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第63話 黄色の脊髄龍鎧《オリジン》




「ハロー、ハロー、こちらラクエル・メイズ。地球の皆さん、聞こえマスかあ?」

 肉声で外国人が、日本語で交信してくる。

「ねえ、返事しなよ。ボケ倒しじゃん」


「敵か?」

「un-huh. 今のところ、味方じゃないことだけは確かかなあ」


 黄色の脊髄龍鎧が一歩前に出ると、おれは一歩下がって腰背から絶縁小太刀を抜き放って構える。


「キミは誰? 中の人、あたしと同じくらいだよね。お互い未登録なんだし」


 未登録で、このプレッシャー。まさかこいつも――!?


「マモルだ」

「まもる? 守る? 何を守る?」

「冬馬衛」


「トーマ・マモルね。オッケー。ヨロシク」

「あんた、ダンジョン採掘を邪魔してるのか」

「今そういう団体に雇われてるの、ラクエルたち」


「たち?」


「そう、相棒は無愛想なやつだけど、仕事はできるからシベリアンハスキーみたいで大好き」


 俺は咄嗟にトラックを見た。そして振り戻った時には、オレンジのWラインアイが眼前に迫っていた。フェイスガードの間は十センチ。殺気がない。遊ばれてる。


「いまぁ、相棒がトラック襲ってると思ったでしょお?」

「脊髄装甲はお前だけ、なのか」


「ねぇ、知ってる? 動いてる車から積荷を襲ったら強盗になるの。警察が本気出すんだって。でも車上荒らしだと窃盗ですむのにねえ。日本の法律ってメンドーよ。でもね――」

 ラクエルの言葉尻が急に冷えた。

「仕事は、仕事だから、さ」


 俺は視界の隅で、トラックの前から二台止められたバイクのうち一台が作業用の脊髄装甲によって運ばれていくのを見た。


 街路灯の下で一瞬、横一文字に光ったように見えた。


 ――奴らの目的がダンジョンなら、まだるっこしい時間稼ぎなんざしやしねえ、

   ひと思いに交通事故にして、トラックを朝まで停めちまえばいい。

   俺ならそうするがね――


 テロリズム。おれは無我夢中で絶縁小太刀を投げに構えを変えた。

 そのタイミングで黄色の蹴りが左腰を薙ぎる。工具の入った布巻が鎧甲になったが、強い。


「感がいいバカは損をするよお!」


藍鐵(アイテツ)っ、耐えろぉ!」


 同じ脊髄龍鎧なら踏みとどまれる。

 おれは左腕で黄色の膝を抱えこんだまま右手で小太刀を投げた。

 刃は丸鋸まるのこなみの高速回転で飛んでいった。


「あ、ちょっ……このぉっ」


 爆発。黄色のオリジンの背中がオレンジに染まり、おれの影も赤く染まる。


「shit! くっ、あはははっ。Hey you! いいコンジョしてます、ネェい!」


 足を抱える左腕が不意に重くなると、右から首を刈られた。おれは蹴りに抵抗することなく流し受けて路面へ投げ出され、すぐ受け身を取って体勢を立て直す。


 その時にはもう、黄色の脊髄龍鎧は三メートルある遮音フェンスの上に立っていた。


「おい、今の爆発はガソリンが引火した爆発じゃなかったぞっ」


「みたいだね。もう一台もワイヤーが強く引っ張られて安全レバーが飛んで、ガソリンに起爆してればトラックはおシャカだった……じゃ、帰りマスカット。あれぇ、もしかして怒ってる?」


「味方がやられたら、怒るに決まってるっ」


「ふーん、まぁ、そうかも……?」

「想像しろ。相棒を殺されたら、怒らないのか」

「はっ、つまんない想像」


 黄色の脊髄龍鎧はこちらを睨むように動きを止めた後、背を向けて遮音フェンスからストンと高架下へ姿を消した。


 そこでようやくおれはフェイスガードをおろして息を吐き、ガソリン臭い夜気を吸って派手に咳きこんだ。髄液を減らさないためにダメージをこちらで引き受ける必要があった。すぐ体内で治癒する痛みまで換装に時間のかかる髄液を使っていられない。


