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悪魔の御子  作者: 奏響
第4話 香港狂詩曲
48/71

壊れた玩具(中)

 ホール内の騒々しさが次第に静かなものへと変わり始めていた。

 正面舞台を従業員が慌しく行ったり来たりしている。

 セシルは腕時計を見た。

 午前1時少し前。

「そろそろね」

「えぇ。オークションが始まれば廊下も無人になるそうですよ。客は皆『良品』を手に入れようと躍起になるそうですから」

 涼しい顔で月香は舞台を見た。

「『良品』・・・ね」

「時間だな」

 背後からライとアイラが近づいてきた。

「すまなかったな、月香。我儘に巻き込んで」

「僕にできることならば、なんでも協力すると言った筈だよ」

「謝謝」

 月香の言葉にライは心からの礼を述べた。が、セシルは月香のその淋しげな横顔を痛々しく感じた。

「カインは?」

 アイラが何処? とセシルに聞くより早く「ここだよ」と返答が返ってきた。

 振り向けば、そこには黒髪のカインが立っている。

「あんた何処に・・・やだ、あんた何してきたの?」

 アイラは思わず鼻を手で覆った。

 オードトワレに隠れて殆ど感じられないが、僅かに鼻についた臭い。

 慣れきっても尚、嗅ぎ分ける事の容易い血の香り。

「昔の知り合いにバッタリ出会ってね」

 それ以上は言葉を続けなかった。

 アイラたちもそれ以上は尋ねなかった。

 話さない以上は聞かない。

 いつからか交わされていた暗黙の了解。

「そいつからセイラの居所を聞き出した」

「本当か!? 彼女は何処に?」

 ライがカインの両肩を掴んだ。

 落ち着け、とカインはその手を外させる。

「まず、第一にセイラを探し出し連れ出す。その仕事は俺とライ、そしてセシルだ。アイラとMr.李は怪しまれないようオークション会場のこのホールにいてくれ」

 4人は同時に頷いた。

「セイラを連れ出したらライは彼と一緒に先に出ろ。あ、アイラも一緒に行ってくれ。彼女の容態が心配だからな」

 「OK」とアイラが返答する。

「私は?」

「セシルは俺と一緒に来てくれ。姫眞麻を葬る」

 カインの真紅の双眸に鋭い光が宿る。その光に呼応するかのように他の3人の瞳も光る。

 月香にはそう見えた。

 その笑みは何故か楽しそうにさえ映る。

(まさに悪魔の御子・・・)

 敵に回すのは得策でない。

 背筋が凍るのを感じながら、月香は笑った。


 地下のプライベートルームを抜け、最奥の部屋の扉を押し開いた。

 明かりは無い。

「何処に、聖蘭がいるんだ!?」

「落ち着け」

 苛立ち紛れに叫ぶライを制し、カインは寝室の奥のクローゼットに手をかけた。

「ここだ」

 カインが取り出したポケットライトで照らす。

 そこには、地下へと続く階段が闇の中に広がっていた。

 生唾を飲み込む。

 かつて無いほどの緊張をライは感じた。

「セシル、ここで見張りを。来たやつは誰であろうと・・・殺せ」

「了解。・・・カイン?」

「?」

 セシルの問い掛けにカインは振り返った。

「今までの情報も全て、その『ばったり会った』お友達から?」

 返答を期待しての問いではなかった。

 思ったとおり、カインは口許を少し吊り上げただけで、無言のままライと闇の中へ降りていった。

 セシルはずっと気にしていた。

 明確すぎる姫眞麻の情報。

 組織内部の人間でしか知りえないような情報ばかり。しかも、どれも的中している。

 まさか・・・とは考えなかった。

 あのカインに限ってそれだけはありえない。

 自分たちを裏切るようなことだけは。

(それに・・・あのピアス)

 ノルウェーから帰国したとき、高熱に呻いていたカインに訊ねることはできなかった。回復した後も、落ち着く間も無く日本へ渡り、今こうして香港にいる。

 偶然、神邸の客室で1人になっていたカインに問うたが、少し驚いた表情でセシルを見、視線を逸らし、僅かに口を開きかけた。

(そこでZの阿呆が邪魔したのよね)

