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第59話 窮鼠がいつも猫を噛むとは限らない 後



 相場辰巳。相場家二男で、情報担当。ベットラーと比べても長身で細身の黒髪ドワーフ。温和な顔立ちで額が広く鼻梁の高い美形なので、ドワーフにしては女性にモテる。北欧系のデックアールヴ(闇エルフ)と間違えられやすいらしいドヴェルグというドイツ系種族だそうだ。


 結局、相場兄妹は血縁関係がない別種族ドワーフだ。


 いねに言わせれば、「百年喧嘩しながら家族やってきて、最近になって息が合いだした」らしい。もう血縁を気にするのは他人の愚考らしかった。


「辰巳、どういうこと? 犯人じゃないの」


「警備部から聞いた話だと、ここ二時間で発生した不告侵入計画は小佐院家が企画したものじゃなさそうだ。今もあそこで泣きべそかいてる高校生二人のうちの一人かその両方みたいだね。もちろん彼も同罪だけど、受動的関与だ」


「受動、って。金持ちの息子が上級生から万引きしてこいよ、みたいな?」


「うん、彼らはそういう関係らしい。もう種明かしまですると、上級生二人から脊髄装甲を着させろと言い寄られ、彼が渋しぶ着せてやったら、今度はどっかに『潜入ごっこ』しようって流れになった。で、ここへ案内したらしい」


「それで、わざわざ警備厳重なアーバレストに? それっていじめられっ子がいじめっ子二人を道連れに自爆テロしたノリか?」


 呆れた。子ども同士の諍いに企業を巻き込んでどうしようというのだろう。

 いねが髄液(フリュイド)セルを換装しながら、声を弾ませた。


「マモル。思い出しとけよ。あの小佐院家は、兄ちゃんもビビったあのスクレロに怖気づかず、真っ向から挑みかかった凶暴(ブルート)だってことをな。あいつは窮鼠に陥っても反撃チャンスを諦めなかった。咬みつかずじっと耐えに耐えて、アーバレストって鮫に猫どもを咬ませたのさ」


「で、その鮫役が、おれなわけ?」


「Exactly!(その通り)」いねと辰巳が同時に笑った。


「どうだい。少しは気持ちが軽くなったろ?」


「だいぶね。もう容赦せんわ」


 補給換装が完了したタイミングでいねに背中を叩かれると、おれは立ち上がった。


   §


「もう嫌だ。こんな所、嫌だ……っ!」

「なんで俺らがこんな目に合わなきゃ、俺の親父は国交省の事務次官だぼほぉっ!?」


[ミュルグレス]が仲間の脇腹を鉄靴(サバドン)のつま先で蹴った。仲間の身体が軽々と壁際まで飛んでいった。


「君っ、まだ彼の補給が終わって――」

「こいつらはもう死んでる」

「え、死んでる?」


 技師たちが目をパチクリさせて、顔を見合わせた。


「とっとと死体を運び出して脱着(リコール)してやってくれ。これからはオレの愉悦の邪魔だ」


「な、何を言って……っ?」


「うんざりなんだよ。なにが都内屈指の都立名門校だ。親が事務次官だの医者だの代議士だの。全部親の肩書(かじ)るしか能がねー未来の初期不良品ばっかじゃねえか。何が悲しくてこいつらにへつらわなきゃならねーんだよっ、うちの親も大概、頭イってるぜ」


「ど、童夢? 小佐院、くん……?」上級生が震えながら声をかける。


「気安く呼ぶなっ。ぶっ殺すぞ。あと、お前らに渡した金二百四十万八千円は、家の顧問弁護士を通じて証拠動画のコピーを、お前らの親の事務所に裁判所の特別送達と一緒に送っといてやる。法廷で会おうや」


 髄液切れを起こした上級生の胸を蹴って、同じ壁に叩きつけた。


「髄液交換は俺だけでいい。早くしろ」

「は、はいっ」


「さっき武器使用実験って言ってたろ。こっちで使用できる武器は?」

「えっと、われわれは聞いてませんが」


「ちっ。補給要員かよ。おい、ここを仕切ってるデカい博士っぽいの、聞いてんだろ。こっちにも武器回してくれんだろうなっ」


『テッド・ウォーレンよ。何がほしいの?』


「ファルシオンとダガーを一(ちょう)ずつ」


『オーケェ。持っていかせるわ。[長曽祢(ながそね)虎徹(こてつ)]。やっと本性を現す気になったのね』


「うっせ。オレは自分の不始末をここで精算するつもりで来てたんだよ。なのにあの機体、【殺陣(アヤダテ)】に後出しされてた[三島瓶割]の隠し玉だよな。最高におもしれぇ大物を見せられたら血が騒いぢまったじゃねえか。これこそ本物の闘争だろうが!」


