第65話 ミカコの使命と笑えない事前ミーティング
「嵌られたのよ。祖父に」
ミカコは困惑に目線を下げて、唇を引き結んだ。
「私、日本に呼ばれたのって仕事の才覚を見込まれたんだと思ってた。でも、違ってたの。祖父は単純に、若い東城の血が必要だった」
「東城の、血って血縁ってこと?」
「天帝家は天照大神を祭り、国を鎮護を司る。それなら大地を祭り、国を鎮護を司るのは誰がするの? それが東城家の素顔、お役目だったの」
「ごめん。おれにはスケールがでかすぎて、ちょっと何言ってるのかわからない」
「うん。でも聞いてて。それで……マモルもこの間のドローン映像。見たのよね?」
「まあ、一応。地底になんか動いている『物』がいた程度には?」
ミカコはこくりと頷き、腕をかき抱いた。
「あの映像の奥に御影石っていう大きな石碑が立てられてるそうよ。時代は平安時代よりも前。でも石碑には漢字らしきものが彫られているらしいから、大陸渡来人が彫ったものと推測されてる。つまり、それが東城家の祖先ってわけ」
「ミカコ姉、ちょっとおれにはきついよ」
「いいから聞いてて。聞いてくれるだけでいいから。ここからはあの映像で確証を得た祖父の仮説よ。私だって奇想天外すぎて、頭おかしくなりそうなんだから。この話の不幸なのところは、あのクソジジイが微塵もボケてないところが狂気すぎるの」
言い方。祖父への評価が散々だな。
「彼の話では、その御影石が千年前に封じられた異界の客神・アラ、あららば?」
「あらはばき」
童夢が補正した。東城系列の人間は知っていることらしい。
「その荒覇吐神によって穢されて続けて。禍津神となり、東京を魔都としないためには禍津神を祓わなければならない。そのために東城の血筋が地下まで下りていって浄清儀式を行う、ということらしいの。そこで白羽の矢が刺さったのが、東城直系で一番若い私ってわけ」
白羽の矢が立てられた、な。ニュアンスは間違っていないが。
おれはどこまでも凡人らしい。今はまだあの黄色いオリジンで頭がいっぱいだった。
「ミカコ姉。ごめん、おれ今ちょっと頭ん中パンパンでさ」
「うん……そうね」
「でも要するにさ、ここのダンジョンの底で蠢いてるのがマガツカミって奴かどうか確かめて、おれ達がそいつをぶっ飛ばす。んで、そっから先はミカコ姉が儀式をやる。それで朝を迎える。で、いいんだよな?」
「そう、だと思う。私がその御影石に神降ろしを……うん、きっとシンプルね」
「ここ数日連絡なかったのは、その練習だったのか?」
「そう。祖父の命令でサムカワ、ヒカワ、シミカワの寺院を回らされたり、ダンス教室で一週間、神様に捧げる振り付け覚えたり。そしたら昨日、七日目にダンス用の姿見や窓ガラスが一斉に割れて大騒ぎ。でもまあ、効果だけはあるみたいね」
神楽舞を舞っただけで、周りに物理破壊が起きる血統ってなんだよ。怪奇現象じゃねえか。
「なら、おれ達がミカコ姉をその石まで徹底的に露払いしてやるよ。それでミカコ姉は大トリだ。年末の大物歌手みたいにステージの天井から吊るされながら堂々と登場すればいいだけだ」
「ええっ、大鳥? 嫌よ、そんな恥ずかしい登場の仕方っ」
ミカコがやっと笑った。異文化コミュニケーションは難しい。おれも笑顔で応じておく。
「ミカコ姉。おれ達、のし上がるんだろ。なら、巫女さんでもバニーガールでも何でもやるしかないだろ」
「はあっ!? なんで私がバニーガールなんか、あれだけは絶対に嫌よっ!」
「もう二七だしな」
童夢が余計なことを言ったので、ミカコがまなじりを釣りあげて立ち上がった。
「Why!? do you care about my age!?(なんであんたが私の年齢気にするわけ!?)」
こうして、まもなく東京ダンジョンの現状打開作戦が始まるのだった。
§
最終ブリーフィングは、脊髄装甲のフェイスガードを下げた視覚画面上で行われた。
「繰り返しになるが、この第2ダンジョン【忌兵】の特徴は採掘資源が希薄だ」
発見は幕末で、地下十五メートル第5階層付近。足場となる木材は朽ち果てていたため、アーバレストが数年計画でフッ化合金製の足場を組んできた。だが、めぼしい〝子実体〟の鉱床には至っていないらしい。
そして今回発見されたのが、クレバスの終着点が地下一二〇メートル付近で、その底に人工物が見られた。それこそがこのダンジョンを採掘していた目的ではなかったか、ということらしい。
ドローン映像の撮影時間から推定された一二〇メートルは浅いとは言えないが、ベットラーの話だと深度三百メートル近くあるということだった。
「三郷市の地下水道からの脇道は?」
「それは第4階層で、格子扉で封鎖済を確認している。たびたび南京錠を破壊されている形跡があったが、本件とは切り離して考えていい」
「数日前に在日外国人たちがこの中を爆破した影響はどうなりました?」
「それがこの第7階層の露出だ。彼らが使った昭和の旧式発破は第5から第7までを実に風通しよくしてくれた。第6階層は瓦礫の山で調査不能。第5階層からクレバスまでちょうどコーヒーを淹れるサイフォンの様相を呈している。すなわち漏斗が第7階層までで、ガラス管がクレバスだ。ほぼ直通状態になった」
「はっ、余計なことしてくれたもんだぜ」
「ところが、災い転じてなんとやらでね、まるっきり余計だったわけでもない」
「というと?」
「採掘層の風通しが良くなったことで、ダンジョン内の空気が撹拌されてガスが地上へ噴出した」
「マンホールを開ける前に、ですか?」
「そうだ。発破のせいで地元民にも認知されていない侵入口からガスが噴き出した。ガスは異臭騒ぎ規模までしばらく噴き出したおかげで、幻覚ガスの濃度が低下したようだ」
「幻覚ガス!? それじゃあ、今までのこの辺の幽霊目撃談って」
「そんな毒ガスが地上で拡散して、いいわけねえよな?」
「こっちざっと調べた限り、水元公園から健康被害を訴えた救急コールは一件もなかった。当日の雨のおかげかもな。今ごろ、雨がガスを集めて川を下って東京湾はたまた太平洋だ。結果よければすべて良し。管理者である弊社にとってはラッキーだったよ」
割といい加減だ。そうでもなければ、まともな神経でやってられないか。
宇佐美統括は続ける。
「というわけで、ここ十数年、ダンジョンは下りても下りても底にたどり着けなかったり、倒しても倒しても減らないゾンヴォイドの主因は、浄化フィルターの汚損をダンジョン内で使用し続けた結果、高濃度のガスで急性幻覚症状による迷走と同士討ちだという線が濃厚になってきた」
笑えない事実に空咳やくしゃみすらない沈黙が支配した。ダンジョン内のパニック事例は日本国内どころか、毎年頻発しているらしい。
宇佐美がミッションを発令した。
「諸君。こんなはた迷惑なダンジョンとも今夜で終りだ。残存するゾンヴォイドを一掃し、【忌兵】を踏破。そののち、当ダンジョンを閉鎖する」




