真実に至る事実(下)
「・・・ジョージ=フリーマン? ・・・まさか・・・」
「ご想像どおりですよ、おそらくね」
カインの言葉をロイはなんてことはない、と言わんばかりに流した。
彼は一冊のファイルを広げてカインに見せた。
「これが当時の軍事顧問官フロイス=レーンです。写真が撮られたのは1955年。アメリカ人研究者・ジョージ=フリーマンがプロジェクトに参加した頃に撮られたようです」
次にロイがめくった頁には研究員の集団写真と一部拡大した写真があった。
「少しわかりにくいかもしれませんが、これが当時28歳のジョージ=フリーマンです。そしてこちらの女性がフロイス=レーンの一人娘、アニー=レーン22歳です。見ておわかりになりますか?」
ロイの瞳が鋭く光る。カインは首を縦に振った。
「昔の・・・出逢った頃のアイリーンに似てる・・・この女。フリーマンも誰かに似ているような気がするんだが・・・」
「ジョージ=フリーマンが研究所に入ってから3年後、彼はアニーと結婚します。そして2年後・・・」
ロイは再び頁をめくった。
カインはその写真と書類に愕然とした。
「・・・馬鹿な」
「本当です。真実なんです」
「・・・じゃあ、何故? 何故あの2人は何も言わなかった!? ただの知り合いと・・・」
「言えなかったんですよ。彼らが・・・アイリーン=フリーマンとエドワード=リース=フリーマンが姉弟であることは国家上の重要機密と同じ扱いです。・・・レーン派が実権を握っていた当時はね」
カインは再び資料に視線を落とした。
アイリーンとリースが姉弟・・・。
カインにとって、そのことだけでも衝撃だった。
だが、ロイはさらに追い討ちをかけるように話を進める。
「1970年、生態系破壊化学兵器開発プロジェクト“Z―9999”の再開から15年。完成を控えた実験が研究所内で繰り返されてきました。もちろん諸外国には決して知られてはならないことです。しかし、この計画に早くから勘づいていたのが・・・」
「・・・米国か」
カインは苦々しく言い捨てた。
「その通りです。米国はこの国が再び兵器開発に動き出した頃から潜入調査を行っていました」
「だろうな。この国は同じ北欧の2ヶ国と違ってNATO加盟国だ。米国にとって内部に爆弾を抱え込む気はないだろうしな。それが自国にとって有利に働くものならば静観ぐらいのことはするだろう」
「えぇ。だからこそ、彼らは専門的知識を持った優秀な諜報員を送り込みました。」
「ジョージ=フリーマンが“それ”だったわけだ」
「はい。そのことが発覚し、彼は抹殺されました」
「誰に・・・と訊くまでもないか」
その黒幕はフロイス=レーンその人意外に誰がいるというのだ。
「彼・・・フリーマンは表向き事故死として処理されました。でもその『仕事』を請け負った人物がいます」
カインの表情はその言葉に険しくなった。
これも聞くまでもない。
この国で、秘密裏に人間を消すことのできた人物はこの世にただひとりしかいない。
『北の悪魔』。
この男ならばどんな殺人も事故に仕立て上げることが可能だ。
「・・・俺は・・・アイリーンになんと言えばいいんだ」
たとえ、自分の生まれた頃の話とは言え、命の恩人の父親を自分の師というべき人物が殺害したなんて。
カインは唇を噛んだ。
「運命、としか言えません。貴方とアイリーンは出会う運命にあった。スパイとして始末された男の娘と、始末した男の後継者『悪魔の御子』として・・・」
「・・・」
「続けましょうか。・・・夫を殺害されたアニーに訪れたものは地獄でした」
「私を研究から外したうえに子供たちをどうしようというの! お父様!!」
アニーの悲痛ともいうべき叫びは父フロイス=レーンの顔色を僅かも変えることはできなかった。
それどころかひたすら罵る娘の頬を冷静に平手打ちした。
「お父様!!」
涙を浮かべ、ぶたれた頬を手で押さえながら彼女は父親を睨んだ。それでもフロイス=レーンは動じなかった。
「ジョージが死んで、私に残されたのは子供たちだけなのよ! それを奪う権利なんてお父様にないわ!!」
