第60話 懲罰覚悟の模擬戦
小佐院童夢は剣術を習っていた片鱗がある。少なくとも剣道の立ち姿ではない。
二剣を選択したのも、二刀流がかっこいいという男子発想のものではないのが構えから見て取れた。
静かだ。ただの猪突猛進だけが持ち味の新参者ではなさそうだ。
『抜けよ』
「あんた、おれ達がスクレロを倒しているところを痺れながら見て、どう思った?」
『……っ』
「おれもそこそこ活躍した。だからあんたは、おれを警戒してる。構えにそれがでてるぞ」
『ゲヘヘェッ。まあ、そんなところだっ!』
下卑た笑いとともに二剣を振り上げて肉薄してくる。速い。
だが、おれのほうがもっと速い。
鋭く突き出されたダガーを、おれは腰背の絶縁小太刀を抜きざまに打ち払う。
ダガーは外に流れても、間髪を入れずファルシオンが首を刈りにきた。
おれは横薙ぎの殺風を下ではなく、前に躱す。
『なっ!?』
性能ポテンシャルはオリジンである藍鐵に分がある。
肘で[ミュルグレス]の胸を打突した。[ミュルグレス]がよたよたと後ずさって尻餅をつく、それからすぐに後転して二剣を突きつけつつ起き上がる。
『やるじゃねえか。隠し玉なだけなことはある』
「不本意だがな。いいから無線消せよ」
『お前とも話してみたいと思ってた』
「ガキと話すことはないよ」
『ゲヘヘェッ。お前、オレより年下だろうが』
「年齢でおれを見下してる暇があるのか? あとその笑い方やめろよ。おたくのポテンシャルに対して頭が悪そうに見える。バカ様のフリ以前に、味方からも下に見られるぞ」
『小佐院家の大人が不快な顔をするのが愉しくてな。からかってたら癖になっちまった』
「直す努力はしたほうがいい。お前はできるやつだと、おれは見た」
すると、[ミュルグレス]は構えをといて、ファルシオンを肩に担いだ。
『どうせオレは今回のことで小佐院家から廃嫡される。三男だし、どこへ養子に出されるのかもわからんから、今のうちやりたいことをやるんだよ。強いヤツと戦ってみてぇんだ』
「スクレロに負けてたろ」
『武器に絶縁コーティングしてなかったんだぞ。信じられるか?』
「それは、ないな。相手がスクレロじゃなくても」
機械獣は電流で動いている。脊髄装甲も感電対策はしているが、バッテリーや変圧器、動力装置を刺せば高圧電流が流れる。絶縁対策は必須だと辰巳から聞いた。
『だろ? あれは、ねーよ』
「じゃあ、廃嫡になれば生存率が上がるんじゃないか?」
『生存率……そうかも』お前の実家は鬼の棲家なのか。
「養子なら、家も学校も、名前すら変わるかもしれないだろ。養子先の希望とか出してみたらどうだ。もちろんあればだが」
『はっ、進路相談かよ……』
「進路相談だろ。また絶縁コートもしてくれない親になったら、ダンジョンで死ねと言われてるのと同じだぞ」薄情だったのは親じゃなく伯父だったか。
『はーい。若者トークはそこまでにしてちょうだい。試験続行』
ウォーレン博士から催促の横槍が入った。
「D`accordo.」
いつもの応答して無線を切り、はたと気づいた。
「意外と、癖になると直らないもんだな」
後ずさり距離をおきながら絶縁小太刀を鞘に納めた。仕切り直しだ。
[ミュルグレス]が跳躍突進とともにファルシオンを振り回す。
それを躱し、距離を置く。容易に近づけなくなった。ファルシオンの大振りで懐を空けたと見せて、入ってきたところをダガーで刺す罠が透けて見えた。
なら、その罠を壊すしかない。
左に回ろうとするとダガーが突き出される。その刺突を納刀から抜きざまに打ち払う。そして納刀。
「ゲヘヘェッ、今の居合術かよ!」
フェイスガードをあげて直接話しかけてきた。話好きか。おれはさっさと無視する。減俸が怖い。
左に回りながらダガーで応じさせる。それを四度、五度と打ち払った時だ。
甲高く濁った音がして、ダガー刃が根元から折れた。
「クソが。脆すぎだろっ」
違う。脆いんじゃない。安物には違いないだろうが。
模擬戦に業物なんか持ち込むのは、おれの絶縁小太刀くらいだ。その峰(刃の反対側の厚い部分)で何度も打ち叩けば、短剣なら刃が潰れるか折れるに決まってる。
