第62話 東京外環道の幽霊行《ゴースティング》
『おたく、誰っ?』
「アーバレスト・ジャパン第1地下事業課長の宇佐美っていいます。そのトラックを止めないでくれ。奴らの目的はダンジョン調査の遅延行為だ。トラックに作業重機の燃料を積んでる」
『燃料? ちょっと待ってよ。そんな表記はどこにも』
「ないよ。使う作業重機はアメリカ製でね。燃料はダンジョン鉱物の〝子実体〟って鉱石なんだが、たぶんおたくらは見たことも聞いたこともないはずだ」
『え、そりゃあ、ないよ』
「わかってる。最新研究論文にも爆発しないことになってる。安全性の高い燃料なんで可燃物輸送表記を現段階で免れてる。今夜うちはそれを早く水元公園まで届けないと商売上がったりなんだ」
『水元公園? ダンジョン業界は今オフだろ。第一、走行中のバイクを物理的に排除するのは我々でも、無理だ』
「それもわかってる。おたくらの苦しい取締事情はよーくわかってる。だからせめてトラックのほうに制止命令だけはかけてくれるな」
『トラックを止めてしまえば、彼らも止まる。我々も事情を聞きやすくなるんだ』
「それは逆だよ。止まれば、奴らはトラックの進路に自分のバイクでバリケードを築いて、キーを抜いて逃げる」
『逃げるっ? ……こいつらただの暴走チームじゃないのか?』
「聞いてくれ。わが国は世界屈指の治安優良国だ。ここは共産主義国でも軍事政権国でもない。警察でもバイクでバリケードを築くなんて発想はないはずだ。バイクは私有財産だからだ。憲法に国民の私有財産の保障がある。そうだろう?」
『いや、それは排除できるよ。あおり運転は道交法違反だ』
「お、さすが警察様々だね。頼りになるぜ、おまわりさん。だからトラックを停めないでくれ、まだ」
『まだ、とは?』
「トラックを止めるのも、その後始末も……ウチがやる」
『おい、あんた。何をする気だっ』
「悪いが、本当に時間がない。遅刻すれば一夜で億単位の金が吹っ飛びかねない事業を今夜から早朝にかけてやる。もちろん都知事も把握済みの案件だ。だからおまわりさんには、万が一の〝事故〟の処理と道交法違反の手続きだけを頼みたい。いいかい?」
『ふぅ。事故にならないようにしてくれ。それなら、そっちの話に載らないでもない』
「へへっ。話の分かるおまわりさんに掛け合えた、今夜の俺はラッキーだねえ。大丈夫。時速は三十キロで進んでるんだろ。こちらの準備が整い次第、停止はこちらか指示を出す。いったん切るよ」
通話を切ると、司令車各車に告げた。
「聞いてのとおりだ、諸君。各チームの後方支援担当は脊髄装甲の夜影迷彩で[山鳥毛]まで集合だ。目標はトラックの障害物除去。現場指揮はうちのヤマさん。はい用意、ドン!」
§
なぜかおれに出動要請がでた。
「オレら潜穽者は、髄液の消耗を抑えなくちゃいけねーからな」
小佐院童夢が[ダインスレイヴ]をノーヘルムでディシシと笑った。
今、[三島瓶割]のランチボックス車内である。
パーティ登録は四人。ドワーフ三兄妹と、意図的に不行跡となって[長曽祢虎徹]から戦力外通告された小佐院童夢がゲスト参加している。腰背には絶縁小太刀を双剣で装備している。
さっき素振りを兼ねた剣舞をひとさし舞って、他チームから喝采を浴びていた。よほど気に入ったのか、いねを姉さん呼びして、本人から「懐くのが早いよ」と顔だけ嫌がられていた。
ベットラーも剣舞を眺めていたが沈黙を守った。
おれは今回も未登録の荷物持ちで参加する。パーティメンバーには数えられないが、免許がないのに公式潜穽に参加してる自体が特別扱いだと思っている。
それでも着ている脊髄装甲は、作業用[ダインスレイヴ]という名目の[フツノミタマ]藍鐵だ。装甲を作業用(藍鉄色)と潜穽用に色分けされている。
国内ダンジョン法の定義において未登録の脊髄装甲を使用してはいけない条項はない。
『防護服及び潜穽装置を備えた作業服でなければダンジョンに入ってはならない』という定義条項のみだ。これが無装備のダンジョン侵入者に罰則を科す根拠にもなっている。
