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第十談 侵入

 深夜二時を過ぎた頃。

 僕は花月学園中等部校舎一階、いくつもある窓の内のうちの一つ、ちょうど植え込みで姿を隠せる場所に座り込んでいた。

 かれこれこの場所に座り込んで三十分ほどが経過している。

 夕食後に届いたメールでは集合時間と集合場所の指定もされていた。加えてどうやら瀬菜が先に中へ入り、鍵を開けてくれるらしい。瀬菜がどうやって校舎内に侵入するかは分らない。窓を割って……とかじゃないとは思う。たぶんね。

 それにしても、時間も集合場所もあっているはずなのに三十分も遅れている。

 まさか、瀬菜の身に何かあった……!

 僕は思わず立ち上がって、校舎に侵入出来そうな場所を探しに行こうと一歩踏み出した瞬間。


 「遅れてすまない」


 後ろの窓から、ぴんぴんと両サイドに寝癖が跳ねた髪型の瀬菜が現れた。服装は昼間の制服から指定の赤いジャージに着替え直している。

 申し訳なさそうな表情というよりも、どこか眠たげな眼をしていた。

 ……寝坊しやがったなコイツ。あー、心配して損した。

 そのまま僕は手すりに足を掛けて、窓から校舎内に侵入した。目の前には二年五組の表札が下げられた教室がある。

 どうやらここが目的の場所のようだ。


 「いや、ホントすまなかったな。この詫びはいつか必ず返すから」

 「別にいいよ、そんなん。とっとと探すもの探して終わりにしよう。僕ももう眠たい……」

 「そうだなちゃっちゃと終わらせるとしよう。恰好つけて深夜集合にしてみたものの、思いのほか体は正直だったしな」


 え……。二時に時間設定したのって理由なし? 警備が薄くなる、とかそういった安全策とかじゃないの? マジでただの雰囲気作りのためなのかよ……。

 ジト目の僕には目もくれず、小さく欠伸をする瀬菜。手元では何やら結構な鍵の束を指で一本一本掴んでは落とす、掴んでは落とす、と同じ作業をループさせている。

 どうやら教室の鍵を探しているようだ。


 「お前そんなんどこで手に入れたんだよ?」

 「職員室に決まっているだろう。困った時は職員室だ。学校を漁る時大概必要なものは職員室で手に入る」

 

 ……この子普段学校漁ってるの? っていうか学校で漁るものって? あれ、僕発想力が乏しいのかな。かなりヤバイ系だけど、皆が当たり前のように考えつくものしか思い当たらないぞ。中間とか期間の末に行われる苦行の祭典に使う、暗号のような文字が書かれた白い紙とかを探すことしか思いつかないぞー。


 「それは無いから安心しろ。授業に出席していないとはいえ、さすがの私もテストは実力で受けている。漁るのは概ね本――っとこれかな……」


 瀬菜は鍵の束から目当てのものを探り当てたらしく、その鍵を教室の鍵穴に差し込んだ。

 鍵を九十度回すとガチャ、と解錠された音が聞こえた。鍵穴から鍵を引き抜くと、瀬菜は静かに扉を開く。

 真っ暗な教室を微かな星明かりが照らしているだけの、なんとも寂しい風景。

 机が六個六列に並ぶごく普通の教室。

 だが、この教室から一人の生徒が姿を消している。


 「さあ探すぞ斎賀。感傷に浸っている暇はない。君は左から調べてくれ。私は右から順に調べて行く」


 瀬菜は腰まで伸びる長い髪を髪留めゴムを使って後ろで束ね、そのままロールアップの要領で上に茶色い髪留めクリップで纏め上げた。


 「これで手掛かりがあればいいけど……」


 僕は指示通り一番左端の机の中の横に立つと、椅子を退け、中を調べ始めた。



 十数分後。

 僕がちょうど三列目に入りかかったところで、瀬菜が声を上げた。

 どうやら本庄真美の机を発見したらしい。

 机の中のものを次々隣の机に出している。教科書、ノート、筆箱、手帳、少女漫画、テレビのリモコン、リコーダーなどなど。

 一つ不可解なものが入っていたけれど、探していたものも発見。

 手帳はどこにでもあるようなピンク色で、リングファイル形式のもの。自分で貼ったのか、ところどころにデフォルメされたクマのシール。

 外見は至って普通の女の子らしい手帳だった。

 まだ中を探っている瀬菜を横に、僕は本庄真美の手帳を覗く。

 っていうかどんだけ机に物入れているんだ……。


 「ビンゴ……か」

 

 一ページ目から五ページ目まではプリクラ帳としての用途だったが、六ページ以降はびっしり都市伝説についての記述があった。

 プリクラはカモフラージュ? まぁ、使い方は人それぞれだけどさ。

 『翡翠の死神』についての記述がないか細かく目を通し、ページを進めて行く。

 しかし、すごい……。

 例えば『口裂け女』みたいなメジャーどころで説明すると、その起源が何年の何処、どんな人が発祥かが書かれている、なんてのは当たり前。

 それがどこの件で確認されたのか、『口裂け女』が確認されなくなってから何年後何処で再確認がとられたか。また、この僕らが住んでいる地域でそれに関連したと臭わせる事件の内容まで事細かに書かれている。

 さほど大きなものではない手帳に、丸っこい小さな字で詰め込まれた情報量に眩暈すら覚えた。

 僕が『黄色い救急車』という都市伝説が書かれたページを捲ると、机の中身を出し終えた瀬菜が横から覗きこんできた。


 「あ、これじゃないか? ん? 少し名前が違うな『翡翠の瞳の死神』……」

 「都市伝説っても噂話だからな。少しくらい名前も変化するんじゃないか? それより内容だ内容」


 『翡翠の瞳の死神』の記述。

 発祥は今から三年前。冬の寒い日。目撃場所は花月学園中等部一年三組前の廊下。時刻夜六時過ぎ。

 最初目撃したのは同中等部に通う女子生徒。部活が終わり、教室に忘れ物を取りに戻った時に遭遇。姿は全身を覆う黒っぽい外套、暗がりにはっきりと浮かび上がっていたのは翡翠色の瞳。その黒の外套纏う人物は彼女と目が合うなり、どこかへ走り去って行ったという。それから同中学で三度目撃情報が寄せられたが、最後の目撃以来パタっと出現しなくなったらしい。


 「斎賀。過去の目撃情報は今は必要ない。現段階でのものを探してくれ」

 「そうだな……」


 僕は記載されている文章の後半部分に目を通す。

 花月高校で『翡翠の瞳の死神』が目撃されたのは最初の目撃から二年半後。ここ数カ月のことである。

 しかし、前回と大きく異なるポイントが三つ。

 一つ目は死神の目撃回数。

 過去四度だけの目撃だったが、再度現れた死神は中高問わず十数回の目撃があった。

 二つ目は実害。

 初期の少ない目撃談が飛び交う最中、一人の女子生徒が花月学園高等部の屋上から墜落死した。これは『翡翠の瞳の死神』の仕業である。これについては雛上仁乃が目撃した。

 三つ目。この都市伝説、『翡翠の瞳の死神』の正体が判明した。

 ここで正体を記すと自身に危険が及ぶ可能性があるため伏せておく。しかし、正体を暴く手がかりを用意した。私はそれを――。


 「斎賀!」

 「え? ううぉ……!」


 いきなり瀬菜に力任せに突き飛ばされた。

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