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第57話 頭が疲れると心身《カラダ》がチョコを欲する



 円筒形のアクリル水槽の中で、アイツはおれを待っていた。

 緑色を帯びた濃い青色の装甲プレート。灰色のインナースキンには見覚えがあり、スクレロの外皮を使用しているようだ。確かあの機械獣は耐電圧、耐熱耐冷だった。なら内部荷電圧に強さを継承しているのか。


[フツノミタマ]通称・藍鐵(アイテツ)


 なぜ通称をつけたのか、ミカコに訊いたら、


「外国人はフツノミタマが言いにくいんだって」


 ……あんたも一応、アメリカ人なんだけどなあ。


「じゃあ、アイテツの意味って」

「あの見た目の色がね、黒に近い青の和名なんだって」


 フツノミタマがダメで、色はいいのか。ノリと響きか。結構いい加減だな。


「あの装甲、鉄なの?」

「クロム鉄由来のアダマンタイト超合金みたいよ。いねの自信作」


「へえ。さすが名工・相場いね、だな」

「でもね。クロムって硬度が高いし、ヴォイドガスの腐食にも強いんだけど衝撃は脆いはずよ」


「つまり、装甲部分は壊れてナンボってことか」

「さあ。これ以上マモルに説明しちゃうと、いねが拗ねるから。本人に聞いて」


「じゃあ、なんで藍鐵は水の中? 普通、蒸着ポッドだろ?」


一点物(オリジン)だからよ。脊髄ゲノムが複写できない都合上、再復元はできない。だから破壊されたら中の人間ごと終わり」


「おい、お嬢。うろ覚えの情報をマモルに流すんじゃねえぞ」


 いねが洗いざらしの赤髪を後ろで一つ縛っただけの、Tシャツ短パン姿で現れた。顔色に疲労は残っているが、いくぶん復調していた。


「じゃ、あとお願いね」


 ミカコも女ドワーフの肩に触れようとして、いねに素早いハイタッチで応じられた。

 なんか、いねの機嫌が悪い。


「いね。お疲れ……」


「ああ、ダンジョン討伐を前倒しにするってお達しが来て、まいったぜ。藍鐵を使えるレベルまでしとけって無茶振りされて、こっちはキリキリ舞いさせられたんだぞ」


「うん。いね達はよくやったと思うよ。ここまで」

「でもまあ、なんだ。全体能力の二五%に抑え込むことだけは、なんとかできたぜ」

「抑え込む?」


 いねはポッキーを取り出してきて小袋から一本くわえ抜くと、こっちにも勧めてくる。

 おれも一本引き抜いてくわえた。


「こいつが初めてお前に取り憑いた時、モニタリング数値は、ポテンシャル基準で全体の四八%が出力されてた。で、暴走ジャンクを解体しただけじゃ飽き足らず、兄ちゃんを襲いかけた。理由はお前が仮死状態になってたからだ。つまり半死体に憑依した亡霊状態だった」


「そう、なのか」


「次にスクレロの時は、三八から四二%を推移してた。あの大型機械獣と戦ってまだ、半分いかねえ。その時の状態は『未熟な主人が自転車を制御しきれない状態』にあったことと、脊髄につけておいたアタシの抑制端末を[ダインスレイヴ]の節制プロトコルで増幅させて抑え込めてたのが、うまくいってたんだと思う」


「あれで、まだ半分」

「違ぇよ。半分未満だ。で、今回の最大ポテンシャルは最大五二%を試算してる」

「えーと。つまり?」


「お前との数回にわたる慣らし運転で、ポテンシャル基準が底上げされた。さらに身体測定ででた数値から、今お前が全力を出して引き出せる藍鐵のポテンシャルは、初回の四八%と同程度。お人形遊びか準備体操になるだろうと予測を立てられた。それがあたしらが考える、『使えるレベル』のいっぱいいっぱいだ」


「えっ。なにそれ」


「この先、マモルがコイツから能力を半分以上引き出せたとしても、藍鐵のポテンシャルは五十%以降、六十、七十までがおっそろしく幅が広そうなんだ。現代人の力でどこまで引き出せるのかアタシにすらわかんねポテンシャルを秘めてる」


