第二話 マキシ先生
嬉しかったか?
こう問われた僕は、小さい頃ならば笑顔で「嬉しかった」と答えただろう。けど、今は違った。確かに嬉しかったし、その事を誇りに思った。けれど、それは嬉しいなんて言葉で片付けて良い程の物じゃない。
僕は勇者になった。小さい頃、おじさんに助けられてからというもの、誰にも悲しい顔はしてほしくないと思い勇者を目指した。勇者について僕は童話に出てくる勇者みたいな物なのかな? と思っていたけど、違った。勇者とは各村、町、王国に存在することを義務付けられた剣術と魔法の両方のスペシャリストのことを指す。して、僕は勇者を目指す為におじさんに助けられてからというもの剣術と魔法の両方を親に頼んで先生を雇ってもらい、特訓し続けた。
汗水垂らしながら、先生に罵倒されつつも剣を振るい、詠唱をして魔法を放つ。そんな毎日を送り続け、はや一年半でコハート王国から勇者の称号を認められた。コハート王国が勇者の統率を行っているということを聞いて最初は驚いたし、そもそも勇者ってそんなに多いんだ、と思ったものだ。ただ、勇者になるにも才能という壁があり、僕はその才に恵まれていたようで。というのも、先生……マキシ先生は昔勇者をやっていた古参で、マキシ先生でさえ勇者と認められるには三年かかったらしい。僕が勇者になれたのは元の才と、マキシ先生のお陰だ。
「こんな所でぼーっとして何してるんだ?」
急に話しかけられた。僕は肩をビクッと震わせた、
「急に話しかけるのはやめてくださいよ、マキシ先生」
ため息を吐き、ゆっくりと振り返ると、そこにはマキシ先生が居た。かなり大柄で、腹筋が割れている、赤い長髪の女性。顔は意外と小顔で童顔だ。それがマキシ先生だ。今は鎧の下着姿なので余計に目立つ。
「まだまだだな、お前も。気配くらい勇者なら感じ取って見せろ」
「……。気配を消してる人に言われたくはありません」
「フッ」と笑ってマキシ先生はどこかに行った。方向的に鍛冶屋だろう。多分、前に預けていた剣の途中経過を見に行ったというところだと思う。もう少し、というか、ちゃんと話したかったなーと思いつつ、僕は足を動かす。今日はコハート王国に行く日だ。付き添いで来てもらうあの人を呼びに行かないと。本当はマキシ先生に来てもらいたかったけど、「今日は別件があるんだ。バウアーの剣を見るというな」と言って断られてしまった。
川が流れる村の小さな橋、通称「ワタサリ」を渡った先にある家に居るクライおじさんに付き添いを頼んだ。あの出来事から色々と話を聞いたり、資金面でのサポートをしてくれたのはクレイおじさんだった。あの時からずっと、クレイおじさんが居なければ僕は勇者になれていなかった。本当に感謝しているよ、だけどやっぱり……。いややめよう。
「クレイおじさん! 居る?」
「ん? ああ、居るぞ。リビングに居る、来い」
「分かった」
僕は玄関で靴を脱いで、リビングへ向かう。
「付き添いだろ? 分かってる。けど一緒に行くのは俺じゃないんだ」
「え?」
これから話を進めようと思っていたら、付き添いがクレイおじさんじゃない? じゃあ誰が。確かにクレイおじさんは数年前に比べて……。
クレイおじさん。本名をクレイ・ハルヴァー。昔は黒かった髪は白髪が混ざっており、顔にシワも増えている。一〇年近く経ったんだ、老いていても仕方がないだろう。けど、少し会わない間にかなり老けていたのには驚いた。服装は昔と変わらず、紺色のズボンに赤色のレザージャケット。腕にはメタルガントレットと、指輪。クレイおじさんが座っているソファの後ろには愛剣の「スィット」があった。僕が助けられた時に使っていたのと同じだ。鋭い刃を持つロングソード。
奥さんとは六年前に離婚している。
あれは奥さんが悪いよなあと僕は思っているけれど、クレイおじさんは自分が悪かった……と最後まで頭を下げていたのを僕は覚えている。
「野暮用が入っちまってな。でも安心しろ、付き添いに行くのは俺の弟子だ」