 李月香が神邸に再び現れたことを告げに来たのだ。

 結局、左耳のピアスについては何も聞けずじまい。

 互いに、語らぬ限りは黙するべし。

 だが、それがセシルには不安でならなかった。

 このまま放置しておけば、良くないことが起こりそうな気がする。

 セシルは無意識のまま両手のナイフで空を斬った。神に祈る際に十字を切るように。

 その頃ちょうど、カインとライは地下に辿り着いていた。湿ったコンクリートの床、汚れた空気。煌びやかな上の階とは余りにも違いすぎる地下室だった。

 明かりは必要なかった。それだけ彼らの目は暗闇でもよく見えるよう訓練されていた。

 コンクリート剥き出しの廊下を音を立てぬよう慎重に歩きながら、2人は1枚の扉の前に立った。

 小さな覗き窓から中を伺う。

 数人の男が、ベッドを取り囲んでいるのが見えた。

 1人は姫眞麻だとすぐにわかった。

 白衣の男が注射器を手にして何か説明している。

 ベッドの向こうには背広姿の男が2人、暴れる何かをしきりに押さえつけているようだった。

(聖蘭!!)

 ライは思わず叫びそうになった口許を慌てて両手で押さえる。

 2人は注意深く中の様子を伺い、耳をそばだてた。

『・・・強情な娘だ』

 広東語で、苦々しく姫眞麻が吐くように呟くのが聞こえた。

 カインとライは顔を見合わせる。

『これ以上の投薬は危険です、姫大人。水に混ぜて本来服用すべきものを直接動脈に打ち込んでいるのです。しかも2本も! これ以上やれば発狂して死んでしまいます。商品としての価値も・・・』

 医者の説明を無視して、姫眞麻はうつ伏せにべッドに押さえつけられている聖蘭の顎を掴んだ。

『白性のままで男と寝たな?』

 聖蘭の目が驚きで丸くなる。

 白性とは、つまりあの大人しい性格のときのことだ。逆に、夜の彼女の性格は赤性と呼ばれる。

『・・・はくせい?』

 聖蘭には何を言われているのかまったくわからなかった。

 ライと一夜の逢瀬を交わして帰宅し、朝を待って父親の部屋を訪れた聖蘭はまだ所持していた薬を渡した。

 もう、身体は大丈夫だから、と。

 病気が回復したことを父親は喜んでくれると思っていた。が、そのとき聖蘭が見たものは怒りを露わにした醜い表情を浮かべる姫眞麻の姿だった。

 怒鳴られ、殴られたところまでは覚えていた。

 だが、気づいたときにはこの薄暗いベッドに横たわっていた。

 見覚えの無い服を着せられて。

 広く開き過ぎる程の胸元、足の付け根まで見えそうなほど開かれたスリット。ひどく派手な色柄で品の無いものだった。およそ自分の好みとは言えない代物。

 身体を起こした瞬間、2人の男に襲われ、掴まれた左腕に注射針をつきたてられた。

 悲鳴を上げ、抵抗したがその甲斐も無かった。

 人形のようにぐったりとした身体は押さえつけられたまま、奥底で疼くような何かを感じ、失い欠ける意識を手放すまいと必死の抵抗を試みた。

 それすら嘲笑うように姫眞麻は言い放った。

『明け方にこっそり家に忍び込んだつもりだったようだが、男と一緒だったことはわかっているんだ。神の息子を誑かしてくれるのは有難いが、赤性のときにしっかり落としてモノにして来い。まだ、白性の商品価値・・・聖女のイメージはまだ売れているんだからな。親孝行な娘だと感心していたんだ。最後まで、孝行して貰うぞ?』

 言い終えた瞬間、聖蘭が唾液を姫眞麻の頬に吐き飛ばした。

『この、馬鹿娘がっ!!』

 突如逆上して姫眞麻は聖蘭の頬を張り飛ばした。

『く・・・っ!。あ・・・なた・・・なんか・・・親じゃ・・・ないわ』

『何?』

『・・・貴方の思い通りになん・・・もうならないわ。歌を歌っていたのも・・・演じていたのも・・・記憶の無い、時間も・・・全て、私じゃない。薬で作られた別の私・・・』

