第66話 土壇場の共闘リクエスト
回る内壁の向こうから岩が削られる音がする。
息が詰まるような閉塞感と振動が赤色灯の第二動力室内をかき乱す。
地下ロケット〝ベン・オレクセン号〟。
おれが公園に現場入りする前から建設されていた地下掘削推進車だ。特殊重機の設置には労働基準監督署長の許可がいる。またダンジョン法には坑内の車両使用は作業トロッコ車の規定しかない。なので重機ではなく車両で押し通すらしい。
ベットラーの知り合いが発明したがアメリカ国内ではさっぱり売れず、一五〇ドルの借金で愛車ビートルを差し押さえられるくらいならと、ベットラーに売りつけたらしい。
どんな人物かを訊いたら、やっぱりドワーフ族だった。
人助けだと思って発明品を買い取ったものの、あまりにもひどい乗り物だったので解体したが、残った設計図をテッド・ウォーレンが面白がった。
『〝子実体〟の応用エネルギー燃焼効率の計算は完璧、あとはエネルギー変換ダービン理論の補足と搭乗者居住空間の確保、掘削動力部の金属硬度の収斂だけだったみたい。要するに、彼にとって当面の問題は銀行に売り込むセールストーク術を磨くだけだったのかもね。完成した暁には彼の名前でもつけてあげたら?』
こうして一発限りの地下ロケットは〝ベン・オレクセン号〟と名付けられた。誰も呼んでないけど。
「なぁ、マモル。昔、こういう乗り物が遊園地にあったよな?」
[ノーム7]/童夢が室内中央の円ハンドルを掴み、歯を食いしばったままぼやいた。
「ティーカップだね。最初の頃は〝コーヒーカップ〟って呼ばれてた。初登場は一九五五年のディズニーが最初らしいよ」
辰巳がいつもの誰も得しないウンチクを披露する。
「あー、カップルが回転ベッドと勘違いしてイチャつきまくって管理員を困惑させるアレか」
「いね。僻みはやめなよ」
「はあぁっ? アタシのどこが僻んでるってんだよ。事実を言っただけだろうがっ」
「あのさ。肝心なことを訊いていい?」
網膜ディスプレイで地下上層のビーコンポイント群からどんどん離されていく自分たちを見ながら、
「おれ達、どうやって地上に帰るわけ?」
「三角跳びに決まってんだろ」いねがぶっきらぼうに言った。
「すべての問題を筋肉で解決しようとするのやめてくれよ。戦闘ありきの作戦なんだぞ」
髄液の消耗も激しいだろうし、負傷していたら地上からの救援なしでは戻れない。でも深度計はすでに一六〇メートルを越えている。ブリーフィングの推定深度は一二〇メートルだった。ベットラーの経験ともども、このダンジョン【忌兵】の全容は浅いと言われながら本当に読めない。
[日雁青江]や一文字派と呼ばれる[山鳥毛]系列のチームはこの〝ベン・オレクセン号〟の後を探索し、階層の発見とゾンヴォイドの掃討。およびここへ逃げ込んだ小此木たちの捜索を行うことになっている。
ベットラーはいった。
「到達深度の確認と同時に、地上にワイヤーゴンドラが設置される。設置はヤマさんたち作業班がやる。それ使って、お嬢が浄清儀式を行うために降ろされる」
「ということは、それまでにおれ達でマガツカミを討伐することが前提、ってことか」
「そうなるな。ならなきゃ、帰りの電車もこねえってわけだな」
ひどい特攻作戦だ。人でなしすぎてブリーフィングでは公表されなかったわけだ。
[三島瓶割]は前回同様、特命任務がついて回る。報酬はでかいが、命がけだ。
「あの映像から察するに地下魔物だろ? オレ一度でいいから機械獣以外の魔物狩りしてみたかったんだよぉ」
童夢が声を弾ませるがが、ベットラーの顔色は優れない。
「そう言うヤツに限って、後でトラウマになって何年も病院から出られない体になっちまうんだがなあ」
「えっ、縁起悪すぎるぞ、おっさん!」さすがの童夢も慌てた。
「まあ、たぶん特大のミミズか、ヒルか、ナマズか、ドジョウくらいに思っておいたほうが精神衛生上安全ではあるがな」
「兄貴の希望的観測に賛成だね。大ムカデが出た時は僕も数日、寝込んだからね」
辰巳はさっさと絶望探しをやめた。
「機械獣の可能性はないのか?」おれが訊いた。
