プロローグ~可憐に舞う雪の精と魅了された愚かな悪魔~
少女は吹雪の中、ただ立ち尽くしていた。
すぐ傍には大きなモミの木が、引き千切られた電球の残骸でかろうじてクリスマス・ツリーだったことを教えてくれる。
今日は、クリスマスだった。
小さな村をあげての盛大なパーティーが催されるはずだった。
男たちはサンタクロースの衣装に身を包み、女たちは豪華な料理やケーキを用意する。子供たちはモミの木の下でプレゼントを開け、食事を楽しみ、大人は酒を飲み、踊り明かしてクリスマスを祝う。
村の伝統行事。
少女が物心ついたときから、当たり前のように行われていた日常のひとコマ。
そのはずだった。
少女の頬に一筋の涙がつたう。小さな肩を震わせて。
留まることなく溢れる涙に濡れる双眸に映ったものは、破壊の限りを尽くされた『村』の残骸。
冷たい雪の上に横たわる見慣れた人々。
学校の友達。村一番の美人と呼ばれていた先生。優しい隣のおばさん。いつもおまけをしてくれたパン屋のおじさん。
有無を言わせぬ力が蹂躙した、虐殺の残影。
力無く彷徨う少女の視線がモミの木の下に注がれた。
雪に隠れたその影が何なのか、少女は気づき雪を掻き分けるようにして走った。
途中で転びながら、それでも少女は荒く息を吐き、木の下に駆け寄った。
少女の後姿を、共に『村』に戻った青年はただ黙って見つめる。
影の正体を確かめて、少女は冷たい雪の上に座り込んでしまった。
モミの木の下で冷たくなっていたのは、少女の祖父だった。
何故こんなことになったのか、少女が知るはずもない。
つい数時間前までは幸福に包まれた場所だった。
今はその欠片すら見当たらない。
「な、何で・・・? 何でこんなことが起こっちゃうの? おじいちゃんも、おばあちゃんも、・・・みんな何で・・・? なんで死ななきゃいけないの!?」
泣きじゃくる少女の肩を一人の青年がそっと抱き寄せた。
火事が起きたのか、焼け残った家屋の一部がまだ燻っていた。
雪に埋もれた、老若男女の死体。
凍りついた銃火器。
村中に残る無数の血痕。
青年はこの悲劇の真相を知っていた。しかし、それは少女にとって重過ぎる現実だった。
「ここは危ない。どこか安全なところまで行こう」
「・・・いや」
「さぁ」
泣きじゃくる少女は、抱き起こそうとする青年の腕を拒んだ。彼は少女の名を呼び、再度優しく促す。
顔を上げた少女は涙を流したまま微かに頷き、青年の胸に顔をうずめた。
青年は応えるように強く少女を抱きしめた。
すべての惨劇から、少女を守るかのように。
暗黒の空から、再び白い妖精が舞い降りてきた。
青年は空を仰ぎ見た。
今日は12月25日。クリスマス。
サンタクロースが少女をこの国にもたらした、記念すべき日だった。