アモス・オーエン
夜。暗闇が空を覆い、電灯が微かに街を灯していた。
その中でもシーアーー赤毛の魔術師は、宿の外で散歩をしていた。
「はあ……」
(ロイさんたちとのわだかまりも解けたけど、やっぱりぎくしゃくはしてるなあ)
レベッカのおかげでレオルドたちとはうまく話せている。魔法も使えるようになった。だけど、あの一件以降気まずい雰囲気は流れている。
シーアは魔道具師の言葉を思い返した。
「あなたにしか行動はできないんですから」
いかにもあの職人気質な人らしい言葉だった。シーアは笑みを浮かべ、空の星を見上げる。
(私が頑張らないと……!)
シーアは拳を握り犬のように丸い眉をつりあげた。ふと洞窟のほうを見ると、シーアの瞳にある人物が映る。
「魔道具師さん?」
燃えるようなシーアの赤い瞳が輝いた。
♢ ♢ ♢
「…………」
魔道具師の目の前には洞窟が広がっていた。薄い白い膜が洞窟を覆っている。
魔道具師はカバンから紙を取り出し、白い膜へとかざした。紙にはこの洞窟への通行許可の印鑑と、そして冒険者の名前ーーアモス・オーエンの名が書かれていた。
印鑑が押された部分が光ると白い膜に穴が空き、ドア程度の大きさにまで広がった。
魔道具師がその穴をくぐり抜け洞窟へと向かおうとすると、後ろからドタバタと足音が聞こえる。
「魔道具師さん!?」
シーアは結界を間一髪くぐり抜け、どしゃりと地面へ転がった。シーアは足を抑えながらも立ち上がる。
「何してるんですか!? この洞窟は複数人での探索が推奨されているんですよ!? それなのに一人で……! 戦えるかもわからないのに……」
シーアは目を見開き、魔道具師の肩を掴んだ。
「……すみません」
魔道具師は無表情でシーアを見つめる。シーアはぐっと言葉を抑え、汗を浮かべた。
「……そんなにこの洞窟に入らないといけないんですか?」
「だったら、せめて私を連れて行ってください! 私なら魔法も使えるし、何よりこの洞窟を一回探索済みです!」
シーアは胸に手を置き、魔道具師にそう言う。魔道具師はシーアを見つめたあと視線をずらし、小さく息を吐いた。
「……若いですね。シーアさんは」
魔道具師は目を数秒瞑った。そしてシーアへと近づく。ゆったりとした動きで、静かに。
「……?」
ちくりとシーアの首筋に痛みが刺さった。シーアに猛烈な眠気が襲う。シーアはかすかに残る意識で、魔道具師を見た。
「……どうして……」
シーアは絞り出した声でそう呟く。
ドサリ。倒れるシーアを魔道具師は受け止め、注射器をポーチにしまった。
「…………その若さが、どれほど自分を破滅する行為になり得るか……危ういものなのか……」
「……はあ」
魔道具師は結界の外に出てシーアを草むらの近くに置く。そしてポーチからある魔道具を使い、洞窟へと向かった。
♢ ♢ ♢
洞窟内。魔道具師はランタンを灯しながら、洞窟の地図を眺めていた。
〈魔力感知〉
魔道具師が魔力感知を発動したあと、白い塊が浮かび上がる。魔道具師は地図に白い塊の位置を書き込んだ。
(魔力が極端に少ない場所がある。あのパーティの話を聞く限り罠か)
魔道具師は立ち上がり洞窟を進む。地図で確認した最短経路を通って洞窟の奥へと向かった。途中ですれ違う蜘蛛も音を立てない限りは襲ってこない。
(目が退化している……。だが、形状はこの地に生息するシマグモの種類と酷似している。おそらくこの地に生息しているシマグモがこの洞窟に入り込み、進化を遂げたのだろう)
魔道具師は蜘蛛の見た目をまじまじと見つめた。薬にできそうだな、という好奇心が湧いてくるが首を振って歩き進める。
(……調査によると巣がどこかにあるようだが……)
(今まで多くの調査をされていたのに、巣が見つからないことがあるのか? それに、あのパーティが発見した裏道も未踏破のもので誰も知らない地だった。それが見つからないというのも不自然だ)
(加えてあの手紙……何かしらの条件があるのか?)