「ほほう。よく言えたものだな。自分の胸に手を当てて考えてみろ、裏切り者」
冷たく言い放たれた父親の言葉は娘の胸に深く突き刺さった。
アニーの身体が驚愕に震える。
「お父様・・・」
「フリーマンがただの研究者だったら、事故死することもなかっただろうな」
「まさか・・・」
父親に対する恐怖が、怒りと憎しみに変わる瞬間だった。
「殺したのね? やっぱりジョージを殺したのね!?」
「スパイは始末して当たり前だ。政府の建前、表立って米国の諜報員を始末することはできない。だからこそ秘密裏に“事故”を装ったのだ。いい加減あの男の存在が目障りだったしな。だから消した。」
「・・・虫けらみたいに言わないで」
「虫けらだ。いや、それ以下だ。おまえもな。儂が知らないとでも思っていたのか? おまえがあの男に情報を渡していたことぐらいお見通しだ。・・・恥さらしめ」
アニーはその場に泣き崩れた。
ジョージ=フリーマンは彼女が愛した最初で最後の男だった。好奇心から彼に近付いたのは事実だ。しかし、共に仕事をするうちに本当に愛し合っていた。
機密をジョージに流したのは決して利用されたからではない。
研究を続ければ続けるほど深まっていく父親に対する疑念。
それは年を経るごとに大きくなっていた。
『お父様は戦争を始めるつもり・・・?』
欧州だけでなく世界中を支配しようとした独裁者のように。
実の父の余りにも恐ろしい野望。
アニーは父親を恐れた。そしてジョージに全てを打ち明けた。代わりに彼は自分の正体を彼女に明かした。
その夜、2人は初めて結ばれた。
結婚後は夫婦揃って研究を続け、その傍らアニーはジョージを通じて米国に情報を流した。
「アニー、本来ならばスパイは極刑だ。誰にも知られることなく儂はカタをつけてきた。ジョージ=フリーマンのようにな。だが、おまえはどう変わろうとも儂の娘に変わりはない。死をもって始末をつけるのはよそう。だが、裏切り者の恥さらしを野放しにするほど儂は愚かではない。この邸はおまえにくれてやる。だが、外に出ることは許さん。一歩でもだ。子供たちに会うことも許さん。あの2人は今日から儂のものだ。儂の思うように育てる」
生かしてやる。だが、自由はやらない。子供も。
アニーには父親の考えていることが手にとるようにわかった。
アイリーンとエドワードを自分のように育てるつもりなのだと。
しかし、今の彼女にはもう何も出来なかった。
深い哀しみと悔しさに彼女は嘆き続けた。
そのとき、廊下から幼い子供の声が聞こえてきた。
扉は閉ざされていて、アニーからは子供たちの姿を見ることはできない。
「どこにいくの? お姉ちゃま」
まだ8歳になったばかりのエドワードが不安げにアイリーンに問う声だった。
アイリーンの声は今にも泣き出さんばかりのエドワードを宥めているようだった。
「アイリーン・・・エドワード・・・」
掠れる声で彼女は愛する我が子の名を呼んだ。
しかし、その言葉が幼い姉弟に届くことはなかった。
レーンは泣き続ける娘に背を向け、冷たく扉を閉ざして邸から出て行った。
それが父娘の最後の邂逅だった。
7年後の1978年、アニー=レーン=フリーマンは病死した。その最期の姿は年齢以上に年老いた老婆のような姿だったという。
アニーが死亡した同じ年、祖父の英才教育を受けたアイリーンは大学院を卒業し18歳でフェンリル=コスカル所長の下で研究員として働き始めた。弟のエドワード=リース=フリーマンもまた姉と同様に厳しい英才教育を受け、15歳の若さで医科大学に進学した。
「・・・ここまででご質問はありますか?」
カインは押し黙ったまま首を横に振った。
「では、ご感想は?」
「・・・正直驚いている、としか言いようがない・・・」
彼の紅の瞳は虚ろに何かを見ていた。
でも、何も映ってはいないだろう。
「アイリーンとリースが姉弟・・・」
考えてみれば2人の関係は不思議だった。
カインが2人に初めて出逢った時は、まだ12歳の子供だったから特に何も感じてはいなかった。だが、時間が経つにつれその関係が気にならなくはなかった。
恋人というには遠すぎて、ただの知人にしては余りにも近すぎる関係。
