第八話 煉獄の試練 ― 火の神域《ヴァルク=イグナス》
【第八話 煉獄の試練 ― 火の神域《ヴァルク=イグナス》】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
赤い空が燃えていた。
空すらも溶け出したようなその地――それが火の神域《ヴァルク=イグナス》。
炎に包まれた岩の浮島を、ソルナイトたちは慎重に飛び渡る。地面を踏むたびに熱が靴底を焼き、肺の奥まで熱風が吹き込む。
「……すげえ熱だ。ここじゃ普通の人間は、数分で干からびるな」
フェン=イグニスが呟いた。
その表情は、他の仲間と違ってどこか沈黙の奥に怒りを帯びている。
「この気配……やっぱり“あいつ”か」
突如、地鳴りが響いた。
空が裂けるような咆哮と共に、灼熱の中心から姿を現したのは、巨大な紅蓮の巨人――
「我こそは、灼滅王グル=ヴァーン。神域の核心と我は一つ……生と死の焔を統べし者だ」
その体は黒曜石と溶岩で構成され、両肩からは永久に燃え続ける火柱が噴き上がる。動くだけで空気が歪み、熱が空間を切り裂く。
「神域に侵す者よ。我が炎は試練であり、絶望であり、裁きである」
リアが顔をしかめ、呪文の結界を展開しようとしたが――
「下がれ、リア。この戦いは……俺がやる」
フェン=イグニスが、静かに前へ進み出た。
「……フェン?」
「グル=ヴァーンとは……俺の“原罪”が絡んでる」
かつてフェン=イグニスは、生まれた村ごと“炎”に焼かれた。
だが、それは事故ではなく“意図された審判”だった。
火の神域が暴走し、無差別に業火が溢れた時――暴走を止めるため、当時の火神が自らの“守護者”として生み出したのがグル=ヴァーンだったのだ。
その代償に、一帯の地は“聖域”ごと焼き払われた。
そして――フェンの家族も。
フェンが纏う“紅焔の鎧”は、火の神が最期に遺した祝福の欠片だった。
それはフェンにとって、炎の力であり、呪いでもある。
「フェン=イグニスよ。お前の中の焔は、我と同じ地獄の残滓」
グル=ヴァーンが拳を振り上げると、隕石のような火塊が次々と降り注ぐ。
「その炎で、貴様の存在を消し去れ!」
「黙れよ、化け物……俺の炎は、お前に与えられたもんじゃない!」
フェンが跳躍し、拳を灼熱に包んでぶつける。
「紅焔連斬《レッド=フェイザード》!」
だが、グル=ヴァーンの身体は溶岩と同化しており、打撃はすぐに再生される。
「この大地ごと燃える神域に勝てる者など……いない!」
炎の竜巻がフェンを包み、地面が崩壊する。
だがその中心で、フェンの目は赤く輝いた。
「“焔”ってのは、ただ燃やすだけじゃねえ……」
「心を、照らすことだってできるんだよ!」
彼の体に宿る焔が、神聖な輝きを帯びていく。
「見せてやる、火の神が最後に残した“希望”の火を!」
「赫焔解放(アーク=ブレイズ)――《紅蓮の双翼》!」
彼の背に、火の翼が広がる。灼熱を超えた“意志の炎”が神域を貫き、グル=ヴァーンを突き上げる!
「この力は……お前のような“焼き尽くすだけの焔”じゃない!」
翼が天を裂き、巨大な紅蓮の鳥となって吠えた――!
「――神よ。お前が俺に残した命、ここで燃やし尽くしてやる!」
最終斬撃と共に、グル=ヴァーンの胸部が砕け、その巨体が崩壊する。
だがその表情は、最後にどこか安堵していた。
《……ならば、お前の炎は……滅びの先に、希望を灯すか……》
そして火の神域の炎は静まり、空は青みを取り戻す。
「終わった……か」
フェン=イグニスは炎の中に立ちながらも、心の奥底で――ひとつの鎖が、解けていくのを感じていた。
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