(……まあいい。その地までの地図はもらったし、そこに行くだけだ)
魔道具師は忍び歩きをしながら洞窟の奥へと進んだ。
♢ ♢ ♢
(迷った……)
いや、正確には雲のように巻かれている。進んだと思った道が延々と続いたり、一本道のはずの道が分かれ道となっていたり。
(幻惑系の魔法……ただ、シマグモの魔法ではない)
ランタンの光がぐにゃりと歪んで反射する。魔力探知も、地図も意味を成していない。
(ここまで広範囲の幻惑魔法の報告はなかった)
「…………」
魔道具師はポーチからあるものを取り出した。薄暗い眼鏡である。魔道具師はその眼鏡をかける。
眼鏡をかけると、分かれ道が一本道へと戻った。ただし、ブレブレで見にくい。
(「真実を見る眼鏡」。あらゆる嘘や虚影を見破り、真実を見ることができる)
(だが、魔力の消費が激しい。私だったら五時間程度で限界だな。それに加え、見にくいからシマグモが見えなくなる)
魔道具師は眼鏡をかけながら洞窟を進んだ。周りの音を聞きながら、たびたび眼鏡を外しながら慎重にゆっくりと歩く。
♢ ♢ ♢
(幻惑魔法独特の魔力が無くなった)
二時間後。魔道具師は眼鏡を外してポーチにしまった。地図を開き、魔力探知を発動する。
(……近い)
裏道のある地まであと数百メートルのところまで迫っている。
(幻惑魔法を突破しただけで? それが何かの試練なのか?)
魔道具師は無表情で地図を眺めた。蜘蛛の魔物は相変わらず音を立てなければ反応しない。
「…………」
(何かが焦げた匂いがする……)
魔道具師がそこへ向かうと、焼き焦げた大きな蜘蛛の死体が転がっていた。あたりには火がかすかに灯っている。魔道具師は眉をひそめた。
(洞窟内で火をつけたのか? 酸欠になるかもしれないのに……。何かの物質と反応して、爆発の危険性もありえる)
「…………」
(……危ういな)
魔道具師はそこを通り過ぎようとする。だが、目線が蜘蛛の死体に釘付けになっていた。
(……足くらいは持っていこう)
魔道具師は少しだけ死んだ目を輝かせてナイフを取り出す。足を切り取り布で包んでから別のポーチに入れる。
「…………」
(……腸を持っていっても損害はない……)
魔道具師は無表情で腹を捌き、中身を見たときぴたりと動きが止まった。
(これは……)
中身にキラキラとした赤い石が入っていた。丸く、心臓の近くに植え付けられている。
(無理やり魔物を操る効果を持つ石……)
魔道具師は冷たい目つきでその石を見た。その目には軽蔑が混じっている。
(……あの男が使っていた石……死んだあとも効果を発揮していたのか)
魔道具師は石を取り出しじっと観察する。石を取ったあと、蜘蛛の魔物は小さな蜘蛛の姿へと戻った。
(無理やり姿を変えさせられ、この遺跡で過ごしていたのか。あの男の死んだ歳から考えると、何十年も寿命を延ばされ……)
(……可哀想に)
魔道具師は蜘蛛を触る。壊れ物を扱うかのように優しい手つきだった。
洞窟を進むと、あの未踏破の地へと訪れた。周りには鉱石が生え、妖しく光っている。
(魔石……それも上質な)
(少しくらいは持っていっても問題はないはず)
魔道具師はキーホルダーサイズのピッケルを取り出す。魔力を注入するとピッケルが大きくなった。
数十分後、魔道具師は小さく取った魔石をポケットに入れ、遺跡の隠し通路へと進んでいった。
♢ ♢ ♢
隠し通路はずっと一本道が進んでいた。
(まるでここに来た者をおびき寄せるような構造になっている)
一時間経っただろうか、時計も磁場が安定しないので機能していない。それでも魔道具師は淡々と道を進んでいった。
そのまた一時間程度。隠し通路の最深部には大きなドアがあった。ドアには丸い石がはめこまれている。
(……旧型の魔力を注入する装置。そもそも魔力を持っていないものを撥ねつける構造になっている。この隠し通路に行く一つの条件は、魔力を持っていることか)
魔道具師は自分の魔力ーーいや、魔石を割り丸い石に魔力を注入した。
(こんな怪しいものに自分の魔力を入れるわけがない)
魔力を注入したあと、ドア全体に十字路の文様が輝き、ひとりでにドアが開いた。
ぎいいいとけたたましい音を轟かせながら、ドアが開くと、大きな蜘蛛の白い糸が張り巡らされた部屋が広がった。
(なるほど……ここが蜘蛛の巣か)
魔道具師は部屋のあたりを見渡す。部屋の天井はは五十メートルほどあり、その頂上には巨大な蜘蛛が巣を張っていた。周りには小さな蜘蛛がうじゃうじゃと巨大蜘蛛を守るように糸を這っている。
その蜘蛛の糸の奥には、なにかの宝箱のようなものが置いてある。魔道具師は目をつむり、ため息をついた。
(……仕方がない)
(倒すか)
♢ ♢ ♢
シーアが目を覚ますと、宿の天井が広がっていた。
「よかったー! 起きた」
レベッカがほっと息をつく。シーアは起き上がり、周りを見渡す。
「あれ……? 私洞窟にいたはずじゃ」
「お前が洞窟の側で寝てたから、俺が運んだんだ」
レオルドが腕を組み、シーアを見つめた。前までとは違ってシーアを睨むことはない。
「……そうですか」
シーアは魔道具師を思い浮かべる。
(そんなに役に立たないって思われたのかな?)
