第1話 蛇の上
目の前には、星の海が広がっていた。
数え切れない星々の輝きに心が浄化される。
時折、強い光が横切るのは流れ星だろう。
神様の落書きみたいだ。
過ちの果てに終えた人生。
ヘスティアがその後どうなったのか、僕には知りようもない。
願うには傲慢すぎる。
それでも、あの子は幸せであって欲しい。
「…人って、死んだら星になるんだ。」
ぼんやりとした頭で、自分が星になったと錯覚する。
もしもこの星々の中から地球を見つけることが出来たら、真っ先にヘスティアを探そう。
なんてことを思っていると────
「君を待ってたんだ。」
突然、人の声が聞こえて思わず飛び上がる。
目の前に一人の青年が立っていた。
20代ほどだろうか。
白い肌、切れ長の目、通った鼻筋に線を引くと、綺麗な左右対象だ。
その上、一目で高級なものと分かる着物を纏う姿は、僕の思う格好良いの具現化だった。
膝まである羽織が揺れ、青年は微かに微笑む。
「もう一度チャンスが欲しいかい?」
「え、誰…。えっと…。」
ふと視線を下に落とすと、何事もなかったかのように綺麗な自分の体があった。
感傷に浸りきってたことが恥ずかしくなって、取り繕うように口を開く。
「えっと、ここって…天国ですか?正直、地獄行きを覚悟してたんですけど。あなたは…神様…?」
「ここは天国じゃないよ。」
返答はあまりにも簡潔すぎて思考が纏まらない。
天国じゃない。
あと、チャンスが欲しいかってどういうことだ。
生まれ変われるチャンスが貰えるということだろうか。
ただ、生前は気性の荒い協会の息子を殴り返していたりもした。
流石に神様に気に入られるのは厳しいだろうな。
「あははっ。上手くやる必要はないよ。君には僕の体に入って現世に戻って欲しいんだ。」
え、あれ、僕いま口に出してた?
体に入る…?
僕は今は魂みたいな状態なのだろうか。
「君の考えは全部分かるさ。魂みたいな状態、その通りだね。君はいま魂の状態で、私と話している。」
「そうなんですか…。」
自分で聞いておきながら、聞いた以上の事を教えて貰えず頭を抱える。
うーん、何となく分かるような分からないような。
青年は微笑むだけで、返答はなかった。
「うわぁ!」
急に足元が揺れ、バランスを崩した。
そして気づく、僕は、とてつもなく大きな蛇の上に立っていた。
「ここはね、世界蛇の上なんだ。この蛇は、地球と地球を支える存在を、一つに纏める役割を果たす大蛇。」
青年が足元に指を差す。
そこには息を飲むように美しい世界が広がっていた。
「地球。君と私の住んでいた世界だよ。」
初めて目にする地球の全体姿に息を飲む…。
なんて美しいのだろうか。
僕はしばらく見とれていた。
「君の理解に収まるなら、私を神様と思ってくれていい。遥か昔、私は君と同じ星に生まれ過ごし、世界の真理まで辿り着いた。その後、独自の能力を開発するまでに至ったが、能力の源となる''強い感情''が私にはなかった。」
青年は語り出す。
そしてこちらを見るその瞳は、全てを見透かすようで逸らしたくなる。
「君だって、もう一度チャンスが欲しいだろう。」
チャンス…。
甘い言葉に誘惑される。
────欲しい。
欲しい、欲しいに決まっている。欲しくないはずがない。
あんな終わり方で満足するような人間など何処にもいない。
また人として生きれるなら、今度こそもっと上手にやってみせる。
「もしチャンスを頂けるなら、欲しいです。」
青年は話を続ける。
「私は即身仏となり、死後も強い激情を抱き続けている魂が現れるのを待つことにした。私が君に体を貸す。その代わり、私の書いた福音書に従って行動して欲しいんだ。」
指示に従うなら転生出来るということか。
神様だとしても、この話が本当だとしても、目的が分からなくては少し怖い部分がある。
「安心してくれ、君の意思や利益を害することは一切ないと誓う。むしろ君が今度こそ上手くいく為のサポートがそこには記される。」
じゃあ尚更何のために…。
「現世に戻った時、君は私が編み出した召喚術が使えるようになっている。それは君の助けになる存在だ。」
「そしてその中に、特定の条件を満たさないと召喚できない"六体"がいる。それらを地上に呼び出すこと。それが私の目的であり、福音書の導きの先にある。」
その六体とやらがヤバい化け物だったらどうしよう。
僕が世界を滅ぼす戦犯になってしまうのだろうか。
青年は笑いながら両手を広げ高々に宣言した。
「世界をイデアに到達させる。それが私の夢だ。」
きっとこの台詞を言うことは初めから決まっていたのだろう。
誇らしげな青年の顔は自信に満ち溢れている。
僕がしくじってすぐ死ぬ可能性だってあるのに。
青年が首を左右に振る。
瞬間、足元が激しく揺れる。
立ち上がれない。
気づけば青年は蛇の頭の方に移動していた。
大蛇が大きく尾を振り、僕は振り落とされていた。
「意識が戻ったら、君は仏殿に祀られてるはずだ。手の中にある本が福音書であり、召喚術を可能にする神器さ。じゃあ、任せたよ。」
青年の中では既にストーリーは決まっていて、僕の返事は要らなかったらしい。
地球に向かって一直線に落ちていく。
きっと流れ星とはこういうことなのかもしれない。