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蒼き大公家の令嬢は、敵国の青年官僚に恋をする 〜捨てられた令嬢と左遷された官僚が、世界を覆す最強のふたりになる話〜  作者: ぱる子
第5章:蒼き未来へ

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第40話 蒼き薔薇のウェディング

 その日、世界で一番幸せな場所は、かつて世界で一番危険だった場所にあった。


 レーヴァニア王国とアルメスト帝国の国境、『双竜橋』。

 かつて両軍が砲口を向け合い、私が密航船で潜り抜けたあの川の上は今、見渡す限りの花と光で埋め尽くされていた。


 橋の欄干には両国の国旗が交互にはためき、真新しい石畳には、国境を跨ぐようにして深紅の絨毯——全長一キロメートルにも及ぶ、世界最長のバージンロードが敷かれている。

 そして、橋の両岸を埋め尽くすのは、銃を持った兵士ではなく、祝福に訪れた数万の市民たち。


 今日は、私たち——アレン・ヴァルシュとセレスタ・アークレインの結婚式。

 それは、二人の愛の誓いであると同時に、両国の「恒久平和」を世界に宣言する、世紀の祝祭でもあった。


***


「……緊張しているか、セレスタ」


 橋の(たもと)、仮設の控室で、父リオネルが声をかけてきた。

 今日の父は、アークレイン大公家の正装に身を包み、胸には勲章を光らせている。

 その背筋はいつものようにピンと伸びているが、私の手を取るその指先が、ほんのわずかに震えているのを私は感じ取っていた。


「いいえ、お父様。……とても晴れやかな気分ですわ」


 私は鏡の中の自分に微笑みかけた。

 身に纏っているのは、帝国の職人と王国の職人が共同で制作した、純白のウェディングドレス。

 レースには「平和の鳩」と「蒼い薔薇」の刺繍が施され、長いベールは川風を受けて翼のように広がっている。

 かつて逃亡のために脱ぎ捨てたドレスとは違う、本当の幸福のためのドレス。


「……そうか。なら、いい」


 父は短く呟き、不器用に腕を差し出した。


「行くぞ。……アレン君を待たせるわけにはいかん」

「はい」


 私は父の腕に手を添えた。

 ファンファーレが高らかに響き渡る。

 扉が開き、私たちは光の中へと歩き出した。


 わぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 地響きのような歓声。

 空からは五色の紙吹雪が舞い、川面には無数の小舟が浮かんで、祝福の鐘を鳴らしている。


「おめでとう!」「ありがとう!」

「蒼い薔薇の乙女万歳!」


 沿道の人々が、涙を流しながら手を振ってくれる。

 その中には、あの地下水道で共に戦った兵士たちや、安酒場の常連客たち、そしてマリーとハンスの姿も見えた。

 彼らの笑顔が、何よりの宝石だ。


 私たちはゆっくりと、橋の上を進んでいった。

 長い、長い道のり。

 けれど、父の足取りはしっかりとしていた。


「……セレスタ」


 周囲の喧騒に紛れて、父がぽつりと言った。


「……お前は、自慢の娘だ」


 私は息を飲んだ。

 父は前を向いたまま、独り言のように続ける。


「かつて私は、お前を道具として扱った。……だが、お前は私の想像を超えて、強く、美しく咲き誇った。……セフィリアも、きっと喜んでいるだろう」

「……お父様」

「幸せになれ。……これは命令だ」


 父の声が湿り気を帯びていた。

 不器用で、厳格で、けれど誰より深い愛情を持った、私の父。

 私は涙が溢れそうになるのをこらえ、その腕を強く握り返した。


「はい。……必ず、幸せになります」


 橋の中央。

 かつて国境線が引かれていたその場所には、今は美しい花のアーチが作られ、祭壇が設けられていた。

 そして、その前で待っているのは——。


 アレン。

 私の最愛の人。


 彼は、皇帝陛下から贈られた特製の白い礼服に身を包んでいた。

