第七話 花鏡の迷宮 ― 魅惑の戦士ザルカニア
【第七話 花鏡の迷宮 ― 魅惑の戦士ザルカニア】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
月の神域が解放された翌日、アキトたちは次なる神域――花鏡の神域〈フロラージュ〉へと進軍した。
そこは、あまりに美しかった。
四方を白金の鏡が囲み、無数の薔薇が空中を舞う幻想の園。甘く妖しい香りが空気を支配し、思考すら鈍らせる。まるで“美”そのものが罠のようだった。
「この匂い……違う、香水じゃない。毒だ!」
氷の巫女メルロが警告を発したそのとき、バラの海の中心に、静かに佇む影が現れた。
それは、真紅のドレスをまとった一人の美女。
長く波打つ漆黒の髪、濡れたように潤む瞳、赤い唇。どこまでも美しく、どこまでも妖艶――
しかしその指先から滴る赤黒い液体が、すべてを歪ませる。
「お久しぶりね、リア。まだそんな地味な風のドレスを着てるなんて……退屈じゃない?」
声を発した彼女の名は――
毒姫ザルカニア。
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「……まさか、あなたが……!」
リアの瞳が見開かれる。
「そうよ。かつて“白薔薇のソルナイト”と呼ばれた私、ザルカ=ラフィネ。あなたと共に誓った、あの“光”を……私は裏切った」
「どうして……! どうして、冥環帝国に……!」
ザルカニアは静かに微笑む。
「光は脆い。清らかすぎて、何も守れない。毒こそが真実。毒が私を、私にしてくれたの」
彼女の手が宙を滑ると、無数のバラの茎が地面から飛び出し、鞭のようにしなる。
「さあ――踊ってもらうわ。あなたの痛みと絶望、全部、この棘で咲かせてあげる」
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バラの鞭が一閃。鋭い音と共に、空気を裂いた。
「下がれリアッ!」
アキトが割って入り、炎の刃で鞭を切る。しかしその直後、ザルカニアの血液が飛沫となって飛び散り、アキトの肩に触れた。
「ッ……ぐ……!」
瞬間、猛烈な痛みが走る。血液が皮膚を侵し、神経を焼く。
「アキト!!」
「彼はもう助からないわ。私の血は“死の毒”。触れただけで、内側から崩れるのよ」
だが、アキトは倒れない。灼熱の闘志が、その毒を焼き尽くしていく。
「お前の毒は……俺の“想い”には届かない!!」
「……ふふ、いい目をしてるわね。ますます欲しくなったわ、アキト」
ザルカニアの鞭が次々と襲いかかる。
空中から、地中から、鏡面の中から――。
全方向から伸びる茎の攻撃を、仲間たちが命をかけて防ぐ。
クレインの雷槍が鏡を砕き、カイルの盾が毒の棘を防ぎ、メルロの氷の魔術が空間を封じる。
「リア……あとは、あなたが決めて」
「ええ。これは、わたしの戦い……!」
リアが静かに歩み出る。バラの鞭が彼女を打ちつけようとするが、風がそれを裂く。
「ザルカ。わたしは、あなたを許さない。でも――わたしの中に、まだあなたを大切に思う“姉妹の記憶”がある」
「……やめて。そんな言葉、今さら――!」
「ならば、風よ。彼女の毒を、すべて包み、浄化せよ……!」
リアの杖が月光を浴び、旋風が神域を包み込む。
「――天翔風花陣!!」
風がザルカニアの周囲に渦巻き、バラを散らす。
毒の血液も、風に飲まれて薄れていく。
「やめて……私は、毒でしか生きられないの……!」
その言葉と共に、ザルカニアの姿が崩れていく――だが、その目には涙が浮かんでいた。
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毒の香りは消え、薔薇も枯れた。ザルカニアは鏡の破片の上に静かに倒れた。
「……風は、優しすぎるわね……リア」
ザルカニアは笑いながら意識を手放す。
リアはその身体を抱きしめ、静かに目を閉じた。
「さようなら、姉さま」
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花鏡の神域は崩れ、ソルナイトたちは次なる神域へと進む。
だが、冥環帝国の魔手は次の段階に入っていた。
ついに、十二神域の火の神域、守護十二将の一人――灼滅王グル=ヴァーンが動き始める……!