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第8話 新入りの実力



「あれ、オーナー?」


 西池袋〈ラ・ベットラー・ダ・アイバ〉

 ディナータイムの仕込み中だった水島美弦(みつる)が俺を見つけて声をかけてきた。


「休みだよ。伝票整理でもして帰る。気にすんな」


 そう言い置いて、俺は事務室のドアを閉めた。

 事務室と言っても楕円のテーブルが一つと椅子が四つきりだ。

 ここで三人で新メニューを決めたり、旅行先を決めたりする。


 経理は、チーフシェフの美弦がやってくれている。元銀行マンで経営にはめっぽう強い。

 この店は美弦がいて初めて、経営の火が入った。

 もともと副業のつもりでやってきた店だったからどんぶり勘定、儲けが出るなんて思ってもいなかった。


「まさか、あれ程とはな……っ」


 俺はどかりと椅子に座ると、頭を抱えた。

 ダンジョンから戻って二時間。依頼主への報告を辰巳に任せ、俺はここへ逃げ込んだ。

 我ながら怪物の飼育役と自虐したが、いざ目の当たりにすると衛はとんでもない怪物だった。


 機械獣を合計八頭、撃破。徘徊廃人を三人捕獲。身分証持ちだったので警視庁から失踪者捜索報奨金が出る。それはともかく。


 その戦績を一人で出したのだ。たった一人で。


 夕方までかかると予想していた掃除の依頼は、昼過ぎには終わっていた。

 辰巳もいねも、勉強家で作成武器を使いこなせる新戦力に喜んだ。


 しかし報酬の段になって、衛に少し不服そうなかげが射したのを、俺は見逃さなかった。

 パーティ報酬は山分けが鉄則だ。金に不服が出ればその兆候は先々まで尾を引く。


 まずいと思った。

 衛は、純粋に強すぎる。

 十五歳の人族にしては、完成されすぎている。


 明確に[三島瓶割]の全員が、チーム内で衛の突出した戦力差を理解しただろう。

 俺の記憶にある限りで、衛の型は羽生心眼流で間違いなく、羽生道雪に似ていた。

 だが敵を前にしたときの太刀筋はバケモノだ。

 恐怖もためらいもないから、容赦もなく敵の急所を切断できる。


「あの技を手ほどきしたのは、道雪じゃあるめぇ」


 あれほどの人格者をして、あの狼のような疾風猛攻の太刀筋を見過ごすはずがない。


 不惜身命(ふしゃくしんみょう)の剣――。とくれば、もう一人しかいない。


「恨むぜ、タケル。ドワーフの俺に、アレをどうやって人に戻せってんだよ」


 目に焼き付いた父の影を追ってくり返しくり返し、おのれの欲望を練り込むようにして鍛え上げたのだろうか。邪剣に堕ちなかったのは、短期間でも道雪が見守っていたからか。

 人を怨み呪った復讐でこそないが、金が欲しいと願い、貧しさが憎いと斬ってきたのだ。

 道雪の死期はいつだろう。いや、今となってはそれも無意味な気がする。


 コン、コン。


「オーナー。大丈夫ですか?」


 ドアを半分開けて、火浦ひうら啄郎たくろうが顔を出してきた。元ホスト。気配りの鬼。いかついドワーフのイタ飯屋だったのをおしゃれに改装したのはタクロウの腕だった。ホストの前は工務店勤務やラーメン屋を転々としていたようだ。三人で喧嘩しながらやってきたこの店も、十年で従業員八名に増え、女性客を中心に客層を伸ばしている。


 そう言えば、従業員に女性が採用されないのはなぜだろう。


「なあ、タクロウ。うち、なんで女の従業員いないんだっけ?」

「はあっ、今さらかよ」


 タクロウはツッコミを入れつつ破顔した。

 笑うと子供みたいになる。それ見たさに女性客が集まってくるらしい。


「ここの連中はオーナーを除いて、女でひどい目に遭ってるからですよ」 

「あー、そうだったな。面接でも聞いた気がする」


 なぜか女性関係で傷ついた男子がやたら就職希望して、しかも長く居つくのだ。


 ……いっそ衛も、ここにか?


「だがタクロウ。お前とミツルは、お嬢に拾われたよな?」


「あの人は別格でしょ。男を騙すやり方がうますぎてますから。あれがカリスマってやつなのかな。あの人に騙されたんなら仕方ねえっかって諦められるでしょ?」


「なるほどな。まあ、俺もそういう気はしてるが……」


「一体どうしたんですか?」


「うん。この店に、高校生を入れたい」


「労基法違反ですが?」真顔で言い切られた。


「バイトだよ。働くのは夕方の仕込み二時間と、土日のランチ接客だけだ」


「ちょっ、待ってよ。マジな話か。それミツルにも話聞かせたほうがいいって」


「わかってる。高校生の方にもまだ話してない。タクロウから世間話くらいにミツルに伝えといてくれ」


「そりゃあ、いいけど……マジで何があったん?」


 一三〇以上も離れた若者だが、十年連れ添った仲間だ。隠したって仕方ない。


「先週、ダンジョンでヒト山当てようとしてお嬢に見つかった男子を預かった。十五歳だ。四月にダンジョン系の専門学校に通うことになっている」


「へー。今度は元盗掘屋か。妙な所であの人に拾われたラッキーマンですねえ」


 軽口を叩く。タクロウもミカコに拾われたことを恩義に感じているから、衛のことに少し親近感が湧くのだろう。


「ラッキーかどうかはともかく、金の亡者で困ってる」


 俺の揶揄に、若くしてまとった年輪の重ねか、タクロウはすぐに理解した。


「前の職場でもそういう金で伸し上がりたいガキ連中がいましたよ。んで、客にさんざん酒飲ませまくって、飛ばれて、借金背負わされて沈みましたけど」


「ホストの世界じゃ日常だったな」


「ええ。そん時の店長が、相手の財布ばっか見て、心で接客しねえから客に飛ばれるんだって、ぼやいてましたよ」


「じゃあ、心って、何だ?」


「オーナー、大丈夫ですか?」

「うーん……なんだかなあ、歳は取りたくねえよなあ」


 思い切り後ろへ伸びをして背中を預けると、椅子がミシミシと嫌な音を立てた。


「ドワーフの一六〇って、人族のいくつでしたっけ?」

「三五あたり。人生の曲がり角、平均寿命は三五〇」


「じゃあ、まだまだ人間哲学語るには早いっすよ。トライアンドエラーじゃないですか」

「お前らだけだよ。弱ったドワーフを慰めてくれる人族はよ」


「ははっ。オーナーいつも言ってるじゃないっすか。先輩風吹かせてる暇があったら、自分から働けって。なら、ジジイ風吹かせてる暇があったら働けってことでしょ?」


 俺は思わず大笑した。負うた子に教えられ浅瀬を渡る、とはよく言ったものだ。


「違いねえ。帰る。バイトのこと、ミツルに頼むわ」

D'accordo(ダッカルド).(了解)」




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