第7話 日本ダンジョン概論 歴史編
ダンジョンには、〝機械獣〟という機械個体が発生する。
英語圏では〝ジャンク〟〝バグ〟〝トラッシュ〟など様々で、大型になると〝廃品獣〟と呼称し、潜穽者という名の命知らずな賞金稼ぎの出番となった。
ダンジョンの発生は、都市部に限定されていて都市部なら先進六カ国はもちろん、ケニア共和国や南アフリカ共和国、イスタンブール、ベイルート、シドニーやメキシコシティなどでも確認された。
日本は東京に集中し、八か所。それも特異な場所で、地上の都民で存在に気づいているものはダンジョンを管理する内閣府並びに国土交通省と一部の好事家くらいだ。
ネットミームでは、これを〝東京結界ダンジョン〟と呼んだ。
東京結界とは、江戸時代、幕府開闢に徳川家康が、南光坊天海と京から登用した陰陽師(のちの江戸陰陽師)らによって江戸城とその周辺を守らせる結界として神社を配置建立せしめたのではないか、という都市伝説だ。
その論説の割には、江戸は火事水害といった災害の歴史であるし、直近では東京大空襲、関東大震災など大きな都市壊滅を経験している。だが好事家たちは反論する。
「地下は何ら影響を受けていない。結界は地上を守護するものではなく、地下を守護するためのフタなのだ」
この一部の少数派の抗弁は、まったくの詭弁として黙殺された。
ダンジョンが発見されるまでは。
「首都圏外郭放水路計画、通称〝彩龍川地下治水計画〟ていってね。埼玉県春日部市上金崎から小渕にかけて約六・三キロの地下を掘削し、洪水が問題になっていた利根川水系の水を一部、江戸川に流して冠水負担を減らそうという計画だった」
義弟・辰巳の説明を、衛は意外とまじめに聞いていた。
「この計画には、スーパー堤防という高規格堤防の建設も予定されていたんだけど、都議会で否決され、堤防は築かれなかった。ところがだ、この計画の資料調査段階で別の物が見つかった」
「それがダンジョン?」
「そ。ここ、水元公園跡地の第2ダンジョン【忌兵】が発見された。二十年前さ。その事実を左翼系新聞二社がスッパ抜いた。国と東京都はダンジョンの存在を隠蔽しようとしている、てね。この頃すでに合衆国ニューヨークで発見されたダンジョン【蜂巣窟】に軍隊が出動して死傷者も出してる大騒動になっていたことから、有識者と呼ばれるうるさ方からも重大かつ危険視された」
「へえ。それじゃあ、日本で八つも見つかったのは?」
「当時の総理大臣が余計なことをしてくれてね。一つでも大変なのに世論の非難をかわすために一斉調査だと言って国土交通省を焚きつけた。結果、眠ってたはずのダンジョンまで起こしちまったわけだ」
「それじゃあ、当時の東京は大パニック?」
「に、ならなかったんだよなあ。さすがにその総理大臣も、公表する前にこりゃマズいってことに気づいたらしくてね。今でもほとんどの一般人が知ってるダンジョンはその【忌兵】の一つだけ。警察や消防も地下のことは水道管の老朽破裂で処理してるのが実情だよ」
「でも、ダンジョンは金になるんだろう?」
衛が本性をむき出しにした。辰巳もマズいと感じたのか、引き気味に応じる。
「そ、そうだね。最初は心霊スポットやオカルティストのダイ探険で、ネット上の噂になるくらいに失踪者が増えてる。その彼らがダンジョン内で徘徊廃人に成り果てるたびにダンジョンの危険性が看過できなくなっていった。それで今のアーバレスト・ジャパン、当時は東城興産っていう、今でも一流企業にしか知られていない大企業がダンジョン調査に乗り出して、稀少な鉱物をたくさん持ち帰って分析し、多くの死人を出しながらダンジョンを管理して、現在に至ってるわけさ」