僕はその言葉を聞いて目を丸くする。
「弟子って……、それってマキシ先生でしょ? マキシ先生は用事が———」
「ん? ああ、あれは……」
「知らなかったんですか?」
とっておきの! みたいに言うものだから、あらかじめ僕のことをからかう予定を二人で組んでいたのかと思ったけど、どうやら違うらしい。クレイおじさんは眉間にシワを寄せて「ううむ」と言いながら何かを考えている。
「師匠! 居ますか?」
玄関の方から声が聞こえた。この声はマキシ先生のものだ。毎日の様に聞いていたからすぐ分かった。でもなんでマキシ先生がここに? バウアーの稽古があったはずじゃ……。って、もしかしてだけどこれをクレイおじさんは分かってて言ったとかじゃないよね? もしそうだとしたら勘が鋭いということにはなるけど……、不安定すぎるなこの人。
「居るぞ。入ってこい。な? 言っただろ? 来るって」
クレイ先生は満面の笑みでそう言った。いや、来るとは言ってないです。とは言わなかった。
苦笑いする。
「まあ、良かったです。それじゃあ僕はマキシ先生と一緒に行きます」
僕はクレイおじさんに一礼してから部屋の入口に突っ立っていたマキシ先生の方へ向かう。そして「行きましょう、マキシ先生。話は大体分かっているでしょう?」と言った。するとマキシ先生は「ああ、分かっている。師匠、任せてください」と言った。
「ああ、行って来い!」
満面の笑みでそう言った。今日二回目だ。僕とマキシ先生は再度一礼して家を出た。ドアノブを捻り、カチャ、と音が鳴った時僕は聞いた。
「マキシ先生、バウアーの稽古はどうなったんです?」
「……逃げた」
僕は「ああ……」と小さな声で呟いた。
また逃げたのか、という呆れからため息もつく。バウアー・カルチは才能こそクレイおじさんもマキシ先生も認めているのだけれど、飽き性で、自分のことを好いている奴なので、何度も稽古からは逃げている。前も「僕はそんなことをしなくても勇者になれますよ」と言っていた。実力は認める、僕も前に戦った時は負けそうと思ったくらいだったからね。まあ余裕で勝てたけど。起承転結に例えるならば、バウアーの剣と魔法は結が足りない。
魔法の発動も繋ぎも、剣捌きも、何もかも……、若く鋭い良いものが揃っているというのに。残念なのは結の部分だ。トドメを刺しに行く術を知らないと言うと分かりやすいと思う。相手を倒す直前までは行くのに、毎回魔力、体力切れを起こす。ペース配分というものを知ろうとしないんだ。教えようとしても……いや、これ以上は愚痴ばかりになる。やめておこう。
僕たちは橋を渡った先にある村の門まで向かう。マキシ先生の目線が僕に向いた。
「なんですか、マキシ先生」
「ん、ああ。その、そろそろ名前で呼んでも良いんだぞ?」
ああ、そういえば。マキシ先生のマキシは名前ではなく、先生が一年半前に「名前を呼んで良いのは勇者になったらだ」と言ったから、先生の代表的魔法「マキシ・ブレイド」のマキシから取っていたけれど、もう勇者になったんだった。
「……分かりました! じゃあ、ルメ先生」
僕がそう言うとルメ先生は頬を赤らめた。
ずっと名前で呼んでほしかったのかな? まあ勇者になってから結構経ってたけれど、僕は名前で呼んでいなかったから。マキ……ルメ先生とは長い付き合いになるけど、こういう面は見せてくれなかったから新鮮な気分だ。可愛いですねとは言わなかった。言えば喜んでくれるだろうけど、僕はまだそういうことを言える立場ではないから。
僕は無言を貫いて、ルメ先生も諦めたのか髪を少しいじってから「行くぞ」と言ったので「はい」と返事をして僕たちは歩き出した。コハート王国までは遠いけれど、僕たちが魔法を使っていけばそこまで時間はかからない。一〇分で十分だ。僕が地面を蹴ると、ルメ先生も同時に地面を蹴った。さて、どちらが先に着くのやら。僕たちは二手に分かれた。




