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シャーロット

補佐官だって、ため息をつきたい。

作者: 桜の浜
掲載日:2026/05/15

「王女殿下!」


 私は、手の汗が止まらない。

 なぜ、こんなことになっている。


 今週は忙しかった。

 先週から立て続けに起こった事件が解決し、その事後処理と報告書に追われていた。

 珍しく、上司のレストレード監査官ですら報告書を書いている。

 そのせいなのか、季節外れのみぞれがロンドン郊外で降ったと、誰かが言っていた。


 私――ステラ・ホプキンスは、魔法省監査局に勤務している。

 主な仕事は、私が住んでいる魔法都市ロンドンで起こる事件・事故の捜査をすることだ。


 事件といっても、程度がある。

 市民の苦情や不審物の確認から、本格的な捜査が必要なものまである。

 補佐官の仕事は細かな事件が多いが、もちろん、大きな事件の捜査が必要なときは、監査官の補佐をしなければならない。


 事件は、こちらの都合など待ってくれないのだ。


 私は調整室から回されてきた内容をさらに精査し、事件の内容を確認していく。

 事件に手を付ける準備をしていく。


 つ、疲れた。

 な、何とか片付いた。

 私の心は、空っぽになっている。


 事件は多かった。

 報告書も多かった。

 しかし、一番の問題は、四半期の時期であること。

 それは、節目になる日。


 出さなければならない書類の数が多すぎる。

 毎日、報告書を書いていると思っていたが、この日は違う。


 もっと前からやっておくべきだった。

 皆がそう思う。

 しかし、なぜか締め切りが近くならないと、書類が回ってこない。

 そのため、この一週間は、書類の数がおかしかった。


 家に帰ろう。


 頭は空っぽでも、体は無意識に動く。

 家の周辺に、いつもと少し違う雰囲気がある。


 なんだろう?


 私は一度、周囲を見渡す。

 普通だ。

 疲れているのかな。

 それとも、単に頭がまだ書類脳になっているのかもしれない。


 家に着き、玄関のドアを開けた。


 違和感がある。

 いつもなら飛び掛かって出迎えてくれる犬のモフモフがこない。

 おかしい。


 匂い?

 いや、人の気配を感じる。


 リビングのソファに、誰かが座っている。


「誰?」


 私の中で、警戒音が鳴り続ける。

 補佐官の家とはいえ、それなりの魔法警備体制が、この家にはある。

 魔法省を恨む者や、不審者に対応するようになっている。


 しかし、それを破った者がいる。


 危険だ。


 私の心の警戒音を無視するように、ソファから気品のある声が聞こえた。


「あ、ステラ。お帰りなさい」


「え、あ、あなた様は……」


 そこにいたのは、王女殿下だった。

 ヴィクトリア・アレクサンドラ王女殿下。

 英国の第三王女。


 アレクサンドラ王女殿下が、私の部屋にいる。

 しかも、ソファに座っている。

 モフモフはその前で横になって寝ていた。

 のんびりと。


 いや、そんな人、ここにいちゃダメでしょう。


「あの、あ、アレクサンドラ王女殿下。その、どうして、ここにおられるのですか?」


「はい。ここだと言われたので。シャーロットに」


 シャ、シャーロット!

 あ、あの人、いったい何を?


「シャーロットさんですか?」


 私は、何とか理性を維持しようとする。

 シャーロットさんは、魔導学園の生徒で、私が勤める監査局の依頼で事件の手伝いをしてくれる人である。


 とても優秀で、助かることが多い。

 しかし、同じぐらい問題事も起こす人でもある。


「はい」


 私の言い方が強すぎたのか、アレクサンドラ王女殿下が黙ってしまう。


 まずい。

 私は、補佐官だ。


 たとえ、相手が王族とはいえ、聞き取りくらいできる。

 はず!


 よし。

 がんばれ、ステラ。

 私はできる子だ!


「あの、アレクサンドラ王女殿下。シャーロットさんは、どうしてここに、と……」


 私は、勇気を出して聞く。

 こ、怖くない。

 相手も同じ人間だ。


「はい。ここがステラの自宅だと」


 なぜ?