「結構、死んでる感じ?」
「最初の二、三年は潜水服に毛が生えた程度で、〝脊髄装甲〟なんてなかった。ヴォイドガスなんていう特殊ガスは単純なゴムやナイロンじゃ遮断できなかったわけさ」
「そっか。でも二、三年で対応できたんだ」
「お上、今の社主さんが赤字覚悟で大金を投じて、宇宙服の素材でダンジョンスーツを量産したからね。スペースシャトル時代の宇宙服って日本製なんだよ。それでも機械獣の存在に五年ほど翻弄されたんだっけかな」
「翻弄されてるって意味なら、今もだろうが」いねが不平を呟いた。
辰巳は肩をすくめた。
「確かにね。機械獣との遭遇は、それこそ命がけの戦闘になる。だけどたまにそこから切り出された部品は未知の高次元技術が使われてることが多くて、ダンジョン業界では高値で取引されることもあるかな」
「たとえばっ、どんな部品?」
「そうだなあ」
「座学は、そこまでだ」
衛の声が弾んだのを察して、俺は講義を止めた。
「仕事の時間だ。機械獣反応、来るぞ」
依頼内容は、第2ダンジョン【忌兵】採掘層の掃除。
地下7階層までの探索で、報酬は四人で三十万円程度。
採掘層は広く、割がいいとは言えないが、手間よりも危険性は少ない。
機械獣が現れれば討伐か通報。残骸は他の地下生物、機械獣が捕食して持ち去るので戦闘不能にするだけでいい。
部品採取は自由だが、採掘層に揚がってくる機械獣はここ数年で研究され尽くした種類ばかりで希少性も低く、相場もそれなりだ。
衛にはまだ内緒だが、機械獣の稀少部品は宇宙工学の研究にこっそり使用されている。つまり地球上の人類技術でないことが稀にある。部品の性能を知ることは有益だが、だからといって潜穽者を増やしたくないのが、国や企業上層部の本音だ。理由は、とにかく危険だからだ。
情報をすべて公開し、ゴールドラッシュにしてしまえば人手は増えるが、死人も増える。最悪ダンジョンから地上へ機械獣を溢れさせれば、東京が廃人都市になりかねない。
俺の記憶では、自衛隊が地上戦でも対応が遅れた事例が一回だけある。銃弾が装甲で弾かれ、装甲車が体当りして辛くも仲間を守った。その若い隊員が懲戒処分された。その情報すら世間に知られることはなかった。
かくして情報は統制され、潜穽者は地下土木作業員に留まり続けた。
「接近ヴァルス3。辰巳は俺と盾で前に出る。いねは迎撃を」
「オッケー」
「任せろ」
俺と辰巳で前衛に立ち、大盾二枚で突っ込んでくる三頭の小型二足竜を止める。
衝撃。盾の上から獰猛な流線頭が飛び出して牙を剥いてくる。
次の瞬間、弧を描く閃光とともに、機械獣の頭部が宙を舞った。
「なっ!?」
その鮮やかな斬撃に、俺は驚きを呑んだ。
いねの武器は戦鎚だ。となればパーティで手が空いているのは一人しかいない。
「部品部品っ、お前らの部品をよこせー!」
さらにその斬光は止まらず、辰巳が防御に構えた盾に突進する前の個体の首も斬り上げた。
残り一体は劣勢と断じたか、嘴吻を返して逃走に転じた。
その後頭部に追撃の剣が突き刺さる。
爆発。
「うそっ、爆発すんのは聞いてない。やばっ」
衛は慌てて剣を取りに走り出した。
「兄貴、小型とはいえ、ラプトル系三匹を一人で、たった七秒で制圧? どうなってんの」
辰巳はまだ盾を構えたまま、理解が追いつかない様子で顔を振った。
「つか、あたしの出番がねーんだが?」
よねも仏頂面で苦る。
二人から文句を言われても、俺にも答えようがなかった。
そこに護身用に持たせたショートブレードを持って、衛が戻ってきた。
「いねー、あんたの鍛えた剣、最高だな。めっちゃ使いやすい」
「ま、まあ……いいけどよ」
お前は、チョロすぎだろ。