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プロローグ 僕とあの子

フルーツバスケットに手を伸ばして、果物を一つ手に取ってみたら、偶然それが檸檬だった。

初恋なんて、きっとそんなものだ。



悶えるほどの甘酸っぱい衝撃は、夢見心地の日々を弾け飛ばした。


その味は、刹那の間に心の最深部まで到達して、僕は完全に虜になっていた。




そして僕は、その味に踊らされて──否、勝手に踊って無様に死んだ。

最後に聞こえてきた声は、好きな子が毒虫を見るような表情で吐いた「気持ち悪い」という一言だった。


醜態を晒し、事態を悪くし、結局助けられなかった。


「ネサルは弱虫!弱虫が調子に乗るな!」

散々いじめっ子達から言われてきたのに、自分にも何か出来ると勘違いした、その罰が下ったのだ。


最後の瞬間を覚えている。

身体中が熱い、全身を焦がし尽くす熱に息も吸えず、ただ喘ぐだけ。

歯が割れそうなほど顎に力を入れて食いしばるが、その力も次第に抜けていく。


人には抗えないものがある──それを、最後の瞬間も認めたくはなかった。


ただ、現実という辞書に『慈悲』の二文字はない。



やがて死んだ。

最後までどうしようもない人生だった。


━━━━━━━━━━━━━━━


小さな町の片隅で生まれた少年ネサルは、とある少女に想いを寄せていた。


いちばん古い記憶は、背丈の倍もある大人たち六人を前後に従えて稲田から戻ってくる彼女の姿だ。


透き通る白い肌に、冬の湖のように澄んだ水色の瞳、まるで透明な宇宙が二つそこにあるようだ。

ブロンド色の細い髪は、一歩前に進むたび左右に揺れ輝いていた。

その姿に見惚れていたのは僕だけじゃない。


「こんな美しい子が神の使いだなんてねぇ。」

「ばか、神の使いだから天女様の様な御姿していらっしゃるんだろうが。」

「そりゃそうか。その通りだ。」


ちょっと前までは、"ヘスティアさん家の可愛いお嬢ちゃん"と呼ばれていたが、いつしか彼女は現人神として神格化されつつあった。


それでも彼女は驕ることなく、町の人々に手を振り笑顔で応えていた。


「サラちゃん!こっち向いて!」

「サラ様、いつもありがとうございます。」

「ヘスティア様!ヘスティア様!少ないですが、どうかお受け取り頂けませんか!」


中には金銭を差し出す者もいたが、彼女は困ったように笑いながら、そっと相手の手を押し戻すのがお決まりだった。


「とんでもありません。私は当然のことをしただけです。お子さまのお誕生日、近いでしょう? このお金でご馳走を用意してください。」


「ヘスティア様、、なんとご寛大な……」

母親は涙を浮かべて頭を下げていた。


ときに疲れを隠せず、虚ろな表情を見せることもあるが、彼女を悪く思う人など誰一人としていなかった。


━━━━━━━━━━━━━━━


ある日、彼女は特別な能力に目覚めた。


その年から、この町の稲田は金色で埋め尽くされ、野菜や果実も安定して実るようになった。


雲を操り、雨を降らせ、雷を呼ぶ。

その力は町に豊穣をもたらした。

人知を超えた奇跡に人々は涙を流して歓喜した。


翌年から、この町に飢えと貧困は消え、彼女は崇められるようになった。



豊穣の神に愛されし少女 日巫女サラ=ヘスティア


彼女の卓越した能力と美しさは、当然のことながら政治にも利用され、国の躍進と共に人口も急増していた。


━━━━━━━━━━━━━━━


しばらくすると彼女は、一つ年上の炎師と時間を共にするようになった。


炎師アスモネウス=ドゥルシー

彼もまた、能力者であった。

その特別な力が護衛軍の目に止まり、護衛軍幹部へ

飛び級で昇格、その後も数多の最年少記録を更新し続けている稀代の天才。

彼の操る灼熱の業火は、定期的に祭事で披露され、治安悪化の抑止力になっていた。


「サラちゃんの相手はやっぱりドゥルシー君だろう。」

「あぁ、ドゥルシー君なら誰も文句は言えねぇなぁ。」


彼もまた、神に愛された側の人間なのだ。


この頃になって、僕は自分が身の程知らずの片思いをしていることに気づき始めた。


ある朝には、ドゥルシーの家からヘスティアと二人で出てくるのを見かけたこともあった。

二人が並んで歩く姿は様になっていて、誰が見ても「お似合い」だった。