シーアは手をぎゅっと握り、唇を噛みしめた。魔道具師のことを思い浮かべる。シーアが覚えているのは、注射器をしまって通行証を手に取り……通行証?
「……アモス・オーエン」
あのとき、通行証の冒険者名に映っていた名前だ。それを聞くと、ロイは顔をしかめた。
「アモス・オーエン? お前なんでその名前知ってんだよ」
レベッカたちは怪訝な顔でロイを見る。ロイは頭をぽりぽりとかき、説明をした。
「昔……ソロで活動してたときに居酒屋で仲良くなった爺さんがいたんだよ」
「その爺さんも冒険者だったらしく、冒険者時代に印象に残ってた冒険者の話をしてくれたんだ」
「そいつがアモス・オーエン。特段有名なわけでもなかったが、華奢な体つきでなんで冒険者やってんだ? と爺さんは思っていたらしい」
「それで、ある日そいつが依頼を達成し、ギルドに帰ってきたとき爺さんは息を呑んだ」
「魔物の討伐で本人は洗い流しているつもりなんだろうが、髪や服に血がべっとりと染み込んでいたんだとよ。床に血が垂れていたと」
「それでいて本人は無表情。何を考えているのかもわからず、死んだ目つきをしていたらしい。それが爺さんの記憶になぜかずっとこびりついているって話だ」
レベッカたちは息を呑み、ロイの話を聴き込んだ。シーアは目を見開いて魔道具師を思い返す。
「それで、なんで知ってんだ?」
ロイは不思議そうな顔つきでシーアを見る。
「いえ、何でもありません……」
シーアは手をぎゅっと握り目をそらした。どうしてあのことを伝えなかったのか、シーアにもわからない。
「……そうか。まあそれなら仕方がないな」
「そうそうシーア。最近ーー」
レオルドとレベッカは察したように話をそらす。しかしその中でもロイは、納得のいかない面持ちでシーアを見た。
(おっかしいな。あの爺さん、五十年前の話だっつってたのに)
♢ ♢ ♢
魔道具師は、蜘蛛の死体を前にしていた。
服には大量の糸が巻き付いているが、本人はいたって無傷。ナイフで糸を切ったような跡や、銃痕が残っている。
「…………」
魔道具師は無言で宝箱へと向かう。宝箱を開くと、羊皮紙で書かれた手紙と黒い石が入っていた。
(異世界の文字ではない……)
〈蜘蛛討伐お疲れ様。景品を授けよう……と言いたいところだが、もしかしたら君はなぜこの空間に入ることができたのか疑問に思うかもしれない。簡潔に言うと、三つの条件で入れるようになっている〉
〈一つ目は僕が操っている蜘蛛を倒すこと。まあ、あの蜘蛛は弱いから簡単かもしれない。え? 蜘蛛が倒されたあとはどうするって? 大丈夫。蜘蛛の石に触れても一つ目の条件を果たしたことになる〉
〈でも、あの蜘蛛は魔法を使わない限り死にはしない。そう、二つ目の条件は魔法を持っていることだ。ただ、これだけでは条件を果たすことはできない〉
〈三つ目の条件は幻惑魔法を突破すること。一本道が分かれたり、向こうから蜘蛛が迫ってくる幻惑があったりする。それを突破すれば、君たちは無事にこの空間へと訪れることができる〉
〈そして本題は景品だ。勇敢な君たちにこの石を授けよう。この黒い石はドラゴンさえも扱うことができる。蜘蛛の石は試作品だったが、この黒い石は成功作だ〉
〈さあ、君はこれをどう扱う?〉
「…………」
魔道具師はその手紙をぐしゃりと握りしめた。
(この石は魔物を無理やり従わせる。魔物の意思を消し、解放したあともまともに生きることはできない。ただの粗悪なものだ)
(私が探していたものではなかった……)
魔道具師は黒い石にピッケルを振りかざす。パァンとピッケルと黒い石は粉々に割れた。
(……この男のせいでこの洞窟は荒らされてしまった)
「……すみません」
魔道具師は蜘蛛を見つめ、そう静かにつぶやく。
その表情は背に隠れて見ることはできなかった。