姉弟ならば納得がいく。
「昔のことはわかった。今はとにかく続きを・・・」
「・・・わかりました。でも、貴方には本当に謝らなければならない・・・」
「?」
哀しげな表情を浮かべるロイ=リーフの言葉をカインは理解できなかった。
「・・・何のことだ?」
「6年前のことです。あのとき、私が貴方を呼びさえしなければこんなことに巻き込まずにはすんだのに・・・!!」
そんなことか、とでも言うようにカインは溜息をついた。
「あの時は俺もおかしかったんだ。ひどくナーバスになっていて、何か仕事でもして、気を紛らわしたかったんだ。そんなときおまえから依頼が入った。幸いと思って軽く受けただけだ。ロイの気にすることじゃない」
たとえ、その後で自分が傷つく羽目になっていても。
それは仕事を受けた時点で自分の責任だ。ロイには関係ない。
だが、ロイはカインの言葉に首を振るばかりだった。
「全て・・・全て計算済みだったんです。6年前のことも、16年前の爆発事件も・・・」
「何だ、16年前って・・・」
「・・・今から話そうと思っていたことです。その頃・・・1978年にアイリーンと共にプロジェクト・チームに参加した研究者が数人いました。その中にはイオンとレナ・・・アルティメイト夫妻もいました。」
「・・・アルティメイト? ・・・まさか」
ロイは無言で頷いた。
アルティメイトとはリザの姓だ。
「リザの両親です」
全てが一本の線で繋がった。
フロイス=レーンと娘のアニー、そしてCIA諜報員だったジョージ=フリーマン。
レーンの孫であり、アニーとフリーマンの娘アイリーン。
アイリーンと共に研究をしていたリザの両親。
そして6年前、カインから笑顔でリザを預かってくれたアイリーン。
リザが夫妻の子供だと知らない筈がない。
だから何も知らない振りをして。
「・・・何のために?」
何のために、リザを知っていることを黙っていた?
ショックだった。
裏切られていた。アイリーンに。
「それが彼女の最大の秘密だからですよ。翌年研究チームの責任者になった彼女はあるパーティーでひとりの男性を紹介されています。それが当時駐在員だったジェイソン=シェーンコップです」
「・・・道理でおまえが知っているわけだな。シェーンコップを」
「申し訳ありません。でも、彼女も男とただ会っているだけじゃなかったんですよ」
ロイはわざと言葉を濁した。
けれども、この程度のことを想像できないほどカインも若くはない。
「その頃から関係を・・・」
「まだ、続いているんですってね。アイリーンという女性は本当に一途な方なんでしょう。そう言うわけで2人はその頃から通じるようになり、シェーンコップはアイリーンから情報を引き出していたんです。そう・・・ジョージ=フリーマンと同じ手を使ってね」
だが、結果は違う。
ジョージ=フリーマンはアニーを本気で愛し結婚までした。が、アイリーンはいまだ独り身を通し愛人の訪れを待っている。
ジェイソン=シェーンコップの自信に満ちた笑顔を思い出した。
口許は嘲笑を浮かべ、眼でカインを見下した。
そう、この悪魔を見下したのだ。あの男は。
カインの瞳に一瞬異様な光が宿った。
激しい憎悪と殺気の光が。
カインの様子にロイは驚いて手から何かを滑り落としてしまった。
その音にカインは我に返った。
「・・・何だ」
「・・・詳しいことはこのフロッピーディスクの中に・・・。そろそろ行かないと・・・」
ロイは急に落ち着かない様子で帰り支度を始めた。
カインは慌てて制した。
「ちょっと待て。まだ話が終わって・・・」
言いかけたカインの口にロイは人差し指を当てた。
「詳しいことは全てその中に・・・」
耳元で小さな声で囁き、ロイはカインにディスクを押し付けた。
「・・・これ以上は盗聴されてて言えません」
「なんだと・・・!」
「すみません、また改めて・・・。お会いできるといいのですが」
2度と会えなくなるかのような口振りだった。
「それじゃあ。今日は楽しかった。貴方ならきっと大丈夫。気をつけて。・・・お先に」
先程とは打って変わって誰かに聞かせるかのような大声でカインに言うと、ロイは店を後にした。