 私の家?


 というか、一言言ってほしい。

 最近忙しくて、部屋も片付いていない。

 脱ぎ散らかした服が、ソファの周りにあるような気がする。


 は、恥ずかしい。

 せめて掃除させてください。


 いや、ちょっと待て。

 落ち着こう。


 私の家に王女殿下がおられるということは、変だ。

 シャーロットさんには、変装の趣味がある。

 この前も、アレクサンドラ王女殿下の格好をしていた。


 可能性はある。


 これは、私を試す実験だ。


「アレクサンドラ王女殿下、少し髪を触ってもよろしいですか?」


 普段なら、こんなことは許されない。

 しかし、私には確信がある。


 あれは、シャーロットさんの変装だ。


「え、は、はい」


 私の圧に押されて、アレクサンドラ王女殿下に変装しているシャーロットさんが言う。

 さすが、シャーロットさん。

 演技もうまい。


 髪は、かつらなので、少し引っ張れば簡単に取れるはず。

 金髪のかつらを取れば、銀髪のショートボブが出てくる。

 そして、彼女は私に不器用に謝るのだ。


「い、いた……痛いです、ス、ステラ」


「え?」


「王女殿下!」


 え、えーー。


 私は今、うなだれている。


 どうしよう。

 本物だ。

 本物のアレクサンドラ王女殿下だ。


 私、もう、終わりだ。

 汗が止まらない。


「だ、大丈夫ですよ。シャーロットの変装だと思ったのでしょう。そうですよね。私が家にいたら、少し驚きますよね」


 アレクサンドラ王女殿下、やさしい。

 涙が止まらない。


 私は、腕を目元に当てて泣いていた。


 そんな時、玄関から音がした。


「ヴィクトリア王女、待った?」


 ワトソンさんの声だった。

 シャーロットさんの保護者で、私の仕事の相談役。

 そして今は、王女殿下にタメ口で話す危ない人。


「いえ、そんなに待っておりません。ステラと楽しいお話をしていました」


「そう。よかったわ。ステラも仲良くなったのね」


 ええ。

 王女殿下の髪を引っ張るくらいに。


「あの、シャーロットさんは?」


 私は、元凶の姿を探す。


「シャルは、事件があるとかでレストレードのところに行ったわ」


 な、何を言っているのか、理解ができない。


 王女殿下を人の家に置いておき、自分はいない。

 じ、自由すぎる。


「まあ、事件なら仕方がないですよね」


 王女殿下、シャーロットさんに甘すぎです。


 アレクサンドラ王女殿下とシャーロットさんは、魔導学園の生徒である。

 二人は研究仲間でもあり、仲が良いらしい。


「ステラ、眉間に皺が寄ってるわよ」


 ワトソンさんが、耳元で私にささやく。


 私、家に帰りたい。

 ここが私の家だけど。


「その、ワトソンさん。アレクサンドラ王女殿下が私の部屋にいる理由は何ですか?」


 私はついに、謎の核心について話をする。


 もしかしたら、緊急の事件かもしれない。

 頭が回っていなかった。

 その可能性の方が十分高い。

 私の部屋を、秘密の待合場所にしたのかもしれない。


「え? だって、今日でしょ」


 なに?

 今日?


 何の日?

 給料日?

 家賃の支払い日とか?