「[ノーム5]から[山鳥毛]。敵ユニットが逃走。追跡不可。被害の状況を」


『トラックは再出発した。二秒後にそこを通る。ご苦労だった』


 山吉豊が言い終わるより早く、おれの横をトラックがクラクションを二回鳴らして通り過ぎていった。


「山吉さん、損害は」


『前方を阻害していたバイク二台にブービートラップが仕掛けられていた。お前が交戦中に脇差を投げなければ、二台とも爆発してトラックも無事では済まなかったろうな』


「聞きたいのは起きなかった状況じゃないっ。損害は!」


 山吉豊は一瞬言い淀んで、報告する。


『バイク撤去にあたっていた[姫鶴一文字]の作業員一名、竹下が爆発に巻き込まれて現在、意識不明だ。しかし復旧シーケンスが始まってる。予断は許さないが、なんとかなるだろう』


「あいつっ、くそ!」


 おれはアスファルトに拳を叩きつけて立ち上がり、遮音フェンスに体を向けた。その背後から肩を掴まれた。


「追わなくていい。ここでのお前らの仕事は完遂だ」


 驚いて振り返ると[ダインスレイヴ]が四機いた。


 おれは急に全身から力が抜けて、その場に立ち尽くした。

 タオルを投げられたボクサーの気分だった。

 不完全燃焼の燃え(かす)が血管の中を泳ぎ、空虚が視界を暗くした。


「ベットラー……おれ、負けた。初手からあのオリジンに気圧されたんだ」


「ああ、見てた。お前が黄色いのを相手したおかげで、トラックは現場に向かってる。すれ違った時、もう追っ手の気配もなかった。黄色いのはこの〝テロ〟の見届け役だったようだな」


「ラクエル・メイズって名乗ってた」

「んだよ、お前。女に負けたのか?」


 童夢が小馬鹿にする声を漏らしたので、いねと辰巳に左右から頭を張られていた。


「この辺でダンジョン採掘を邪魔してる団体って、あるのか?」


「ん、たしか都内に十前後、事務所があったな」


「これから全部、潰してくる」


「はっ。そんな暇はねぇよ。これから忙しくなるんだ。その怒りは仕事にぶつけろ」


「仲間が、人が一人、死にかけたのにかよっ!?」


「なら、お前は、誰かの復讐をするためにオリジンを着てるのか?」


 静かに訊ねられ、おれは胸に釘を打たれた気分で口をつぐんだ。

 ヘルムを掴まれ、ベットラーの三ラインが近づいてくる。


「衛。これだけは絶対に忘れるな。潜穽者(ダイバー)にとって勝敗があるなら、その勝利はダンジョンを踏破して、ダンジョンの正体を知り尽くした瞬間だ」


「ダンジョンの正体を、知り尽くす?」


 意味不明に戸惑うおれの肩をバシンと叩くと、ベットラーは来た道を返していった。

 おれはその後を追う。


「この世界でダンジョン採掘の邪魔をする連中は、ダンジョンを神と崇めて商売をしてる」


「ダンジョンが神っ?」


「地球温暖化。人種差別。天変地異、世界的資源の枯渇と飢餓。それらすべてをダンジョンがお救いくださるとな」


「そんな理屈、無茶苦茶だ」


「実際に、そう言い出した大金持ち連中がいたんだよ。鼻から白い粉を吸い上げてキメすぎた頭で考えついたんだろう。俺たち潜穽者はダンジョンの正体が神じゃなく、ただのあなっぽこだって否定看破し、それを地上に知らせることだ」


「でもベットラー、【殺陣(アヤダテ)】に潜った時、神と呼べそうなものは一つもなかった。証明のしようがない」


「採掘層なんかじゃねえ。その下の下だ。今回【忌兵】は八つある東京ダンジョン中で一番浅いといわれてる。なのに過去十八回も潜って深淵の底までたどり着けてねえ。だから今回、東城は業を煮やした。今回の設定目標は何が何でも踏破だ。東京ダンジョンがなぜ発生したのか、その正体の手がかりを見つけるのが今夜の仕事だ。俺たち[三島瓶割]がやるんだ。わかったらとっと戻るぞ」


 おれは一度だけ、赤色灯が回っている外環道を振り返ると、ベットラーの背中を追った。



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