カインは駐車場が見える窓からそっと外を覗いた。
「・・・ロイ?」
彼は自分の車をしきりに調べているようだった。
「いったい何を・・・」
カインは不審そうに彼の動きを観察していた。ロイは一通り調べ終えると何事もなかったような顔で車に乗り込みゆっくりと走り出した。
その後ろを追うようにして一台の車が動き出した。
「・・・あれは!?」
見間違えるはずがない。あの不吉な色を。
シルバー・メタリックの車体が陽射しを反射し、カインの視界に光が広がる。
やはりあの男が動いているのだ。
「・・・フィロス・・・」
おそらく盗聴していたのはフィロス=ルーベルス本人だろう。
カインはロイが時々口にした言葉を思い出した。
『貴方ならきっと大丈夫』
「・・・ロイ・・・」
何か、巨大な力がカインの知らぬところで動き始めていることを感じずにはいられなかった。
そして、その渦の中心にリザがいることも。
「ちょっと! ちょっと待ってください!! 先生は・・・」
「うるさい。いるんだろう。邪魔だ、どけ」
「待ってください! 先生! 先生!!」
看護師のうろたえた叫びにリースは顔を上げた。
今日は午前中のみの診療だったため、昼食を取った後カルテの整理をしていた。どうやら窓から差し込む陽射しが余りにも心地良かったせいかうたた寝してしまったらしい。手で頬に触れるとボールペンの跡がくっきりと残っている。
「やれやれ・・・ふぅぁ~~~・・・。寝みぃー・・・。」
大欠伸をし思いっきり伸びをしていたところに、蹴り上げたような勢いでドアが開かれた。
「・・・うるさいなぁ。もう少し大人しく入って来れないのか? おまえは」
「それは無理な相談だな。あんたならよくわかってるはずだ」
「すみません、先生。今日はもう終わってると言ったんですが・・・」
おろおろする看護師の姿にリースは思わず吹き出した。
「先生!!」
「・・・すまんすまん。構わんよ。こいつは患者じゃないし・・・いや? 別の意味で“患者”かな。大丈夫だから、君は受付で仕事をしてくれ」
看護師は怪訝な表情で突然現れた“患者”を見ながら診察室を後にした。
「・・・昨日の傷はどうだ? カイン。痛むとか、頭痛とかは・・・」
「・・・だろ」
「は?」
カインの呟くような言葉をリースは思わず聞き返した。
「何か言ったか?」
「・・・アイリーンの弟なんだろう? もう、隠すなよ・・・。何も知らないままこれ以上巻き込まれるのはゴメンだ!!」
「誰かから・・・何かを・・・何か聞いたな?」
カインは無言で頷いた。
リースは手で椅子に座るようカインに勧めた。
机の引出しから煙草の箱を取り出し、リースは1本咥えた。火を点け紫煙を吐く。
その様子を見つめるカインの眼は静かな怒りを表していた。
「・・・誰に聞いた?」
「ロイ=リーフだ」
「リーフ・・・? あぁ、情報部の。知り合い・・・」
言いかけてリースは口を閉ざした。
知らないわけがない。政府の、しかも情報部と『悪魔の御子』が知らない仲である筈がない。
欧州に限っては。
「6年前の依頼人か?」
カインは首を縦に振った。
リースは溜息をひとつついた。
「・・・姉弟だ、アイリーンと俺は。だがな、血縁上ってだけだ。俺が医学生になったときに・・・15歳の頃だったか、縁を切られたよ。一方的にアイリーンから・・・な」
「・・・え?」
嘘だ、とでも言うようにカインは目を丸くした。そんな様子にリースは少し淋しげな表情で笑った。
「正確にはアイリーンがこのスカンジナビアのくそジジィどもと勝手に取引したんだ。『自分が国家の糧になるから弟だけは自由にして欲しい』・・・てな」
そのことを聞いたとき、リースは大きなショックを受けた。
「ジジィどもが出した条件は『今後一切弟との接触を禁止する』というものだった。アイリーンは大人しくその条件を呑んだ。・・・俺の承諾もなしに。俺もまだガキだったからな。唯一の肉親だったアイリーンに捨てられたんだと思い憎みもした」
姉の真意も見抜けずに、再会するその日まで憎み続けた。
そうしなければ哀しみで押し潰されそうだったから。