♢ ♢ ♢
魔道具師は魔石と蜘蛛の材料をポーチに詰め込み、来た道をまだ戻った。うじゃうじゃといる蜘蛛は音を立てても、人を襲うことはなくなっていた。
(もともと温和な性質を持っているんだ。女郎蜘蛛が死んだ今、蜘蛛が人を襲うことはない)
魔道具師はため息をつき、洞窟の入口へと向かった。
魔道具師が洞窟の外へ出ると、まだ未明の空が広がっていた。結界を通り抜け、シーアを寝かせた場所を見る。シーアを寝かせた場所には複数の足跡が残っていた。
(あのパーティに知らせたし、回収したのだろう)
魔道具師はポーチからひとつの道具を取り出した。鳩の形の折り紙。その折り紙に魔力を込めると、鳩が飛び立っていく。
(強度も脆く、十分程度しかもたないが)
日が昇っていく。魔道具師はその鳩を眺めていた。日に向かって、どこまでも自由に飛んでいく鳩。魔道具師の死んだ瞳に、白い鳩が映る。
(そろそろここの店も閉めどきか……)
そして、魔道具師はゆっくりと歩みを進めた。
♢ ♢ ♢
魔道具屋へ戻ると、階段に一人の影があった。
「……シーアさん」
シーアは魔道具師の声が聞こえると、びくりと肩を震わした。
「……魔道具師さん。……いや、アモスさん」
「すみません。私、実力不足でしたよね……? 通行証がもらえるということは、それだけ実力があるのに私、あんなことを言って……」
シーアは頭を下げて魔道具師に謝る。燃えるように赤い髪が日に反射していた。
「私、お節介だってわかっているんです。アモスさんに若いって言われるのも、全部……」
「わかってるんです……」
シーアは肩を震わせ、涙を拭く。魔道具師はシーアに近づいた。
「……いえ。私こそすみません。手荒な手段を使ってしまい」
目線をそらし、魔道具師はシーアにハンカチを差し出す。
「あなたを眠らせたのは、同行させることが危険だからと判断したからです。ただ、実力不足だからという理由ではありません」
「洞窟探索で体力を消費しているのにも関わらず、無鉄砲に同行しようとする姿が若く、……危ういと思っただけです」
シーアはそれを聞くとずーんとした表情で下を見た。
「やっぱり、私ってお節介なんですかね?」
魔道具師はそれを聞くと、目を細める。
「……まだまともなほうですよ」
ーーこれ以上の厄介者がいたから。
魔道具師は眉を下げ、口角を緩めた。シーアは目を見開く。
「……なんか、先生みたいですね。アモスさんは」
シーアはハンカチを握りしめ、頬を紅潮させる。
「……よく言われます」
魔道具師は空を見上げ、日の光を見た。
♢ ♢ ♢
一ヶ月後。
「アモスさん!」
魔道具師が店の戸締りをしていると、シーアは魔道具屋へと駆けつけた。
「行ってしまうんですね……」
シーアは眉を下げて言う。
「はい。もう十分依頼を受けましたから」
魔道具師は無表情でそう言った。シーアは後ろ手に何かを隠してきたが、魔道具師にそれを渡す。
「あの! これ、お別れの品です」
シーアはハンカチを差し出した。魔道具師は紫色のハンカチを受け取る。
「今までありがとうございました。パーティも最近は笑顔が増えてきて……あなたの言葉が無ければ、私は行動できませんでした」
シーアは頬を染めて微笑む。魔道具師はハンカチを見つめた。
「また、どこかで会えることを願っています」
シーアはそう言うとレベッカたちのほうへと駆け出していく。一ヶ月前と比べ、その歩みは軽やかになっていた。
(……私が危ういと判断したものは、若さではなかったのかもしれない)
「……勇気、か」
魔道具師の瞳に、ある人物の後ろ姿が映る。葉巻をくゆり、黒髪が風になびいていた。魔道具師の鼻に葉巻の匂いがくすぶる。
魔道具師はシーアの行った先を眺める。
そして、シーアと逆方向の道へと歩んでいった。
Amos・Owen