ドワーフたちの叡智によって法の隙間をくぐり抜けたおかげで、おれがここに参加できている。しかも有給でだ。
裏方の雑用バイト感覚で立ち回っていたら、人的なトラブル処理もやらされる。何でも屋だ。
「ほら、マモル行けよ。ちゃっちゃと片付けてこいよ」
「なら呼び止めるなよ」
「衛、これ持ってけ」
ベットラーの声に振り返ると、布巻きを渡された。中身は開かずとも感触でわかった。
「工具?」
「念の為だ。映像を見てて、先頭を塞いでるバイクどもの横の車間距離が気になった」
「おっさん、どういうことだ?」童夢は怪訝を向ける。
おれは夏合宿の賜物か、ベットラーの言わんとしていることを理解した。
「もしかして、バイク側に転倒する目的が?」
「映像を見た限りだがな。トラック運転手が冷静なおかげで今のところは何も起きてない。そんな感じがした。奴らの目的がダンジョンなら、まだるっこしい時間稼ぎなんざしやしねえ、ひと思いに交通事故にしてトラックを朝まで停めちまえばいい。俺ならそうするがね」
「ベットラー?」
「その細工もしっかりして来てるんだとすりゃあ、そいつは気休め程度だ。現場で小太刀を使えば銃刀法違反だからな」
こんな時でもベットラーの経験からくる洞察はきっと、正鵠を射るのだろう。
「これより、貧乏クジを引かされた我々は潜穽作戦に先立ち、輸送トラックの露払いをすることになった。バイクの搭乗者は、警察から下車命令によって下車させられる。それを待って車両を車道脇に移動させるのが、本件作業となる。台数は二八台だが、先頭の数台をどかせば十五分もかからない。トラックの再発車に便乗して戻る。では出発」
陣頭指揮を取る山吉豊は、作業員八名に声を張った。
作業員は全員、悪の秘密結社のように真っ黒な夜影迷彩だ。
おれも含めて、お互いの姿はフェイスガードを下げて赤外線を通さなければ視認できない。
山吉豊の背中を追いながら、作業版は東京外環道の屋根を走る。
夜十時を過ぎ、外環道の街の灯りも減ったが、六本木や新宿方面の夜景はむしろ夜はこれからといった明るさだった。
『司令車[山鳥毛]から作業班各員へ通達。プレジャー停止。オルカが前方に四、横に五、後方に十九はりついてたまま停車。足止めの意図は明白。至急、撤去せよ。警察には許可済み』
『作業班了解。現場三分後……嘆かわしいっ、この程度でついてこれたのはたった一人かっ』
山吉豊が怒りを多分に含んだ嘆きを吐き捨てた。
性能の差はあるのかもしれない。藍鐵では軽くランニングをした程度の疲労しかなかった。
なのに、周りは、
『ハァ、ハァ……なんで裏方の俺らが。意味わかんねーよっ』
『潜穽者と同じ速度で……走ら、されるなんて、聞いてねーぞ』
現着早々、今にも倒れそうなほど虫の息だった。
真夜中に黒い人影が膝に手をおいてゼーハー言ってる姿はひどくシュールだ。
おれは今さらながらに、すごい人物から鬼特訓を受けたんだと理解した。
「ご苦労さまです。アーバレストの者です」
山吉豊が漆黒迷彩のフェイスガードを下ろし、警察官とバイカー双方からビビられながら近づいた時だった。
〈衛、上だ〉
肌を切るような鋭利なプレッシャーとともに、藍鐵が初めておれの名を呼んだ。
「山吉さん、トラックの上に敵影っ!」
山吉豊が素早く上を見あげるのと、脊髄装甲がおれに降ってくるのは同時だった。
おれは後ろに跳んだ。立っていた場所のアスファルトが砕けてめくれ上がる。
藍鐵でアスファルトを滑走後退しながら、おれは叫んだ。
「[ノーム5]から司令車へ。脊髄装甲の襲撃を受けたっ。指示を!」
『脊髄装甲だって!?』宇佐美が声をあげた。
「敵機はトラックの荷台に取り憑いてた。ダークイエローの装甲。識別信号なし。赤外線吸収機能を持っていると思われる。現場で赤外線レーダー探知が沈黙したままだ。山吉さんとおれだけじゃ、この幽霊に対応できないっ」
おれの要請に真っ先に応答したのは、ベットラーだった。
『宇佐美。[三島瓶割]、出るぞっ。衛、五分稼げ。特訓を思い出せ。お前ならできるぞ』
「D`accordo(了解).」
今夜もまた長い鬼ごっこになりそうだ。