(・・・知っていたのか)

 カインは聖蘭の言葉に唇を噛んだ。

 だが、彼女はまだ知らない。記憶の無い時間、何をさせられていたのか。今来ているドレスが何を物語っているのか。

『彼と・・・出会って、過ごした時間が本物の私。もう、思い通りにはならない・・・』

 過剰投薬されているはずだった。なのに、聖蘭は必死で自我を手放すまいとしている。 

 ライの歯軋りが聞こえる。

(カイン)

(・・あぁ、わかっている)

 カインは覗き窓からサイレンサーの銃口を差し込んだ。

 薄暗さが幸いして、相手にはまるで見えない。

 狙いを定める。

 部屋の中を見て、というわけではない。先程の光景を思い浮かべながら想像と勘で狙いを定めているのだ。

 カインは引き金をゆっくり引いた。

 瞬間、聖蘭を抑えていた男の1人が眉間から血を噴出して仰向けに倒れた。

『う、うわぁぁぁぁぁ・・・!!』

 叫び声と同時に、迅速かつ静かにライは部屋に侵入し、注射器を持った医者の首をへし折り、カインが素早く銃を抜きかけた男の心臓を撃ち抜いた。

『き、貴様は・・・神の・・・』

 ライは無言で姫眞麻に向き直った。

『な、何故・・・? まさか、そいつは『悪魔の御子』・・・』

 九龍公園で見かけたあの銀髪は黒く染められていたが、あの紅い獣のような瞳は間違えようも無かった。

 姫眞麻は後ずさったがそこは壁で退路は無い。

 ライはゆっくり姫眞麻に歩み寄った。

 黄雷火=神美龍だと言うことを知る人物は少ない。

 何故ならばその顔を見たものはこの世から消えるからだ。ライの拳の前に。

 カインは冷徹な表情のライを見、聖蘭の容態を伺った。

 先程よりも悪化しているのがはっきりわかった。脈も弱く、呼吸も浅い。なにより、カインが聖蘭の身体を起こさせようとした途端、激しく反応を示した。

(・・・拙いな)

 投薬されたものは、恐らく赤のPEOだけではあるまい。

 その症状で、アイラでなくてもカインにはわかる。

 同じ苦しみを、かつて味わったことがあるだけに。

「ライ」

 カインの声に少しライが振り返った瞬間だった。

 壁が鈍い音を立てて動き出し、ぽっかり暗闇の口僅かに開いた。その隙間へ素早く姫眞麻は身体を滑り込ませ再び壁を閉ざした。

「待ちやがれっ!」

 ライが慌てて叫んでも既に遅かった。

 姫眞麻が消えた壁を調べるが何をしても壁は動かなかった。

「ライ、放っておけ」

「だが・・・」

「俺たちが殺さなくても・・・どうせ・・・」

「?」

 カインの横顔がふと翳る。

「カ・・・」

「早くセイラを担げ」

 カインは毛布をライに投げ付け、自分はリボルバーに銃を装填し始めた。

「・・・カイン?」

「詳しいことは後で話してやる。いいか? ライ」

 言われるままライは聖蘭の身体に触れた。

 熱い。

 僅かに、聖蘭の唇から吐息が漏れる。

 聖蘭の身体を毛布に包み抱きかかえたライをカインはまっすぐ見据えた。

「彼女の苦しみはこれからだ。薬だけじゃない、心も身体も苦痛に蝕まれる。それは、その辺の大麻や阿片の比じゃない」

「え・・・?」

「・・・守ってやれよ」

 装填を終え、走り出したカインの背中に向かって、ライは「Oui!」と叫んだ。


 セシルはナイフの柄に縛り付けていたピアノ線で手元にナイフを戻した。特注の指輪から伸縮自在に延ばせるピアノ線を器用に使い、ナイフの刃で相手の喉を切り裂き、ピアノ線で絞殺する。

