プロローグ2 あの子と死
ヘスティアの後ろ姿に見惚れていると、いつもは通らないような路地に入って行くのが見えた。
急ぎの用事でもあるのだろうか。
この町も大きくなってきて、変な輩が増えてきた。
────しかし今日は何故か護衛がついてない。
気づけば僕は走り出していた。
もし彼女の身に何かあったら。
それを助けたのが僕だとすれば。
仲良くなれるかもしれない。
そんな馬鹿みたいな妄想に背中を押されていた。
全身に残る痛みも忘れて無我夢中でヘスティアを追いかける。
そして嫌な予感は最悪の形で的中した。
人気のない路地裏で彼女はタチの悪い能力者に絡まれていた。
「なぁ、お嬢ちゃん。いいじゃねぇかよ少しくらい。」
「俺達も金に困っててさぁ、お嬢ちゃんがすこーしばかり俺達を優遇するって言ってくれたら、傷一つつけず返すって約束するからよォ。」
「特別な事情もなく、贔屓や優遇する事はできません。その場合も、私ではなくて、管理委員の方へお願いします。」
ヘスティアは凛とした瞳に、清潔感のない中年の男二人を視界に収める。
「退いてくれないんでしたら、雷落としますよ。────まぁ、退いてくれなくても落とすんですけどねッ!」
ヘスティアが男達へ腕を突き出し掌を向ける。
空気が弾けバチバチと火花のような音が響く。
男達は、慌てた様に指を二本立てる。
「クソっ!この女が好戦的だなんて聞いてねぇぞ!」
──警告。
『我々に危害を加えれば、公務執行妨害によりサラ=ヘスティアを拘束する。』
カウンター系の能力者。
一人は能力持ち、もう一人はサポート役か。
ヘスティアは眉一つ動かさず、詠唱を始める。
──天界の怒りは空を裂き、大地を穿つ──
「空神よ、その御技によって私への寵愛を示せ」
瞬間、男達の身体は帯電する。
まるで神様が標的に目印をつけるように。
────敵意アリと認める。
────サラ=ヘスティアを拘束する。
遅い。
発動条件を満たすも、相手の能力は間に合わない。
帯電しきった青白いイナズマは、周辺を目も眩む程に明るく染め上げて────
「一撃で仕留めれば、いいだけの話ですわ。」
勝敗は決した。
男達の顔色が悪くなる。
ヘスティアの不敵な笑みが土産だろう。
彼女のファンからしたら最高のサービスショットだ。
既に結果の決まった戦局
ヘスティアの勝ちは揺るぎないものであった。
────そしてそれを邪魔したのは、他でもない僕だった。
「ヘスティアから離れろ!!」
閃光の中で、ヘスティアへ飛び掛かる往生際の悪い男の影が見えてしまい、咄嗟に守りたいと思った。
昔から思うがまま勢いだけに身を任せる悪い癖があった。
そして今、全てを台無しにしたのだ。
「ふぇっ!?ぁ、あなたは…さっきの…」
突然後ろから名前を呼ばれ、驚いたヘスティアの手元が僅かにブレる。
「なんだ…?知り合いか?」
やった、気を取られてる…!
「ヘスティア!今のうちに逃て!」
「えっ、あ…」
彼女の放った雷撃は僅かに軌道が逸れ、地面に突き刺さった。
不測の事態に困惑するヘスティア。
僕が身を乗り出さなければ。
ヘスティアの邪魔をして、敵に隙を与えたのは他の誰でもなく僕だった。
「がははっ!とんだラッキーだぜ、小僧ありがとよ!」
────執行。
────拘束完了。
周辺は本来の暗さを取り戻し、
僕とヘスティアは手足の自由を奪われた。
「、、ッ!!」
そして物陰に隠れていた男に蹴り飛ばされ僕達は気を失った。
もしかしたら、ヘスティアは最初から彼らに狙われていると気づいていて、人通りのない場所でまとめて懲らしめるつもりだったのかもしれない。
今となってはもう遅い。
僕が、全てを台無しにしたのだ。
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次に目を覚ました時には、僕は薄暗い木小屋の中で硬い土の上に転がっていた。
隣で椅子に縛り付けられたヘスティアは涙が枯れるまで泣いたのだろう。
顔が真っ赤に歪んでいた。
罪悪感で胸が締め付けられ、初めてヘスティアを見ても美しいとは感じなかった。
「やっと目覚めたかよォ。この女はな、周辺の国や街でも噂になっててよォ、ありえないほどの高値がついてるんだぜ。それで俺達は、この女を売ることで一生生活の安定が保証されるんだ。もうすぐ回収が来る。」
男達は相変わらず品の悪い面を並べてヘラヘラしていた。
「コイツがさぁ、このガキのおかげで上手くいったんだから、殺す前に感謝言ってやろうぜって言うんだよ。良かったなぁ、最後に大好きなヘスティアちゃん見れてなぁ。ぎゃははは!!!」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくない死にたくない。
「ぅぐはぁ!!!」
腹部に強烈な痛みと熱を感じて必死に手で抑える。
しかしその上から執拗に蹴られ、気づけば命乞いをしていた。
「痛い痛い熱い熱い熱い熱いごめんなさいごめんなさい許して下さいお願い僕だけでいいから助けてください何でもしますごめんなさい」
男の持った刃物が赤く染まっているのをみてやっと自分が刺された事に気づいた。
「ぎゃははは!こいつ生かしておいて正解だったぜ!こんなおもしれぇもんがみれるなんてよ。」
「ヘスティアちゃんのことは好きにしていいから自分だけは助けてくださいって言ったら考えてやるよ!ぎゃはは!!!」
執拗な蹴りに耐えきれずとにかく命乞いをした。
「ゥグッ…すみませんでした僕だけでいいから助けてください…」
男達は相変わらず笑っている。
彼らは知っていたのだ。
僕があと数秒の命だということを。
既に胴から溢れた内臓はぐちゃぐちゃになって、口にしたと思った言葉は言葉にすらなっていなかったのだ。
…。
…。
去っていく男達の後ろ姿が視界に映っている。
ただ、最後くらいは好きな女の子の顔を見たいと思った。
…。
激しい痛みと熱の中で段々と力が抜けていくのを感じた。
…。
完全に体の力が抜け、既に感覚はなく、心地よくも感じていた。
これが死というものなのか。
だらんと垂れた頭が地面と水平になり、視界に少女が映った。
少女は酷く顔を歪めていた。
「きもちわるい。」
そして僕は死んだ。