『よく憶えてたわね。今のところ、制御に困って暴走気味だけど』


 ゲヘェッ! 小佐院は怪鳥のような濁った奇声を上げた。


「暴っ、走っ、いいねえ。たまんねえ響きだ。そういう暴れ牛を仕留めんのが最高にかっこいいんじゃねえか。おい、早く持ってこいよっ」


『あなた、戦闘ジャンキーなの?』


「まじまじと言うんじゃねえよ。(ハズ)いんだよ。中のヤツごと殺していいか? いいよな。ここは地下だし、ダンジョン法なら無罪だ」


『ここがダンジョンならね」

「あ?」

『そっちがそのつもりなら、言質はいただくわよ。あなたも殺す気なら――、殺される覚悟があるってことで、いいのよね?』


「たりめーだ。スクレロの時は伯父貴のケチ癖が(たた)ってヘボ装備で(おく)れを取ったが、今度はグリフィン&スミス社の駆動ソフトを入れた。二世代前のだけどな」


『二世代前なら……ビダン・ジェファーソン博士ね。それなら、エンコードで[back ground G&S]を入れてごらんなさい。安全装置のオンオフができるわ』


「なに……お、なんだこりゃ。マジかよ。すげぇぞ、こいつ軍事転用モード仕込んでやがったのか、イカれっぷりが最高かよ!」


『その中のカテゴリで[ethics(エシックス)(倫理)]をオフにしておきなさいな。あなた好みの駆動範囲にまで拡張するはずよ 』


 補給を続ける技師たちがまた顔を見合わせて、息を飲んでいた。


「すげぇ、すげえぞ! 視野角が一八〇度まで、それに反応処理速度が十八%もアップした。ギャヒ、ギャヘヘッ。なあ、テッド。こっちのパフォーマンスデータも録ってんのか?」


『ええ、もちろんよ』

「なら、後で対戦データのコピーくれよ。オレの機体だけでいいから」

『いいわ。生きてたら帰りに渡してあげる』

「ゲヘェッ。まあ、見てろよ。きっちり使いこなしてやるぜぇ!」


 試験場のドアが開いて、幅広の片刃剣と短剣をさげた技師がやってきた。


   §


 ロッカールームのドアを開けて試験場に戻ると、そこは決闘場になっていた。

「テディ。どういうこと」

『二機が戦闘不能により大破して、試験場から出したわ』


 おれは大破させてない。おれがいない間に仲間割れでもしたんだろう。

 数は減ったのに、残った[ミュルグレス]は大小の刃を両手にさげて、殺気を膨れ上がらせていた。


 プロ潜穽者(ダイバー)としてデビューした小佐院が、ズブの素人だった上級生二名をさっさと排除に動いたと見ていいようだ。パーティ内の能力差がありすぎ、ポテンシャルをセーブしなければならないストレスが爆発したらしい。もともと前回のダンジョンで抜け駆け(スタンドプレー)が目に余っていた小佐院童夢が、今さら脊髄装甲の蒸着で精一杯の素人とチームとしての協調する発想なんてあるはずもないか。


「テディ。武器まで持たせて、どういうつもりだよ」


『ごめんなさいね。志願されちゃったから。つい熱意にほだされちゃったの。それに彼ひとりなら、ベットラーたちは休憩できるはずなのよ』


 ここに来る時、ベッドラーの疲れた寝顔を見ていたから、おれも条件が違うと強く出れなかった。


「あの[ミュルグレス]、性能がいいのか?」


『機動近接型ね。装甲はそれほど厚くない。内臓アプリケーションがイギリスのグリフィン&スミス社の〝AjaxⅣ〟(エイジャックス)を積んでるらしくて、リミッターの外し方を教えたわ。王立陸軍特殊部隊クラスまでポテンシャルだけは底上げされたはずだから、今の藍鐵(アイテツ)のポテンシャルを確かめるには好材料だと判断したわ』


「要するに、テディは、おれと小佐院で殺し合いをさせたいんだな?」


『マモルが勝てるって信じてる♡』


「試験監督官がノリで虎を呼び込んでお膳立てまでしておいて、現場を丸投げすんじゃねえよ、マッドサイエンティストっ!」


 開始のブザー音が鳴った。


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