「この【忌兵】では、ないな。過去に何度もここへ入った俺たちが、それを一度も見てない」
深度二一〇で、トラムのアラームが燃料切れを告げた。動力部の駆動音が急速に弱まっていく。
『たいしょー。ドンピシャリだ。地下空洞にでたようだ。船体の五メートル下に地下湖沼が広がってる。我々が先に出るぞ』
おれたちの上部空間(通称・船室)に乗り込んだ[山鳥毛]長尾輝彦から連絡があった。あっちはここと違い、外部ドアが付いている。
「了解。[三島瓶割]は、ファーストアタックを[山鳥毛]に譲る。慎重に進んでくれ。危険と感じたら声をかけろ、生き残るために全員で対処するんだ」
『了解。[山鳥毛]総員、降下準備。我々が一番槍をつけるぞ』
天井で硬い鉄板を踏む音が複数続いた。
「ベットラー。おれ達は?」
「[山鳥毛]がロープで地下空洞の底まで降りるのを待って、俺たちも船体の壁を破って下船だ」
「このごつい万能ナイフ一本で壁を切り裂いてドア造って脱出とか、設計ミスだろうが」
「童夢。どうせコイツは一発勝負の使い捨てだ。片道でも使えただけ本望だろうぜ。さしあたりセーフハウスを確保して火を熾す。基本を崩さず行くぞ』
「了解」
おれは船体の装甲壁を厚手のナイフで切り裂いて引き剥がした、その直後だった。
「で、出るなっ。まだ誰も外に出るなーっ!」
切り裂いた鉄板の隙間から外の闇を見て、おれは叫んでいた。
次の瞬間、おれの背中は船内のどこかに叩きつけられていた。
§
「たいしょー。先陣の誉れを[山鳥毛]に譲ってくれないか」
最終ブリーフィング後、嫌味なく爽やかに、そして図々しく申し出てきたのは[山鳥毛]のリーダー・長尾輝彦だった。
二十代後半のスーツがよく似合いそうな甘いマスクで、ヒンドゥスタン社の脊髄装甲[トリシューラ]の強面に違和感を覚えるほどの貴公子だ。
「輝彦。今夜の仕切りはそっちだから別に構わねぇが、笛が鳴ってから言い出すのもどうかと思うがね。それにこっちは特命任務だぜ。手柄欲しさに目が眩んだとしても、付き合うには命がいくつあっても足んねぇぞ」
ベットラーは依頼者が知り合いだからだろう、「手柄を譲れ」と頼む態度に機を悪くした様子もなくしかし、あけすけに言い放つ。
長尾輝彦も笑顔で応じる。
「わかっているとも……その、たいしょーの前だから腹を割るんだが、[山鳥毛一文字]は今回通常報酬に少しでも上乗せが欲しい。海外遠征で契約先の払いがひどくて、チームの台所に火がつきそうなんだ」
「マネージメントは宇佐美が間に入ってたんじゃねえのかい?」
甘いマスクが苦々しく歪んだ。
「春までのレンタル移籍契約で、現地アメリカ・セオンレイ社のエージェントが付いてた。女性だったが、名前さえ思い出したくないほどアジア人の扱いもペイもひどかった」
「だがあえて知っておきたいねえ。キャロライン・ルーとかか?」
「たいしょー、あの女を知ってるのか!? 私の人生で最悪の女だよ!」
「ふぅむ、そうか。まあダンジョン業界は広いようで狭いもんだ。いいだろう。俺たちは動力部の空室を使うから、船室を使ってくんな」
「いいのかい? 頼んだのはこっちなのに、そこまで厚遇してくれなくても」
ベットラーはヒゲの隙間からニカリと白い歯をみせた。
「勘違いしなさんな。輝彦たちが海外でダンジョンの女神に冷や飯を食わされ続けてるなら、今夜の特等席は敵の正面にでるかもしれねぇ、そこを譲ってやるって言ってんだ。意味はわかるな」
「うっ……ははっ、まいったな。返す言葉も見つからない。だが感謝する」
「輝彦。ここは他より浅いダンジョンのはずだが、東京ダンジョンの一角、一グラムの油断も焦りも地上に置いて行くことだ。ダンジョンではチームの攻めを第一と信じない奴から喰われる」
「もちろん心得ているよ。たいしょーの言葉はいつも学びをくれるからな」
このイケメンも結城と同じお殿さまなのかもしれない。ダンジョン探索は貴族の嗜みなのか。そして誰も彼もこの経験豊富なドワーフに敬意を払い、頼りにしている。
おれも、少しずつでもベットラーの弟子であることが誇りになればいいけど。




