プロローグ
星が瞬く綺麗な夜だった。
私立花月学園の屋上扉が勢いよく、まるで蹴破られたかのような勢いで開く。
転がるように飛び込んできたのは、白いブラウスに赤いリボンを付け、グレーのカーディガンを羽織る。それに赤いチェックのスカートを穿いた女子生徒。
「はぁはぁはぁはぁ……」
息も絶え絶え。まるで何かから逃げてきたような必死さが彼女からは感じられた。
女子生徒は扉を閉めると、辺りを見回し、肩の力を抜く。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
過呼吸にも似た荒い呼吸を徐々に整えていき、さらに冷たい夜の空気で頭を冷やしていく。
『アレ』は一体何なのか、なぜ自分がこの状況下にいるのか。思考だけが巡り巡る。
とりあえず、唯一の出入り口は鍵を掛けて封鎖した。あとは朝になるのを待つしかない。早朝になれば部活動の面々が登校してくるから、『アレ』はどこかへ逃げるはずだ。そうなれば自分は助かる。
女子生徒はそう確信した。
確信して安堵した――刹那。
――ドン。
自分の頭上から、扉の上にある貯水タンクから、『アレ』が現れた。
『アレ』は女子生徒を視界に入れるなり、手に持った鉈のようなものを振りかぶる。
「っっっ!」
多少の距離はあるものの、命の危険を感じ取った女子生徒は、体の動くまま回避行動を取る。
――ガン。
思いあまって女子生徒は勢いのまま手すりに体をぶつけた。
「かふっ……」
肺に溜まった空気が衝撃で外に吐き出される。
ありえない。
女子生徒の頭の中をその言葉が駆け回る。
唯一の出入り口には鍵を掛けた。それに自分は『アレ』より先に屋上へ来たと確信できる。だから、こんなことはありえない。
瞬間移動か壁抜けでもしてきたのか。そんな能力など、人外にしか出来えない。それこそ、あの人が話していた化物でしかありえない。
そんな少女の怯える姿を見て、『アレ』は、赤いマントに身を包んだ怪人は、
「キシシシシシシシシ」
と、気味悪い笑い声を上げる。
楽しそうに、愉しそうに、恍惚に浸るかのように。
女子生徒は何とか逃げようと、手すりを掴んで足にありったけの力を込めて立ちあがる。屋上の手すりは小柄な自分が立った状態でも、腰の辺りまでしか高さがないため、容易に掴むことが出来た。
しかし、数瞬、行動が遅かった。
標的が完全に立ち上がる直前、赤い『アレ』は飛びかかるかのように女子生徒に近づき、その柔らかい喉を鷲掴みにする。
「くぁ……、ぅぁ……」
女子生徒は気道を圧迫され、うめき声を上げる。凶器を突き付けられた恐怖のせいで、体を動かすことが出来ない。
だが、まだ逃げるチャンスはあるかもしれない。自分を殺すだけなら、手にある凶器で簡単に殺すこともできた。だから、まだ、望みはある、かも、しれない――。
「――え」
次の瞬間、どん、と強く後ろに力を加えられた。
体から重力が消えうせる感覚。それと同時に、下へと落下していく風を感じた。
――グシャ。
女子生徒は数秒後、地面へと容赦なく叩きつけられた。
「キシシシシシシ。シシシシ、ヒャハ、ヒャハハハハハハ!」
凄惨な死の瞬間を目に焼き付けた赤い『アレ』は、子供のように盛大に、無邪気に、大胆に、歓喜するように、狂気じみた笑い声を上げていた。