僕はそれを見た時、心臓が凍りついたような気持ちになった。

それでも彼女を好きな思いに変わりはなかった。

ただの一度も話したこともないのに、だ。


今すぐにでも気持ちを伝えようなんて思い上がらなかった事が不幸中の幸い。

実際、彼女の元には毎日の様にラブレターが届いていただろう。


最近では、歩いているヘスティアを呼び止めて、自分が如何に相応しいかを口上する輩まで現れ始めた。

逆玉の輿狙いのロクでもない連中だ。


そういう輩は大抵、大柄な護衛が咳払いを1つすると、バツの悪い表情を浮かべながら、道を譲るのが日常だった。



自分はアイツらとは違う。

そんな卑しい考えがあった。




そしてある日、事件が起きた。


その日も僕は、年上のいじめっ子集団に上下左右が分からなくなるまでボコボコにされていた。


「みっともねぇなぁ!弱虫ネサルの癖に俺達に殴り返そうとか調子乗んなよ!!!」


痛い痛い痛い痛い痛い。


3対1で不利な中、その内1人は地面を揺らせる能力者。

とは言っても、足元半径50cmに震度2.3の揺れを起こす程度で、足元が覚束ない位だ。


殴り返してやる卑怯者共。ふざけんな。

思いとは裏腹に一回りも体が大きい連中にタコ殴りにされ続けて体中痣だらけになっていた。


「やっと動かなくなったか。今日はこの辺で許してやるよ。二度と逆らおうとするなよ。」


うるせぇ。お前らなんか体が動けば、すぐにでもボコボコにしてやるのに。群れることでしか何も出来ないクズ連中が。


今すぐにでも殴り返したいのに意識が遠のいていく…。ふざけんじゃねぇよ…。



「…大丈夫?」


心地のいい透き通った声がした。


「大丈夫ですか?」


誰だよ、大丈夫じゃねぇよ、、。

見りゃ分かるだろ。


つい数分前まで左右から交互に蹴りを受け続けて、右も左も分からない頭では、直ぐに声の正体に気けなかった。


「どうしたの?酷い…体中血まみれじゃない。手、貸すよ。」


要らねぇ。自分で起き上がれ…


精一杯の力で顔を動かして、声のする方に目を開けてみると、そこには、光に照らされて、金色に輝く髪の少女が、心配そうな表情を浮かべて僕を覗き込んでいた。


「ヘスティア…ちゃん…」


心の準備も何もなしに発生した強制参加型イベントに更に思考が停止する。

しまった、馴れ馴れしく名前を呼んでしまった。

どうしよう、なんて返そう。あのヘスティアが心配してくれてる。

妄想の中では、どんなシチュエーションでもどんな状況でも饒舌なトークでヘスティアは僕にメロメロだけど、現実は、どうしていいか分からずあぅあぅと変な声が出るだけだった。


そんな僕とは裏腹にヘスティアは心配そうにジーとこちらを覗き込んでいる。

────吸い込まれそうだ。

あぁ、ほんとに可愛いなぁ。


「とりあえず、お水持ってくるね。待ってて。」


「要らない。自分で何とかする。」


「そんなこと言って、今だって、顔を動かすのがやっとじゃない。」

彼女は唇を尖らせて子供を諭すように首を振る。


「大丈夫。ちょっと本気で遊びすぎただけ。」

口を開けば開くほど理想の自分との差に惨めな気持ちになる。


「…ねぇ、一緒に町のお医者さんまで行こ?」


「大丈夫。用事あるから。帰らないと行けない。」


好きな子の前で恥態を晒して、焦るあまり、意図せず冷たくしてしまった事を、言葉の途中から既に後悔し始めていた。


「そう?じゃあ、用事終わったらちゃんとお医者さんに診てもらってね。」

彼女はそれ以上は何も言わず、儚げに小さく微笑んだ。

間近で見る彼女の笑顔に、心拍数は過去最高を記録する。


「ありがとう。」

感謝を伝えるので精一杯だった。


────あのヘスティアと話しちゃった。


用事の合間に通りかかって、いてもたっても居られずに、声を掛けてくれたんだろう。

去っていく彼女の後ろ髪が陽の光を照り返して、光の中に吸い込まれていくようだ。


僕は目に焼き付けるように、その場で立ち尽くしていた。


右も左も分からないのですが、

これから少しずつ投稿していきたいと考えています。

暖かく見守って頂けたら幸いです。

ご指摘、反応お待ちしております。

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