31 再会する人たち
「ねね!」
羽柴秀吉は、弟の秀長が止めるを聞かず、ざんぶと円明寺川へと入り、意外と浅いことを確認すると、腰までつかりながらも、ねねの乗る舟へと近づいてきた。
「おやじさま!」
ここでねねも飛び込めば感動的なのだが、実際はねねの隣にいた福島正則が飛び込み、秀吉にむしゃぶりついた。
秀吉もねねも、これにはあっけに取られたが、やがて二人とも大笑いした。
「市松(福島正則のこと)、久しぶりだでや」
「市松、お前はどこまで行っても童で……」
そういう会話に微笑みながらも、藤堂高虎は舟を危なげなく漕ぎ、秀長の待つ対岸へとたどり着いた。
「高虎、神妙なり」
「御意を得て、恐縮でござる」
君臣はにやりと笑い合い、そのまま秀吉、ねね、正則らの前と後ろにつく。
そしてそのまま、一行は羽柴軍本陣へと向かった。
「……帰って来た」
そのねねのつぶやきを拾い、「そうじゃ」と秀吉はねねの手を握った。
*
山崎。
宝積寺。
ここに羽柴軍の本陣があった。
時に、天正十年六月十二日夜。
すでに摂津衆の中川清秀、高山右近らは先発して山崎の町を押さえ、さらに予定戦場の中央最前線へと進出した。
黒田官兵衛と羽柴秀長は、左の「山」、つまり天王山に至った。その山裾にある西国街道沿いに兵を配置し、官兵衛いわく「明智に罠をかける」構えをとった。
それをひとりだけ聞いていた秀吉は「どういうこときゃあ?」と問うた。官兵衛は「上様とねねさまの御為でござる」と韜晦した。
それを理解した秀吉は。
「池田どの。われらも同道願えんかのう?」
その時、池田恒興は、予定どおり戦場の右翼、円明寺川の川岸へと向かうところだった。向かったあとは、川をはさんで明智軍の左翼と対峙し、つまり「にらみ合い」を演じるつもりでいた。
ところが。
「この秀吉、というか、妻女のねねがのう、考えがあるみたいでのう」
秀吉が二言三言、恒興の耳にささやくと、恒興は最初驚いた顔をして、次いで不敵な笑みを浮かべた。
「何と、それはまるで……桶狭間のようではないか」
桶狭間。
駿河から海道一の弓取り・今川義元が大軍を率いて尾張へ攻め入った時、寡兵をもって織田信長がそれを破った戦いのことである。
織田家、それも信長と共に若き日を過ごし、戦って来た者──特に秀吉やねね、恒興──にとっては、それは特別な思い出だった。
それを恒興が口にするということは。
「藤吉郎。やろう、それを。やるべし、やるべし」
恒興はつい若い時の気分で秀吉を藤吉郎と呼んでしまったが、秀吉はそれをとがめなかった。
元より、そういうつもりで──若い時のあの、野生味溢れる恒興に戻ってもらうつもりで、語りかけたからである。
「頼んだでや、池田どの」
秀吉は恒興に二、三の頼みごとをして、その了承を得ると、満足げな笑みを浮かべた。
*
明けて天正十年六月十三日。
本能寺の変をめぐる一連の騒動からおよそ、十日。
実にこの十日間という日数で、この国の歴史は次の局面を迎える。
その幕開けにおける、天下分け目の戦いの名を、山崎の戦いという。
「……まぁだ明智は動かんのきゃあ?」
天王山から円明寺川にかけての線を形成した秀吉は、これまでの「前進」の姿勢をかなぐり捨てたかのように「停止」し、守勢に入った。
「明智の望みは、わが方がこの狭い山崎を征かんと、小出しに兵を繰り出したところを、それを順繰りに順繰りに、揉み潰すことにある」
そう黒田官兵衛は述べていた。
であるなら、敢えて攻めてかからずにいよう、というのが秀吉の作戦である。
「明智が怖いのは、時じゃ。時》》が、怖い」
明智光秀は、時が経てば経つほど、織田家の有力家臣らが連合しないにしても、そのそれぞれがそれぞれで、波状攻撃して来るのを警戒している。
その最も警戒している、北の柴田勝家への守り──近江の斎藤利三をこの場に連れて来ているので、光秀の緊張感は、さぞかしきついものになっているだろう。
「だぁから、羽柴は待つんじゃ。敢えて待つんじゃ。明智が焦れて出て来るを待つ。わざわざ、食われるために攻める必要は無いわ」
そして明智が攻めて来て、それを受けてこそ、前夜、池田恒興にささやいた、ねねの策が光る。
「……この辺でええか」
秀吉は右翼の円明寺川に出張った恒興の後詰めのようなかたちで、「待ち」に入った。
むろん、そのかたわらには、武者姿のねねがいる。
「明智は来るのか、来ないのか」
そのねねのつぶやきを拾った秀吉は、「来るでや」と答えた。
「……そういうけど、明智に動きがない」
ねねは円明寺川の対岸を見やる。
明智軍は毛ほども動こうとしない。
「来るでや」
秀吉はもう一度、答えた。
光秀は本音としては、攻めかかりたい。
攻めて、秀吉を討ち、西への通り道をものにして、平島公方を迎え入れたい。細川家を味方にしたい。
されど、今は秀吉より兵が少ない。それゆえ、この狭い山崎で待ちかまえているのだ。
「…………」
「光秀は理にかなっている。そんなら、来ないのでは……と思うとるな、ねね」
それは秀吉も思っている。
だがあの用兵巧者の光秀が網を張っているとわかっていて、攻めるわけにはいかない。
それは賢い者のすることではない。
「では、どうするか」
「簡単なことよ」
秀吉は笑った。
待つのだ、と。
「……は?」
「根比べじゃ、ねね」
秀吉とて、気が急いている。
早く信長のかたきを討ちたい。
ひとりで光秀の首を上げたい。
天下を盗りたい。
それでも。
「わしゃあ、我慢する。その欲のままに攻め入ったら、光秀の思うつぼじゃ。そして逆に、光秀が攻めて来るンを待つ……この秀吉の、思うつぼにするためにのう」
「…………」
それはねねから見ても、驚くべき耐久力だった。
この男は、欲しいものは手に入れてきた。
けれども、より欲しいものがある時は、我慢ができた。
だからこそ、ここまで成り上がれたのだ。
しかしそれは光秀も同様である。
光秀もまた、我慢ができた。
だからこそ、織田家一の将にまで登りつめ……。
「あっ」
ねねは思わず手で口をおおった。
そして夫・秀吉の読みというか、光秀に対する洞察力に舌を巻いた。
「そうじゃ、ねね」
だからこそ、この男は、ここまで持って来たのか。このかたちに。
中国大返しなどという、驚天動地の行軍までして。
「光秀はなぁ……我慢できなくなった。じゃから、やったんだろう? 本能寺を」
……天正十年六月十三日、申の刻(午後四時)。
明智光秀はなかなか攻め入らぬ羽柴秀吉に、とうとう痺れを切らした。
切らしてしまった。
「……上等やないかい、木藤ゥ(木下藤吉郎の略称、つまり秀吉のこと)」
光秀は軍配を掲げ、自身の腹心である斎藤利三、伊勢貞興に突撃を命じた。
「そンならそれで、この明十(明智十兵衛光秀の略称)が攻め、見せたろやないかいィ」
痺れを切らしたが、夕刻を狙うことを忘れない。
しかもこの日は雨。
いかに「待ち」に徹したとはいえ、そろそろ秀吉とその軍に、疲れが見えてくる頃合い。
「征けやあ、利三、貞興ィ!」