「セシル!!」

 カインの声にセシルは動きを止めた。その瞬間、バスッと鈍い音がセシルの左脇を通り抜け敵の肩を貫いた。

「戻ってきたの? セイラは?」

「彼女はここだ」

 ライに抱きかかえられた聖蘭は既に意識を失っていた。時折唸されているのか、か細く呻く聖蘭をセシルは痛々しそうに見た。

「姫眞麻は?」

「逃がした」

 廊下を伺うカインが答えた。

「あんたが?」

「後でゆっくり始末しに行く」

 もっとも、放っておいても消されるだろうが。

 そう言いかけて言葉を飲み込んだ。

 その意味をセシルに悟られたくは無かった。彼女は、きっと何かを感じている。まだ、知られたくは無い。

 それに、あの男は決して甘くは無い。

 誰よりも非情。

 不要と判断すれば切り捨てることなど造作も無い。

 なのに、何故自分にあんな笑みを見せるのか?

 何故、淋しそうに笑うのか?

 カインは廊下に現れたボディー・ガードを銃撃で一掃すると、調べていたときに仕掛けておいた爆薬を爆発させた。

 その混乱はすぐにホールへ伝わってきた。

 人々は爆発音に戸惑い、逃げ回るが、その行為はより混乱を招くだけだった。

「・・・何が・・・起きて・・・」

「Mr. 李、廊下へ」

 アイラは困惑する月香の腕を掴んで廊下へ走り出た。外見からは判断できないスピードだった。その速さに月香はただ引っ張られるしかなかった。

『待て! 止まれ!! 止まらんと撃つ・・・』

 アイラの行く手を遮ろうとした警備員の喉を右手に隠し持っていたメスで一文字に切り裂いた。

 その余りにも鮮やかな手口に月香は眺めていることしか出来なかった。

 メス一本でいとも簡単に、銃を持った敵を殺害していく。

 乱れた金髪が残酷なまでに美しかった。

「アイラ! こっちよっ!!」

 セシルの声にアイラと月香は振り返った。手を振るもうひとりの美しき残酷な女神・セシルに2人は駆け寄る。

「運転は出来て? Mr. 李」

「もちろんですよ、レディ」

 セシルから投げられた車のキーを受け取り月香は微笑んだ。この状況で笑えるとはさすが財団トップだけはある。セシルは妙に感心した。

 裏から駐車場に出た彼らはセシルが指差した車に乗り込んだ。

「よりにもよってロールスロイスのリムジンですか?」

「仕方無いでしょ。姫眞麻の車なんだもの」

 聖蘭を救出した際に殺害した警備員の懐から出てきた鍵だった。あの2人が姫眞麻のボディー・ガードだったのだろう。

 キーを回し、エンジンを動かす月香は出口から2つの影が飛び出してくるのを確認した。

「ライ! あんたはこっちよ!!」

 後部座席を開いたセシルに従い、ライは聖蘭を抱えたまま乗り込み、カインは助手席に飛び込む。

 扉が閉まったと同時に月香はアクセルを踏み、猛スピードで夜の街へ疾走し始めた。

 広い後部シートに毛布に包まれた聖蘭を下ろし、アイラが脈を取り始めた。

「どうだ?」

「・・・・・・」

「アイラ?」

 心配げにアイラを見るライの問いにしばしアイラは答えなかった。

「・・・急いで、解脱療法を行わないと・・・」

「げだつ?」

 ライの問い返しにアイラは頷いた。

「かなり危険な状態よ。赤い薬包紙の薬を過剰投与されたわね。あれは量が増えればそれだけ危険が増す。依存性がかなり強いから、苦しみを和らげるには再びどちらかのPEOを服用するか・・・」

 アイラは言葉を切った。口にするのを躊躇うように。

 なんだよ、とライに急かされてアイラは重苦しそうに呟いた。

「・・・セックスよ」

「なに?」

「赤の薬には催淫剤が混ぜられていたわ。恐らく、人身売買の商品に仕立てられていた少年少女に与えていたものと同じね。多少の量ならば一度の性交で脱ける。でも、致死量に近い量を投与されている状態では逆に危険よ。心臓発作を起こしかねない」

