9.最終話
「平瀬君は、毎回臆せずに三年の教室に来るよな~」
岡本がそう言って苦笑する。
恋人になった翌日から、理央は昼休みを俺の教室で過ごすようになった。
最初の二日間は女子たちが理央に話しかけていたけど、あまりの塩対応に負けて諦めたみたいだ。
「凰ちゃんのいる場所が、俺の居場所なので」
俺に向かって微笑むと、女子たちがざわつく。否定的なものじゃなく、理央の笑顔に対する黄色い声だ。
「平瀬君、忠犬で愛しい~っ」
「他の女に取られるよりはいいよね」
こんな感じで、俺に対する敵意も嫌悪もない。俺たちが恋人同士だと言ったらどうなるか分からないけど……でもそれはあえて告げることじゃないからと、理央にも口止めしていた。
「やだわぁ~、平瀬君ってば、本当に忠犬~」
「……この岡本って人、邪魔なんですけど」
「岡本先輩な~?」
あんなに怖がっていたのに、今や岡本は、理央をからかうようになっていた。仲良くなってくれて嬉しいけど、理央が毎回岡本を睨むからちょっと申し訳ないんだよな。
「なんかごめんな、岡本」
「ほらほら、平瀬君のせいで坂口が謝ってるぞ~」
「ごめん、凰ちゃん……先輩もすみませんでした。邪魔だなんて本当のこと言って」
「謝る気ゼロで、いっそ清々しいな」
岡本は気にした様子もなく、明るく笑い飛ばした。
「あんまり他人に冷たい態度取ってると、明るくて優しい俺が坂口のこと奪っちゃうぞ~?」
そんなことを言ってニヤニヤと笑う。もしかして岡本も、理央の社交性を心配してくれているのか?
そうだよな……俺は卒業するし、今の友達ともクラスが離れたら、理央は孤立するかも……。
「理央」
心配だから俺からも言おうとしたら、理央は……何故か、底冷えのする笑顔を浮かべていた。
「凰ちゃんに好きな人が出来たら絶対に阻止するから、覚悟してて」
え……覚悟って、何を……?
……と、言葉にしてはいけない気配を感じる。
そのうちに理央の顔が近付いてきて、額にキスをされた。
「理央っ……」
女子たちの叫びが響き渡る。言うつもりはないって言ったのに、今のでバレたじゃないかっ……。
「大丈夫だよ。俺が凰ちゃんのこと大好きなのは、みんな知ってるから」
「うわー、牽制えぐいって」
岡本が笑い飛ばしてくれたから、変な空気にならずに済んだ。でも、ホッとしたのも束の間。理央の目、笑ってないな……?
「凰ちゃん。ずっと俺のことだけ好きでいて」
俺の手を取り、理央は再会した当初のような甘えた仕草を見せる。
俺には、理央を引き留められる要素がない。理央はいつか離れていく……なんて、まったくの杞憂なんじゃないか?
そう思い知らされた時、今度は理央の唇が、俺の左手の薬指にそっと触れた。
-END-