 いつもは少し猫背気味な彼が、今日は堂々と胸を張り、朝日を浴びて輝いている。

 その傍らには、感涙にむせぶ母マーサさんと、晴れ着を着てはしゃぐ弟妹たちの姿があった。


 私たちが近づくと、アレンは緊張した面持ちで、しかし満面の笑みで迎えてくれた。

 父が足を止め、私の手をアレンへと差し出す。


「……アレン君」

「はい、閣下」

「娘を……頼む。……私の命より大切な、宝物だ」


 父の言葉に、アレンは深く、深く頭を下げた。


「謹んで。……私の生涯をかけて、守り抜きます」


 アレンの手が、私の手を受け取った。

 温かい。

 あの雨の廃墟で、血まみれの舞踏会で、そして地下の隠れ家で、何度も私を救ってくれた手。

 その温もりが、今は「永遠」を約束してくれている。


 私たちは祭壇の前に並んだ。

 立会人は、レーヴァニア国王と、アルメスト帝国皇帝ヴィクトール三世。

 かつて敵対していた二人の君主が、今は穏やかな顔で私たちを見守っている。


「アレン・ヴァルシュ。セレスタ・アークレイン。……汝らは、国境と身分を超え、愛によって二つの国を結びつけた」


 皇帝の声が、マイクを通じて両岸に響き渡る。


「病める時も、健やかなる時も、そしてどんな困難な時代が来ようとも。……互いを愛し、助け合い、平和の礎となることを誓うか?」


 アレンが私を見つめた。

 その瞳には、私だけが映っている。

 彼は静かに、しかし世界中の誰にでも届くような力強い声で言った。


「誓います。……私の命が尽きるその瞬間まで、彼女を愛し抜くことを」


 そして、私も。


「誓います。……彼と共に歩み、彼と共に生きることを」


「ならば、誓いの口づけを」


 アレンがベールを上げた。

 至近距離で見つめ合う、互いの顔。

 涙で滲んで見えるけれど、世界で一番愛しい顔。


「……綺麗ですよ、セレスタ」

「貴方もよ、アレン。……惚れ直しちゃった」


 私たちは微笑み合い、そして——唇を重ねた。


 その瞬間。

 ボォォォォォォォ……!

 空気を震わすような重低音と共に、空を覆っていた巨大な影——両国の飛行船団が一斉にハッチを開いた。


 舞い落ちてきたのは、花びらだった。

 数百万、数千万枚の、蒼い薔薇の花びら。


 まるで空そのものが砕け散ったかのような、鮮烈な瑠璃色の雨。

 それが、風に乗って橋の上へと降り注ぐ。

 世界が、蒼く染まっていく。


「うわぁ……!」

「すごい! 空が降ってきたみたいだ!」


 民衆から驚きと歓喜の声が上がる。

 アレンと私は、花びらの嵐の中で抱き合った。


「……これは?」

「皇帝陛下と、お父上の粋な計らいですよ。『二人には、最高の青空が似合う』って」


 アレンが私の髪についた花びらを優しく払いながら教えてくれた。

 父と皇帝が、内緒で準備してくれていたサプライズ。

 『夜明け前の闇こそが、最も美しい蒼を呼ぶ』。

 母の愛した詩が、今、現実の景色となって私たちを包み込んでいる。


 私は父の方を見た。

 父は、皇帝と並んで空を見上げ、満足そうに目を細めていた。

 その目尻には、光るものがあった。


「……ありがとう」


 私は心の中で呟いた。

 お父様、お母様。

 そして、アレンのお父様。

 貴方たちが夢見た未来は、こんなにも美しい色をしていましたよ。


「セレスタ」


 アレンが私の腰を引き寄せ、耳元で囁いた。


「……やっと、本当の意味で『家』に帰れましたね」

「ええ。……ここが、私たちの場所よ」


 私たちは手を繋ぎ、民衆の方へ向き直った。

 割れんばかりの拍手と、「おめでとう!」の声。

 私たちは手を振り、笑顔で応えた。


 これは物語の終わり(ハッピーエンド)

 けれど、私たちの愛の物語は、ここからが本番だ。

 

 国境のない空の下。

 蒼い花びらに祝福されながら、私たちは新しい一歩を踏み出した。

 二人でなら、どんな未来も描いていける。

 そう信じて。

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