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「 」の旅  作者: 本園はいと
1/3

「ミラ」の髪飾り

 ある街に、ひっそりと建物が建っていた。レンガ造りで白い壁には少しヒビが入っているものの、汚れがあまりない、小綺麗な建物であった。


「魔道具屋」


 ドアの横にある木製の看板に、丁寧な字で書かれている。その側には、白い上着を羽織り、淡い紫色のワンピースを着た中年の女性が立っていた。


 コンコン


 その女性は白いカバンを抱きしめながら、黒いドアを手の甲で叩いた。その手はカタカタと震えていた。


「どうぞ」


 無機質な声がドアの向こう側から響いた。男性とも女性とも判別できない、透き通った声だ。女性がドアを開けようとする前に、黒いドアが開いた。


 ドアが開いた瞬間、鉄や何かが焦げた匂いが僅かにこぼれた。


 そしてドアから姿を表したのは、男性とも女性とも区別できない人物であった。茶髪だが、紫色の毛先を持ち、切れ長の目をしている。


「おかけください」


 無表情のまま魔道具師はソファに視線を移し、女性を案内した。


「本日はどのような依頼でいらっしゃいましたか?」


 女性がソファに腰を掛けたあと、魔道具師は機械的にお茶を淹れて女性に差し出した。


「ありがとうごさいます。今日は……この魔道具を修理してもらうために来ました」


 女性は微笑み、カバンから白い布を取り出し、机に置いて丁寧に開いた。微笑んだ目にはわずかにクマが浮かんでいた。

 

「娘の髪飾りです。特殊な素材で出来ていて、白い石を押したり回したりすることで、声を記録したり、指定した声を流すことができるんです」


 女性は無惨に真っ二つに割れた髪飾りを、布から壊れないように丁寧に、丁寧に持ち上げた。


「………」


 魔道具師は髪飾りを女性から受け取り、じっと観察する。


 髪飾りには花の装飾がされており、花の中心部に白い石が埋め込まれていた。白い部分を試しに動かすものの、反応は全くない。


「どうですか?」


 女性は不安げな表情で魔道具師を見つめる。


「……申し訳ありませんが、完全に元に直すのは不可能ですね」


 魔道具師は淡々と告げる。


「この素材は魔力の回路や仕組みが複雑なので、完全に回路が断たれている以上、修復は難しいです」


「そんな……」


 魔道具師の言葉で女性は眉を下げ、ワンピースを握りしめた。


「それでもどうか……どうか直してくれませんか? お金はいくらでも払います! 記録だけでも、なんとか……!!」


 女性はカバンから袋を取り出し、魔道具師に掴みかかる勢いで迫る。


 魔道具師は女性を真っ直ぐと見つめる。その先を見通すように。


「……っ」


「すみませんっ」


 女性ははっとしたような顔で、ソファに脱力したように腰を下ろした。


「すみません……」


「すみません……」


 女性は顔を手で抑え、頭を屈めた。


♢ ♢ ♢


 お茶を飲んで一息ついたところ、女性はぺこりと頭を下げる。


「すみません……」


「娘が、少し前に亡くなり……」


 女性は沈んた顔で目をそらした。

 

「せめて記録だけでも取り出せたらなと……本当にすみません」


 女性はさらに深く頭を下げた。若干鼻をすする音が聞こえる。


「いえ、大丈夫です。それで本題に戻りますが」


 魔道具師は髪飾りをそっと布に置く。


「記録だけを取り出すことなら可能です」

 

「本当ですか!?」


 女性はばっと顔を上げ、魔道具師を見つめた。目には希望の光が宿っている。


 魔道具師は口を開き、長ったらしい説明をし始めた。


 「はい。まずこの素材から説明すると、この素材は加工をすることで音の波長を魔力の波長として変換し保存する性質を持ち、空気中の魔力と触れると音が再生する仕組みとなっています。ですが、保存ができるのは一つだけであり、あなたの話を聞く限り魔力に変換した音を保存する装置があると考えることができます。実際にそのような魔道具が存在するので間違いないでしょう。その装置を回収すれば、記録を取り出すことができるでしょう」


 魔道具師は早口で息継ぎなしに話すが、女性は口をぽかんと開けるだけだった。女性は瞼を開け、汗を浮かべる。


「すみません……もう一度言っていただけると……」


「……要するに、記録を取り出せるということです」


♢ ♢ ♢

 

