第九談 行動
瀬菜はドカッと定位置である紫の椅子に腰かけ、足を組む。ここで僕は思うのだけど、どうして女子は足を組むとき、自然とスカートの中をガード出来ているのだろう。非常に不思議な現象だと僕は思う。まぁ、戯言だけれども。
そんなことを疑問に思っていると、瀬菜が不審そうな視線を送ってきた。
「どうしたのかね斎賀? またいやらしい考え事かい」
「僕の考え事=いやらしい事っていう決定事項取り払えよ」
「愚民と違って私のスカートの中はそう安くないぞ」
「お前エスパーだったのか!」
簡単に心の中を読まれてしまった。嘘を見破るというより心を読んでいたのかこいつは……!
「いや、君の視線が私のスカート付近に集中していたからだよ……。君に限らず男子という生き物は女ならば誰でもいいのかね?」
う……、視線が痛い。そうだ、自然に話を切り替えよう。
「保健室でもちらっと話した本庄真美ブログの話なんだけどな!」
「…………」
何? この変な間……。
自分では見えなくても、額に脂汗が浮び始めたのがはっきり分った。
瀬菜は心底呆れたようにため息をつく。
「まあいい。それでブログはどうだったんだ?」
「……え、ああ! ブログに『翡翠の死神』について載っていたんだ。けど、そのページだけ文字化けしてて全く読めなかった」
「文字……化け? 活字のお化けか? それともそれも都市伝説?」
難しい顔をして、腕を組む瀬菜。
ああ、そうだった。こいつの機械音痴は相当だったんだ。でもアイコラ知ってて文字化け知らないってどういうことだよ……。
「えーっと文字化けってのは、例えばだな。携帯のメールあるだろ。メール画面の文字が普通の日本語になってなくて、平仮名、カタカナ、数字、アルファベット、記号なんかがひっちゃかめっちゃかな羅列に変わった状態のことだよ」
「……分からん」
瀬菜は口を尖らせて、僕の説明が理解出来ず不満そうな顔をする。
「現物見せた方がお前には早いかもなぁ」
僕はどうやったら文字化けを見せられるか考えていると、
「なら、これを使えばいい」
椅子を九十度回転させ、すぐに元に戻すと、瀬菜は手にノートパソコンを持っていた。
これまた真っ赤で薄型のノートパソコン。
っていうか機械音痴の魔女がどうしてパソコンなんて持ってんだ。
僕がそれを受け取り、電源ボタンを押すと、パソコンはすぐに起動した。電源は繋ぎっぱなしで、どうやらスリープモードになっていたらしい。パソコンの寿命縮むぞ。
それはともかく、たぶんこれは起動して使い方が分らず怖くなって終了しようとしたけど、結局電源を落とす方法も分らずそのまま画面を閉じることになった結果だろう。
まぁ、今回は好都合だからよしとしよう。
僕はインターネットを開き、昨日調べたキーワードを検索ベースに打ちこむ。当然結果は昨日と同じ。
本庄真美改め、雛上仁乃のブログの名前が表示される。それをクリック、ブログ内に入る。そして、『翡翠の死神』のページに辿りつく。
やはり昨日閲覧した通り、文字化けされている。
「これが文字化けだ。って見せたところで仕方ないんだけどな……」
「なるほど。確かに君の意味不明な説明の通り、ぐっちゃぐっちゃな文字の羅列になっているな。斎賀、君はこれを読めないというが、解読すれば早い話しなんじゃないのか?」
「パソコンの専門家じゃない僕には無理だよ。フリーソフトも落ちてなかったし」
瀬菜はそこでも「ん? フリー?」と眉間に皺を寄せて難しい顔をする。
パソコンについてもいずれ機会があったら教えてやってろう……。
しかしながら、瀬菜に言われずとも昨日の段階で文字化けを修復する方法を調べていた。調べていたのだけれど、検索に引っかかるのはほとんどがメールの文字化け修復だけ。インターネットページの文字修復に関して有益な情報は得られなかった。もし、方法が載っていたとしても、経験も知識もない僕には到底不可能なプログラミングを要求されるだろうさ。
「こんな風になってたから本人に直接内容を聞くしかないと思ってたんだけど……。こんなとこになるなんて……」
僕は体重を後ろに預ける形で両手を床に付き、力なく天井を見上げる。
「なるほど、そういうことか。なら、次の行動は具体的になったな」
「次の行動? 他にこのウェブページを解き明かす方法があるってのか? まさか本庄真美のパソコンを直接調べるわけじゃないよな?」
確かに本庄真美のパソコンを調べれば記事のオリジナルが残っているはずだ。
ブログに関してはどのパソコンを使おうと、一旦自分の編集ページに入りさえずればブログを好き勝手出来る。しかし、その編集ページに入るには登録時に決めたパスワードが必要になる。
そこで本人のパソコンが重要になる。大方のブログユーザーは自分のパソコンにパスワードを自動登録してあるはずだ。毎回毎回パスワードの入力するのは面倒だし。
でも、本庄真美のパソコンへ辿りつくまでは遠すぎるんじゃないだろうか。
「パソコンを調べる? パソコンを調べるとどうなるんだ?」
「どこまで機械音痴なんだよお前は!」
今日何度目だよこのツッコミ!
何の迷いもなく不思議そうに聞いてきた瀬菜は、僕のツッコミにキョトンとする。
しかし、すぐに自分の言葉が素人発言だったかに気付き、コホンと咳払いを一つ入れ、
「うん。君のパソコンを調べる方法も良い方法だとは思う。だが、今回は彼女の私物を探る方向で行こう。たぶんまだ教室に残されているはずだ」
と、さっさと話しを進め、さりげなく素人発言を無かったかのように取り繕った。
まぁ、今さら僕に機械音痴関連で取り繕ったところで、どうにもならないけど。
「私物か。なら日記とか手帳とかが重要っぽいな。すぐに教室まで行くのか?」
「いや、それはやめておこう。さすがにこの状況下で教師か警察に見つかれば追い返されるのが関の山。それに後々動きづらくなるしな。動くのは夜だ」
「夜……か」
「どうした? 夜に問題でもあるのか? まさか怖いとか言うんじゃあるまいな」
僕はそんなバカな、と瀬菜の軽口を受け流す。
心配……、とまではないが不安要素があるのは間違いない。
『翡翠の死神』は夜の校舎を徘徊しているという噂がある。
さすがにこの事件の直後、さらなる行動を起こすことはあまり考えられないが……。可能性がないとは言い切れない。なにせ相手は得体の知れない都市伝説なのだから。
「とりあえず解散して夜また落ち合うことにしよう。時間は……メールする。それまで君は身体と精神を休めておくといい」
「オーケー。了解だよ」
そう言って僕は立ち上がり、帰宅準備をする。ただ鞄の中身に変化がないか確認するだけだけど。
理由は……、変態がいたからとだけ言っておこう。
中身が無事なのを確認すると、僕は最後に瀬菜へ質問を投げかけた。
「なあ、お前って怖いもんとかあるの?」
その質問に瀬菜は薄く笑いを浮かべた表情で、
「私には君が一番の恐怖対象だと思えるよ」
と嘘っぽい回答で返してきた。
「……なんじゃそりゃ。いいよ、答えたくないんなら」
いいさ、どうせ普通の返答なんて初めから期待してなかったから。
僕は若干テンション下がり気味の足取りで帰路につくことにした。