第三話 星環の深淵
【第三話 星環の深淵】ーーーーーーーーーーーーー
星環界の空は、果てしない星々の海だった。無数の光が瞬き、まるで生きているかのように脈打つ。
その下、アキトたちは神殿を後にし、リアの導きで星環界の深部へと進んでいた。
目指すは「星環の門」――堕星アザラフが現世への侵攻を企む、運命の要衝。
「この先は『深淵の森』よ。堕星の眷属が巣食う危険な領域。気を引き締めて」
リアが杖を握りながら警告する。彼女の背の六枚の羽が、微かな風を纏って揺れる。
「森か。どうせまた化け物がウヨウヨしてるんだろ?」
クレインが槍を肩に担ぎ、不敵に笑う。だが、その目には鋭い警戒心が宿っていた。
「敵の数より、俺たちの連携が問題だ。新米が足引っ張らなけりゃいいけどな」
クレインの言葉に、アキトはムッとするが、反論する前にメルロが静かに口を開く。
「アキトはガルザードを倒した。もう新米じゃないわ」
彼女の冷ややかな声には、仲間への信頼が込められていた。カイルも無言で頷き、アキトの肩を軽く叩く。
「ありがとう……みんな」
アキトは《ソル・レグリア》を握り直し、決意を新たにする。だが、胸の奥でざわめく不安は消えない。光のソルナイトとしての力は覚醒したものの、自分の過去やこの力の真実については何も知らないのだ。
深淵の森に足を踏み入れると、空気が一変した。星光を遮るように絡み合う黒い樹木、地面を這う不気味な霧。遠くから聞こえる獣の咆哮が、五人の神経を研ぎ澄ませる。
「何か来る!」
メルロが叫んだ瞬間、霧の中から無数の影が飛び出してきた。狼のような姿だが、目は血のように赤く、牙からは黒い煙が漏れている――堕星の眷属、「影狼」だ。
「メルロ、カイル、陣形を! クレイン、右翼を抑えろ!」
リアが即座に指示を出し、風の刃で影狼の一群を切り裂く。メルロは氷の結界を展開し、カイルが鋼の盾で正面を固める。クレインは雷の槍を振り回し、影狼を次々と撃退する。
「アキト、中央を突き進め! 奴らの本隊が奥にいる!」
リアの声に従い、アキトは光の翼を広げ、森の奥へと突進する。《ソル・レグリア》が炎を纏い、影狼を一閃で両断する。だが、その先に待ち受けていたのは、ガルザードとは比べ物にならない巨大な存在だった。
樹木を押し潰し、霧を裂いて現れたのは、漆黒の鱗に覆われた巨獣――堕星の将、「黒鱗竜ザルガノス」。その咆哮だけで地面が震え、アキトの身体が一瞬硬直する。
「お前が光のソルナイトか……我が主アザラフの命により、この森でその命を奪う!」
ザルガノスの尾が一閃し、数十本の樹木が薙ぎ倒される。アキトは咄嗟に光の翼で跳び上がり、攻撃を回避する。
「こいつ、ガルザードよりヤバいぞ!」
クレインが雷の槍を投じるが、ザルガノスの鱗に弾かれ、火花を散らすだけだ。メルロの氷魔法も、巨獣の熱を帯びた吐息に溶かされてしまう。
「アキト、奴の弱点は額の紅い結晶! あそこに力を集中して!」
リアが叫び、風の魔法でザルガノスの動きを一瞬鈍らせる。カイルが盾を構え、巨獣の突進を受け止めるが、その衝撃で膝をつく。
「くそっ……重い!」
カイルの声に、アキトは歯を食いしばる。仲間が命を懸けて時間を稼いでいる。今、動かなければ――。
「――行くぞ!」
アキトは光の翼を全開にし、ザルガノスに向かって突進する。《ソル・レグリア》に光と炎を集中させ、剣先を額の結晶に狙いを定める。だが、ザルガノスが口を開き、黒い炎の奔流を吐き出す。
「アキト、避けて!」
メルロの叫びと同時に、彼女の氷結界がアキトを包む。黒炎が結界を焦がすが、アキトはそこを抜け出し、ザルガノスの額に肉薄する。
「これで終わりだ――《光焔一閃》!」
剣が紅い結晶を貫き、光が巨獣の全身を駆け巡る。ザルガノスは絶叫し、その巨体が崩れ落ち、黒い霧となって消滅した。
戦いの後、森に静寂が戻る。アキトたちは息を整えながら、互いの無事を確認する。だが、リアの表情は硬い。
「ザルガノスはただの尖兵よ。星環の門に近づくほど、敵は強くなる」
彼女はアキトを見つめ続ける。
「そして、あなたの力……光のソルナイトの血には、もっと大きな秘密が隠されている。アキト、あなたの両親は――」
「両親?」
アキトの声が震える。両親は幼い頃に事故で亡くなったと聞かされていた。それ以上の記憶はほとんどない。
「彼らは星環界の守護者だった。あなたとあなたの妹、ミユにその血が受け継がれているのよ」
リアの言葉に、アキトの心臓が激しく鼓動する。妹のミユ――東京で一人、待っている彼女が、この戦いにどう関わるというのか?
その時、森の奥から不気味な笑い声が響いた。
「光の血、か……いいだろう。次の試練で、その全てを奪ってやる!」
声の主は現れず、笑いだけが森にこだまする。
「アザラフの声……奴が直接動くつもりね」
リアが杖を握りしめ、仲間たちを見回す。
「急ぐわ。星環の門まであと少し。準備はいい?」
アキトはミユの笑顔を思い出し、剣を握り直す。
「絶対に守る。ミユも、この世界も――」
五人の戦士たちは、深淵の森を抜け、星環の門へと歩みを進める。だが、その先にはさらなる闇が待ち受けていた。