授業。

 危ない危ない。もう一日早かったら僕が当たっていた。ちなみに斎賀遥真で出席番号は九番だ。今当てられたらどんな簡単な問題でも答えられないと思う。

 理由は簡単に二つ。まず一つ目、授業を全く聞いていない。そして二つ目、机の上には教科書とノートの他に本庄真美が残した暗号文のコピーが置いてある。こっちに意識を集中させまくっているせいで、他の考え事へ切り替えが困難な状態だった。

 暗号文。

 瀬菜のヒントで最後の文章、『私の世界に変革をもたらせ、私を作り変えろ。真実の姿でなく偽りの姿のままを』が犯人を示す文章ということは決定した。後は、偽りの姿を変革、ではなく変換するだけ……なのだが。


 (偽りの姿って……? 偽物でもいるってのか?)


 まぁ、一歩も先に進んでいないわけである。

 不意に、国語教師の授業が耳に入る。


 「いいかー、太宰治っていうのはペンネームで、彼の本名は津島修治っていうんだ覚えとけ。ちなみに直木賞作家の泡坂妻夫は、本名の厚川昌男っていう本名のアナグラムだ。先生物知りだろー」

ドヤ顔でマメ知識を披露する国語教師。クラスメイトはそんな国語教師を小馬鹿に笑っている。

その時、僕の中でパズルのピースがパチリと嵌った。


 (ペンネーム……アナグラム……!)


 本庄真美のペンネームは雛上仁乃。これが偽りの姿……。それを変革ではなく、変換……。そして最後に作り替える……!

 訓読み? 音読み? ひらがな? カタカナ? ローマ字?

 どれだ?

 そういえば、瀬菜が本文読んだときに神様がどうとか言ってたような。確か、タナトスとヘーベー。この二つは、ギリシャ神話……。

 神話繋がりで行けば、ここの変換はローマ字か?

 雛上仁乃。ローマ字ならば、HINAKAMININO。

 これを切って繋ぐ。

 時間はかかるし正解かどうか分からないけれど、全通りやっていくしかない。


 ……………………。

 飽き飽きするほど、絡まった糸を解くように組み合わせを変えて行く中。正直偶然の産物でしかない。そんな、奇跡の単語が生まれた。

 HANNIN……。

 ん、はんにん? 犯人?

 思わず息を荒げそうになり、口を手で覆う。

 残された文字はもう僅か。それにこの回答で正解ならば、次に紡がれる単語は確実に犯人の名前。

 残りパーツ六文字。

 これが、翡翠の死神の正体。これが、あいつと本庄真美を屋上から落下させた犯人。

 僕は最後のアナグラムを解いていく。


 ……………………。

 ………………。

 ……解けた。

 キーンコーンカーンコーン。

 授業終了のチャイムが、まるで僕の解読を待っていたといわんばかりのタイミングで鳴り響く。

 国語教師が終了を告げると日直が号令を掛け、三時間目から四時間目のインターバル時間に入った。

 クラスメイト達は各自羽を伸ばすように自由な行動を取る。

 その中で僕は一人動かない。

 手の中にあるメモを凝視して、他の感覚を全て消して思考に耽った。

 犯人があの人だとすれば、もう一行動する必要がある。

 今日まで噂に釣られてこなかったのだから、このまま待っていてもラチがあかないだろう。

 なら、炙り出してやる。

 これが、僕の用意する最後の仕上げだ。

 だけど、なんだろう。まだ何かが、何か一つだけ、引っかかりがある……ような。


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