小佐院は得物を失って苛だった勢いでその柄を横へ投げ捨てた。
おれへ投げつけず――。その一瞬のミスをおれは見逃さなかった。
疾風突進。横へ伸びた左肘と手首の神経脈絡を切断した。関節部には脊髄装甲の駆動回路が集まっている。人体の血管や神経と同じだ。修復は髄液を消費しても時間がかかる。
「なっ!? なろぉっ」
機体内で中破アラームが鳴っているのだろう。小佐院は腕一本、ファルシオンを右から袈裟斬りに襲いかかってくる。
おれは再度、前に出た。肘撞き。今度は本気で踏み込んで、錐のごとく胸を穿つ。が――、
[ミュルグレス]の半身が開いた。
肘が空を撞く。
「舐めんなっ、同じ手を二度も食うかよ!」
ファルシオンが背中へ振り下ろされた。が、そこにおれはいなかった。
顔面へ跳躍の頭突き。
「がっ!? は……っ?」
小佐院は狐につままれた顔をしてのけぞった。
そこへおれが顎下に腕を押しつけて地面に倒す。
『そこまでよ』
ウォーレン博士の一声で、絶縁小太刀の切っ先が小佐院の鼻先で止まっていた。
「くそっ。あの肘打ちを躱した後から、追い頭突きってアリかよ!」
「そこがこいつの性能だ」
〈たわけ。あれしきでわが実力と見切るは業腹じゃ〉
「性能の、ごく一部だ」
言い直して、おれは[ミュルグレス]の右腕を掴んで引き起こした。
§
「ふん、茶番だったな」
青山。アーバレスト・ジャパン本社。社主室。
俺は大液晶画面で腕を掴んで起こす[フツノミタマ]から目を離して、お茶をすすった。
玉露ではなく梅こぶ茶。しかも浅草の老舗茶屋のだ。梅のほのかな香りが馥郁と鼻に抜けて、うまい。アーバレストは主人の気分に合わせて客に振る舞う茶を変える余裕がある。客はそのご相伴に預かれるわけだ。
「それで御前、こたびの不法侵入の件、どう始末をつけるんです?」
「童夢は、小佐院の枠では狭すぎるようだ。当主の廃嫡宣告に合わせて他家へ預かりになるだろう」
「まあ、外聞としては妥当でしょうね」
「ベットラーは、どこがいいと思う?」
東城景麒は大福餅を菓子楊枝で切り割りながら、訊ねる。
「御前が処断まで、口出しなさるんですかい?」
「当然だろ、この会社建屋は東城家の領分だ。小佐院家の実権はいまだ容堂。自家のメンツを保とうと養子縁組先で家格を上げてくるだろう。失態であっても政財界に成り上がる駒に使う図太さは称賛するが、それでは他が納得しなくなる」
切り分けた大福の半分を皿で供されたので、俺はありがたく受け取って口に放り込んだ。
「お、もしかとは思いましたが、やっぱり奥浅草の〈徳治樓〉ですか」
「憶えてないのか。私は昔から餡を包んだ大福はよく喉につまらせてたんだが、ここのくるむ大福だけは不思議と喉につまらなくてな。たまに食べたくなると、必ずこの店に求めてもらうことにしてるよ」
俺は少し考えた。いろんな人物の顔が浮かんでは消える。そして、
「小佐院家指南役で容堂殿から勘気を被って致仕(引退)した椿原奥伝師範はまだご存命でしたかね」
「お……ふふっ。さすが〝生き証人〟だな。なら学校も、段手町高専にするか」
「御前。そいつはちょっと」
「厭か? 秘蔵っ子の弟子が切磋琢磨するのは」
ほころんだ景麒の笑顔に、俺は反論を試みようとしたがうまく言葉が出なかった。
笑顔をおさめると東城当主の顔で見つめてくる。彼の娘と、どこかの外孫娘にそっくりだ。
「【忌兵】討伐。[三島瓶割]で童夢を預かってくれ。あれはおそらく天賦の才を持っている」
俺は衛との対戦映像を見せられた時から、そんな気はしていた。
「わかりました。〝龍〟を屠ってまいります」
「頼む。でなければ、椿原家は養育を拒むだろう。あの家は東城黎明から忠義士の家柄。小佐院と東城の暗闘を疎い、中立を崩すまい」
「かしこまりました」
「ベットラー。今回で【忌兵】を落とそう。私の代でそろそろ東京に蓋をしてきた地獄の扉の鍵を掴まなければ、東城の沽券が尽きるように思う。容堂の暗躍、なにより陛下の鎮護が弱まる前にな」