『三日後にまた来てください』


  あのあと、魔道具師は髪飾りを受け取って女性を帰らせた。


 赤い屋根。レンガの家が地続きに並ぶ。いつも人気のない静かな街だが、今日は特にしんとしていた。


 女性は石畳の道を進み、近くの色とりどりの花がたくさん咲いた店に入る。


 「いつもの花束をひとつください」


 いつものように注文をすると、店主は慣れた手つきで花束を用意をする。


「……もう亡くなって三ヶ月か」


 店主は花を切りながら女性に語りかける。


「娘さん、都市に行ってたんでしょ?」


「……はい。私の夢を受け継いで」


「……いい娘さんだったんだね」


 店主は目を伏せて花をくるくると紙に巻いた。白く淡い、繊細な色でまとめられた花だ。


 花を受け取ったあと、店を出て女性は静かな道を歩いた。急かされるように速歩きでコツコツと石畳を踏む。


 やがて、街を外れた方向へと出ると女性の目の前に白い石の群が広がった。


「……ミラ」


 女性は白い石の前に立ち、花を変える。墓の前に置かれていた花は、まだ潤っており、色鮮やかに輝いていた。


「…………」


 女性は屈み込み、シミ一つない墓を愛おしそうに撫でた。


 南へ吹く風が、女性の過去を遡っていく。


♢ ♢ ♢


 小さいときから、絵本のような世界に憧れていた。


 白馬に乗る王子様、綺麗なドレス、ここでは比較にならないほど美味しい料理。


 その全てが都市にあると思っていた。


 都市に行きたい。行って素敵な人と出会って、勉強もしてみたい。


 だけど、その夢はあっけなく崩れていった。


『ミランダ。お前は許嫁と結婚するんだ』


 白い色褪せたマリッジドレス、申し訳程度のダイヤの指輪、好きでもない人とのキス。


 私はその時、人生は理不尽だと思った。


 だからこそ、娘には同じ思いをしてほしくなかった。


 そして、ミラが生まれたとき、私は悟った。


 この子は、都市に行くべきだと。


『……お母さん』


 木でできた廊下、ドアから光が差し込む。そこには、眉を八の字にし、体を震わせた娘の姿が立っていた。


『私ね、都市になんて行きたくない。ここにいたい』


 ミラは頬に流れた水を腕で拭った。


『……何言ってるの? ずっと言ってるでしょ?』


『あなたにここは似合わないって』


『ねえ。今更そんなこと言わないでよ。ずっとお母さんの言う事聞いてたでしょ? あなたのためなの』


 理解できなかった。今までミラのために尽くしたのに、そんなことを言われるなんて。


 ミラは涙を拭い、覚悟を決めたように目を瞑ったあと、私を見つめた。


『……お母さん』


『私が何が好きだったか、覚えてる?』


『……え?』


 喉が詰まった。答えられなかった。ミラは涙で赤くなった目をかく。


『……わかった』


『お母さんは、私を分身としてしか見てなかったんだね』


 ミラは失望した目で私を見た。絶望したように笑みを浮かべる。そこには私への愛情など残っていなかった。


『もう帰ってこないから』


 ミラはドアを閉めた。バンと大きい音が鳴り響く。廊下には、暗闇が広がった。


 私はようやく、自分の失ったものがわかった。


♢ ♢ ♢


(……それからだった)


 ミラの死体が発見されたのは。


 あの出来事から五年。知人に呼び出されて行くとミラの姿があった。馬車の事故だったようだ。そして、そこにはあの髪飾りが残っていた。


 あの髪飾りには私への恨み言が残っているだろう。だけど、それでも構わない。


「あの子の声が聞けたら、十分なのよ……」


 ミランダは、静かに墓石を撫で続けた。


♢ ♢ ♢


「…………」


 夜、魔道具師は魔道具屋で作業を行っていた。


 木製の机のうえに様々な道具を置き、髪飾りの白い石を丁寧に取り外し、次々と部品を分解していく。


 部品には、粉々に壊れているものもあれば、壊れていないものもあった。


 数十分してまもないうちに、魔道具師は記録を保存する装置を取り出した。


(おそらく、魔力を流すことでこの装置から魔力の波長を素材に送り流させるのだろう)


 魔道具師は席を立ち、角砂糖を大量に入れてミルクコーヒーを一口飲む。


(……だが、声を流すだけならわざわざその素材を使わなくてもいい)


(必要な材料は……)