「もし、百パーセント引き出せたら?」

「確実にお前が死ぬ」

「えっ、即答?」


 いねはポリポリとポッキーを短くしていって、新しい一本をくわえる。


「日本人、とりわけ極東古代人は特別な技術で山野を駆け巡り、谷から谷へ飛び回っていたらしい。兄ちゃんも一時期、この極東土着の精神理念と身体能力の結びつきを研究してた。藍鐵はその心身一体に神降ろしすることで、戦闘能力を倍加させていたんじゃねえかと推測してる」


「なんで神降ろしなんてする必要があったんだ」


「神は不浄に触れられねえからだよ。だから力を仮託して人に喧嘩代行させ、邪悪を滅ぼさせようとした、そのための脊髄装甲=〝剣〟や〝槍〟ってわけだ」


「それじゃあ、脊髄装甲って古代知識のオーパーツなんだ」


「パワードスーツにしたのは二十世紀末のアメリカだ。大昔は鎧の中に直接脊髄を着込んで戦ってたんじゃね?」


「なんか急に適当な仮説になってないか?」


 おれが笑うと、いねはふてくされた顔をする。


「知るかよ。アタシは歴史家じゃねえ、ただのエンジニアだ」


 おれはいねの手からポッキーをまた抜き取って、ポリポリ……。


「これ、久しぶりに食べると、うまいよな」

「頭が疲れると特にな、身体がチョコを欲するんだよ」

「わかるよ、それ」


 ポリポリ……。二人でポッキーがなくなるまで[フツノミタマ]を眺めていた。


「そう言えば、午後の模擬戦は?」

「やるぞ。藍鐵にとってみれば、[ダインスレイヴ]三機じゃ肩慣らしにもならねーだろうがな」


「そこまでのポテンシャル差なんだ」

「オリジンってのはそういうもんだ。複写するごとに劣化版ができる。前に言ったけか?」


 そこで室内に警報器が鳴り響いた。ドアがブザーとともに施錠ランプがグリーンからレッドに変わった。


「おいおい、アーバレスト極東本社と知っての侵入者かあ?」


 いねは楽しそうにメインパネルの椅子に座って、状況確認を始めた。

 おれはその後ろに立つと、いねは十指でキーパネルを操作しながら、


「お前、上からアタシのTシャツの中覗いたらぶん殴るからな」


 おれは思わず脱力した。


「あのさ。何日も不眠不休で作業して、部屋に閉じ込められてる緊急事態で、今そこを気にするわけ?」


「たりめーだろうが。こっちは風呂場のラッキースケベもまだなんだぞ。疲れててお前の押し倒す力に抵抗できなかったら貞操の危機だろっ」


 この人も相当疲れてるよな。おれは思わずがっくりとうなだれた。


「いねー、タフ過ぎるよぉ。こんな状況でよくそんな妄想……そういえば、辰巳は?」


 おれは隣にキャスター付きの椅子を持ってきて腰掛けた。これで同じ目線、真顔で訊ねた。

 いねは顔を真っ赤にして悔しそうに睨みつけてくると、ぷいっと背けられた。


「さっきシャワーを代わったばっかだよ。あいつ長風呂だからまだシャワー室じゃね?」


「外から辰巳がドア叩いたら、こっちから開けられそう?」


「警報中は無理だ。ここの室内出入りだけはテディのID認証がいる。そのテディは午後の戦略会議に出かけて、しばらく帰ってこねぇ……おっとぉ、ネズミ小僧、発見伝~」ネタが古い。


 ハニカムモニターの一つに、見覚えのある脊髄装甲が一機だけ映った。


「いね、あれって……」

「ああ、[ミュルグレス]――[長曽祢(ながそね)虎徹こてつ]だ」


 そのタイミングで、メインパネルの内線電話が鳴った。いねが素早く取る。


「テディ、朗報だ。活きのいいネズミがこっちに向かってる。数はまだ一機だ。夏の終わりに思い出がほしいヤツらの仕業だろう。警備部を呼んで捕獲してくれ。」


 電話を戻すと、女ドワーフがマッドサイエンティストの邪悪な笑みを浮かべた。


「くひひっ。グッドなタイミングでのご登場だぜ、クソガキ(ラグラット)がよ」


 小佐院(こさいん)童夢どうむだったっけ。なんとか逃げろよ。

 たぶん無理だけどな。




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