「じゃ、どうすれば・・・」

 アイラがキッとライを見る。

 その目にライは言葉を詰まらせた。

「時間をかけて、薬を抜くしかない。でも、これはかなりの苦しみを伴う。もがき、苦しみ、死んだほうがマシだと思えるほどの・・・」

「おしゃべりは中断したほうがよさそうよ?」

 ライとアイラの会話にセシルが割って入った。

「真夜中に迷惑だこと」

 バックガラスから後方を窺っていたセシルは追いかけてくる数台の黒い乗用車を指差した。

 サイレンサーも付いていない銃で派手に撃ってくるが、月香はそれを見事なドライビング・テクニックで巧みにかわしてゆく。

「何処か人目につかない場所を知らない? そこで秘密裏に解脱療法を行いたいの!」

 派手に揺れて落下しそうになる聖蘭の身体を支えながらアイラは叫んだ。時折踏まれる急ブレーキの音と銃声で会話がしにくいのだ。

「何処って言われてもな・・・。家は無理だし、昔のアジトは九龍街にあったからとっくに壊されちまったし・・・」

「よければ提供しますよ?」

 後部座席でのやり取りを聞いていた月香は相変わらずハンドルを左右に回しながら叫んだ。

「郊外に僕の別宅があります。そこならば李家の人間も僅かしか知らないですから安全です」

「・・・とりあえず、Mr. 李のご好意に甘えるわ」

 返答したのはアイラだった。

 頷いた月香は再び追いかけてくる乗用車を見た。

 車は陸橋に差し掛かっている。

「但し、後方の方々はお招きいたしかねますよ」

 姫眞麻の差し向けた5台の乗用車は追尾をやめようとはしなかった。

「なら、片付ける」

 カインはリボルバーに弾を装填し終え、助手席の窓から上体を出し窓に腰をかける格好になる。左右に銃弾を交わすように走る車体に振り落とされないよう両足を座席とダッシュボードにかけ、右手でルーフを掴む。

 左手で銃を握り直し、標的を見定めた。

 左頬を弾丸が掠める。

 その瞬間、カインは前方を走行する2台の運転手の頭を撃ち抜いた。

 続けて片方のタイヤを撃ちパンクさせる。

 コントロールを失い、失速し出した2台の乗用車は互いに衝突した。

「やったわ」

 その様子にセシルが手を叩いた。

 衝突した2台はエンジンを爆発させ炎上した。さらに、避けきれなかった1台がその2台に突っ込んだ。

 カインが新しい銃弾を装填しているうちに、最後尾を走行していた2台がさらに追い討ちをかけるようにロールスロイスに銃弾を浴びせ始めた。

 だが、その攻撃を月香は紙一重で避けた。

 カインの紅い瞳が2台の乗用車を睨みつける。

 3弾ずつ正確にカインは撃った。

 エンジンオイルを撃ち抜かれた2台は一瞬で爆発し、炎に包まれた。

 恐らく、生存者はいない。

 カインは炎上し、黒煙を吐く黒い塊を見つめた。しばらくして、納得したのか助手席に座り直し、何事も無かったかのように銃に新しい弾を装填してホルスターに戻した。

 その横顔を盗み見ながら、月香は危険を感じていた。

 彼らは、『悪魔の神子』は世の権力者に利用されるべき存在。

 そう語ったのは10年ほど前に死んだ長兄だった。

 だが、それは大きな間違いなのだ。

 金のために殺しをする暗殺者。けれども、今、目の前にいる彼らは報酬が無くても自分の『意思』で殺しをしている。

『・・・敵にだけは回したくないな』

「何か言ったか?」

 広東語の呟きをカインに問い返され、月香は慌てて「独り言です」と答えた。

 バックミラーで再び後方を窺った。

 陸橋から既に離れてはいたが、そこには黒煙がまだはっきりと見えた。

 まるで、闇の魔物の断末魔のような黒煙を。

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