 魔道具師は淡々と作業を続ける。だが、その目には、墓の前に佇むあの依頼人の姿が映っていた。


 三日後


 魔道具屋の前には、ミランダが立っていた。彼女がドアをノックする前に、魔道具師がドアを開ける。


「お入りください」


 魔道具師は三日前と同じようにミランダをソファに座らせ、奥の部屋から道具を取ってくる。


「これは……」


 ミランダが目を開く。そこには、平らな板のようなものが二本の管で繋がれ、大きな黒い箱へと繋がっていた。


「この板は声を保存する装置です。この黒い装置のボタンを押すことで魔力を流し、保存装置から声の情報を黒い装置へと受け渡し、この拡声器から声が流れます」


「……はあ……」


 正直ミランダにもよくわかっていなかったが、魔道具師の言葉に頷く。


「これから流しますが……」


「……本当によろしいですか?」


 魔道具師はミランダを見つめる。


「はい」


 ミランダは、目を瞑り、覚悟を決めたように返事をした。


「では行きますよ」


 魔道具師は左手でボタンをカチリと押す。


 ザザザと砂嵐の音が流れてから、若い少女の声が聞こえた。


『……お母さん。聞こえてますか』


 その少女の声は冷たく、ミランダはぎゅっと服を掴む。


『都市の寮に着きました。いろいろな建物がありますが、私に魅力はわかりません』


『私はお母さんじゃないので』


 ぷつりとそこで音声は途切れた。


「……次行きますよ」


 魔道具師は容赦なくボタンを押した。


『……お母さんへ』


『私は今服屋に行っています』


『あなたが着たいと言っていたドレスはもう時代遅れだそうです』


『私はあの古着屋が好きでした』


 魔道具師は次々と音声を流していく。序盤はミランダへの恨み言が詰められていた。ミランダは唇を噛み締め、ぎゅっと装置を見つめていた。


 やがて音声が流れていくにつれ、ミラの声は明るくなっていった。


『もーミラやめてよ!』


『この紅茶ってどこの? めっちゃ美味しい!』


『ミラ、好きだよ』


『このアイスクリームより、あのアイスクリームのほうが好きかな』


 笑い合う少女たちの声や、恋人との声が聞こえ始める。笑い声にはミラが混じっていた。


 そしていつの間にか、ミランダを話題に出すことはなくなっていた。


 その声はミランダにとって代えがたいものだった。


 けれどもミランダにふつふつと湧き上がっていうくのは、娘の声の安堵感と、混ざり合うミラへの恨み。


 ミランダは明るくなっていくミラの声を聞くたびに、頭を下げてうなだれていった。


 やがて、最後の音声へと近づいていく。魔道具師はボタンをカチリと押した。


『……お母さん。私最初は都会が嫌いだったよ』


 ガタンゴトンと音が聞こえる。ヒヒーンと甲高い馬の声が鳴った。


『だけど、悪いことばっかじゃないみたい』


『私ね、アイスクリームが好きなの。バニラで、ちょっと果物が混じった』


『昔、お母さんと作ってそれが一番好きだった』


『私がアイスクリームに間違って果物を入れたとき、笑ったお母さんの顔が好きだったの』


『まあ、そんなこと覚えてないだろうけど』


『……今まで育ててくれたのは感謝してる』


『でも、私はやっぱり』


『お母さんのこと好きになれない』


 ガシャン


 大きな音が鳴った。そこから、音声は聞こえなくなった。


「……これで最後です」


 魔道具師はボタンから手を離した。


 ミランダは顔を下にやり、動かない。


 しばらく沈黙が続いたあとに、ミランダがぽつりと口にした。


「……魔道具師さんは、都市に行ったことはありますか?」


「……あります」


「……私は、行ったことがありません。ですが、都市に行って住むことが私の夢でした」


「だから娘にその夢を押し付けたんです」


「あとは、音声のとおりです」


「……どうして娘は、戻ってきたんでしょうか」


 魔道具師はコーヒーに角砂糖を大量に入れる。


「それはわかりません。私は人の心が読めないので」


「ですが、客観的に見ることはできます」


「両面感情という、相手のことが嫌いなのにも関わらず、好きという矛盾した感情をもつことがあります」


「ミラさんは都市に行くことを強要したあなたを嫌っていた一面もありましたが、過去の思い出のあなたを好きだった一面があったのではないでしょうか」


「そして都市に行ってあなたと離れることで、嫌いという感情が薄れ、ここに戻ったのではないかと推察できます」


 ミランダは魔道具師を見つめる。暗く沈んだ目で。


「……まあ、あくまで推察なのでわかりませんが」


「結局、人というのはいつまで考えてもわからないものです」


 魔道具師は天井を見上げる。


「……随分と専門的ですね」


 ミランダはふっと笑みを浮かべた。諦めたような、すうっとした笑みだ。


「……ありがとうございました」


 ミランダは立ち上がる。カバンからお金を取り出し、ドアから出ていこうとする。


「魔道具は持っていきませんか?」


 魔道具師は語りかける。


「はい。大丈夫です」


「もう必要ないので」

 

 ミランダはふらりとした足取りで、目的地もなくドアを開ける。


 その手はわずかに震えているものの、顔はすっきりと穏やかな表情を浮かべていた。


「…………」


 魔道具師はミランダをじっと見つめる。


「……人が死んでも、残るのは肉塊だけです」


「今何かをしても、何も届きませんよ」


 無表情でそう魔道具師はそう告げた。


 ミランダは振り返る。彼女はただ笑うだけだった。


 それは荒涼としていて、自暴していて、自らを傷つけるのをいとわなかった。


 魔道具師は、ドアから出ていったミランダを追いかけた。無表情だが、早歩きでドアを開き外を見渡す。


 ただ、そこには何も残っていなかった。北風がドアを通り抜け、鋭い音を立てる。微かに百合の香りがした。


「…………」


 魔道具師はドアをそっと閉め、コーヒーを飲んだ。


(……苦い)


 魔道具師は、角砂糖をまたひとつ入れた。ぽちゃりと跳ねた雫には、あの親子が笑い合う姿が映っていた。

読んでくれてありがとうございます。

更新頻度は低めですが、この旅を見たいという方はぜひともブックマークを保存していただけると助かります。

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