 私は、思い出せない。


「今日は、ステラの誕生日でしょう」


 そうだ。

 誕生日だった。

 すっかり忘れていた。


 子供の時は、なぜか楽しみだったのに、働くようになってから、年々その日が希薄になっていた。


 そうか。

 もう一年経ったんだ。


 ワトソンさんが、不思議そうにこちらを見ていた。


「ステラの誕生日会をやろうって話になったのよ」


「せっかくだから、ステラの家に集まってね」


 嬉しかった。

 毎日、仕事に追われていたので、自分の誕生日も忘れていた。

 それなのに、誰かが覚えていてくれたことが、単純に嬉しかった。


 ただ、私の家に集まることを、もっと早く言ってくれればさらに嬉しいけど。


「ステラ、おめでとう」


「はい、ありがとうございます。アレクサンドラ王女殿下」


 私は、ひざまずいてお礼を言う。


「堅苦しいのは嫌です。ステラ、私のことは、ヴィクトリアと呼んでください」


 よ、呼べません。

 ファーストネームで呼ぶなんて、恐れ多いです。


 でも、断ることなんてできるのだろうか。


「そうだ。王宮の料理長にケーキを作ってもらいました。甘いものが好きと聞いたので」


 ケーキ。

 しかも、王宮で出されているもの。


 それは、いったいどんな味なのだろう。


 ヴィクトリア王女殿下。

 私、一生ついていきます。


「お、おいしすぎる」


 な、何が違う。

 砂糖、牛乳、小麦、全てが違う。

 根本的な素材が、まるで違う。


 もちろん、それだけではない。

 スポンジの火加減、生クリームの柔らかさ。

 ただ甘いだけではない。

 一つ一つの個性を出しながらも、まとまりがある。


 これが、王宮の味。

 こんなのを食べたら、戻れない。


「どうですか、ステラ?」


 ヴィクトリア王女殿下。

 こんなおいしいケーキ、初めて食べました。


「お、い、し、い、で、す」


 口の中のものを少しでも離さないように、私は話す。


 ああ、喉を通るのがもったいない。


 おいしい時間は、あっという間に過ぎる。

 シャーロットさんは来なかったけど。


「この辺でお開きにしましょう」


 ワトソンさんの一言で、終了になった。


「いまさらですけど、この家、魔法省の魔法障壁があるとしても、警護もなしに王女殿下を一人にするのは、まずいのではと思うのですが」


 私は、甘いものにより、やっと頭の活動を再開できていた。


「え、いるわよ。この家の周辺に、王宮親衛隊」


「あと、王女の後ろにも、ずっと一人いるわよ」


 ワトソンさんは、知らなかったの、という顔でこちらを見る。

 ヴィクトリア王女殿下は、軽く首を横に傾ける。


 え、私は今、気づいた。


 うそでしょ。


 いた。


 王宮親衛隊。


 気配が全くない。

 わからなかった。


 もしかして、さっき王女殿下の髪を触った時、私の命が一番危なかった時かもしれない。


 全身から血の気がなくなる感じがした。


「じゃあ、ステラ。また遊びに来ます」


「は、はい、ヴィクトリア王女殿下」


 王女殿下が去った後に、私はワトソンさんに言った。


「ワ、ワトソンさん。シャーロットさんに言っておいてください」


「突然、王女殿下を家に入れないでくださいって」


 片付けをしてくれているワトソンさんに、私は少し怒り気味に言う。


「シャルは、今回の誕生日会のこと、知らないわよ」


「え?」


「シャルが誕生日会なんて、自分からやるように見える?」


 いや、見えない。

 そういうことに興味なさそう。


「これは、ヴィクトリア王女が考えたのよ」


 え。

 だって、シャーロットさんにって……。


 言ってない。

 私の家がここだと言っていただけだ。


「知ってた? 魔導学園の問題児、まあ一人はシャルだけど、もう一人がヴィクトリア王女なのよ。あの人、こういうサプライズが大好きなのよね」


「シャルは、研究と事件のためなら何でもするけど、ヴィクトリア王女は人が大好きなのよね。気に入った人間には特に。だから、シャルにかまってるのだけど。よかったわね、ステラも気に入られて」


 ワトソンさんは、ちょっと悪い顔をして微笑んでいた。


 え。


 どういうこと?


 勘の悪い私は、やっと理解する。


 シャーロットさんは、関係なかった。

 私の家に簡単に侵入できる力が、ヴィクトリア王女殿下にはある。

 私を驚かせるために、わざわざこんなことをしたのだ。


 私は思い返す。

 こんなことなら、もっと髪の毛を強く引っ張ればよかった。


 はあー。


 私は、ため息をつきたくなった。

シャーロットのスピンオフです。

ステラが主人公です。

少し後の話です。

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