それほどリースはまだ幼かった。
「アイリーンに・・・姉さんに再会したのは俺が診療所を開いてしばらくしてからだった」
「リース・・・」
「カイン、俺は姉さんがこの20年何をやってきたのか何も知らない」
「本当に・・・?」
「嘘をついてどうする」
リースは半ば呆れた表情でカインを見た。どうもカインはまだ納得できずにいるようだった。
「ひとつだけ、俺がおまえに教えてやれることがある」
カインは少し驚いて顔を上げた。
「俺は昔・・・ちょうどおまえが肺炎を起こしかけてしばらく療養していたことがあっただろう」
「あぁ・・・」
「その頃にな、俺は情報部のリーフ長官・・・ロイ=リーフの父親なんだが・・・会ったことがあるんだ」
「ロイの父親に・・・?」
ロイ=リーフの父親は確か随分前に事故で死んだはずだ。
「死ぬひと月ほど前だったかな? 縁を切られた俺は国からの援助も打ち切られてな。そこを助けてくれたのがリーフ長官だった。ま、いわゆる俺の“あしながおじさん”だったわけだ。でも俺は彼には一度も会ったことがなかったから訪ねて来てくれたときは本当に嬉しかった。だが、彼は異様に何かに怯えている様子だった。・・・命の危険を知っていたんだな。だから、俺に何かを伝え残すために来てくれたんだと思う」
「何かって・・・?」
リースはカインの紅の双眸を見つめた。
「『全ての糸はフロイス=レーンに繋がっている』と」
「・・・え? フロイス=レーンって・・・」
アイリーンとリースの祖父だ。今の彼らに育てたのはこの老人といっても良い。
生きていればかなりの高齢に達しているはずだ。
「・・・生きているのか?」
「・・・生きてりゃ91歳だな。まぁ、くたばったという話も聞かないから未だに政府の裏で実権を握っているんだろうよ。リーフ長官は反レーン派で有名だったからな、多分ジジィに殺されたんだろう。・・・今日午前中に来た患者の中に政府の間で情報を売ってる情報屋がいたんだが、そいつが妙なことを言っててな。どうもそいつは昔アイリーンの研究チームにいたらしいんだが、・・・情報部が解散させられるという噂が裏で飛び交っていると教えてくれたんだ」
「情報部が解散・・・!?」
情報部は政府の重要な役割を担っていた。
時として軍部よりも大きな権威を握ることもある。
おそらく反レーン派のロイ=リーフの父親が長官を務めたあたりから風向きが大きく変わったのだろう。
そして、ロイ自身も、父親と同様に今の地位を追われようとしているのだ。
―――全てはフロイス=レーンに繋がっている。
多くの人間の運命を狂わせた男。長きに渡りこの北の大地を支配し続ける男。
そんな男でもあの『悪魔』を恐れたのだろうか?
『詳しいことは、このフロッピーの中・・・か』
全ての真実がこの一枚に存在する。
「何故そんなに深く関わるんだ?」
「え?」
何気ないリースの言葉は意外にもカインに深く突き刺さった。
「・・・わからない」
「わからないって・・・言ってみればこれはアイリーンとくそジジィどもの話であっておまえは部外者以外の何者でもないぞ? 自分から首を突っ込む必要はないだろう」
「そうだが・・・強いて言うなら・・・償いだからだろうか・・・」
「償い?」
そう、決して部外者ではない。
同じ紅の双眸を持つ悪魔は彼らの父親を奪った。
自分は最後までリザの幸福を守れなかった。
全ては一本の糸で繋がっている。
「カイン、これだけは教えてくれるか?」
「?」
「例え、どんな結末が待っていようとも、リザを守ってくれるか? 何を犠牲にしても・・・」
まるで父親のような言葉だな、とリース自身思ったがどうしてもカインに問い質してみたかった。
アイリーンの考えが真実ならば、カインとリザは共に生きるべき存在なのだ。
そんなリースの意図をカインが知る筈もない。
だが、カインも敢えて質問の意図を聞き返さずに、一言だけ『Yes』と答えた。
「6年前の悲劇を繰り返したくはない」
リースはカインの真摯な表情に眼を細めた。
6年前のクリスマスをその背に負い続けるカイン。
だが、その瞳にもう迷いはなかった。