第56話 徹夜明けの怪物たちとホテルで朝食を
「テディ。アレ、渡してくれたあ?」
「渡したわよ。藤安くん、御前会議のプレゼン直前に渡さないでくれってキレてたわよ」
「仕方ないでしょお。東園が嗅ぎつけてきて、妙な編集と横槍入れてこられても癪だからさあ」
青山二丁目。青山グランディアスホテル二十階のラウンジ。
朝の八時。第2技術開発部についておれの身体測定を終えると、すぐお出かけになった。
ミカコも少し声に元気がない、テッド・ウォーレンの工房に詰めて徹夜したらしい。
[フツノミタマ]の研究開発用試作機の完成が近いのかもしれない。
久しぶりの第2技術開発部に助手が増えた。ドワーフ二人だけだと思っていたら、黄色の雷獣と耳の長い青い悪魔の着ぐるみパジャマ(?)姿のスタッフが追加投入されていて、五人体制で調製が進んでいた。聞けば、黄色が日系フランス人のカケルで、青色が日系ハワイ州人のマリエと紹介された。どちらもアーバレストにサイバー攻撃を仕掛けた元クラッカーなのだとか。
「アタシ、パス……メシより、寝る」
「僕も……二時間、シャット……ダウン」
いねと辰巳はデスク下に持ち込んだ寝袋に普段着のまま入るや、三秒落ちした。
サポートに入った二人のプログラマーはついてきたが、ハロウィーンの行進だ。
彼らはホテルのラウンジに着くや皿にフルーツを山と積み上げると、寝てるんだか起きてるんだかわからないぼやけた顔でバナナやキウイを機械的に口に運んでいた。
「ねえ、いまヴォク、アボガドたべてた? 味せえへんのやけど」
「ちゃんとキウイやったで。三徹で味覚アホになってんちゃう? ま、私もこのバナナがしょっぱかってんけどな」
「それさっき、カウンターでマリエが自分で塩かけてたやん」
二人で爆笑。怖い職場だ。みんな頭がおかしくなってる。あと、なんで関西弁?
その点、ミカコとテッド・ウォーレン博士は平然としていた。
三人で和食セットを注文。発酵食品七種をメインにした茶飯に味噌汁、だし玉子焼きがついてヘルシーな構成だ。
そこに博士は牛骨スープの米麺を、ミカコはランプステーキを追加した。
「日本の料理は、どれだけ食べてもゼロカロリーよねえ」
「ねー」
十年以上前のギャグを信仰に満ちた口調で自己暗示をかけていた。
やっぱり徹夜続きで、みんなどこかへ頭のネジが飛んでいっているのかもしれない。
「ミカコ姉。アレってなんのこと?」
「後で教えてあげるわ。部外秘だから」
「いい話?」
自己防衛本能がビシビシと働く。おれがヒントをせがむと、ミカコは茶飯に味噌汁をぶっかけながら、考えこむ。
「この東京にとってはいいことかもしれないけど、マモル達には大変なことになるかもね。もちろん成功報酬は期待大だけど」
「そっち系か。なら、ミカコ姉にとってもいい話だ」
「もちろん、成り上がるチャンスになるわ。でもね、それは今回、期待してないの」
「なんで?」
「ホームランキングってさ、一試合で五十本打てばなれるわけじゃないでしょ? 毎試合に一本打つか打たないか、一シーズン全体をかけて積み上げてやっと五十本になるわけ。わかる?」
「おれ達の仕事も、一度の仕事で成り上がれるわけじゃない、てこと?」
「もちろん。だから私は今回の仕事で無理して手柄は取りに行かない。そりゃあ、この間の会談警備ではハッスルしたけどねえ。でも今回はそういうスタンドプレーはチーム全体の動きを悪くすると思ってる」
「今回のダンジョンに、ヒーローはいらない?」
「うん。チーム一つ一つが自分たちの仕事をやり遂げる。その積み上げでダンジョンを走破する。本来のダンジョンパーティシップが安全に進められるってことだと思う」
となりでテディが和食定食を片付け、早くも米麺をあえて音を立てて啜った。
「よく言うわよねえ、この女。さんざん日本のダンジョンルール破っておいて、今さら優等生面すんじゃないわよ、ねえ?」
「うっさいなー」
「不良ギャルが一つの善行で優等生になんかなれないの。優等生がたった一つの過ちで不良に落ちるのは簡単だけどさ。アンタ、どっちだったの」
「両方よ。成績良かったけど、やりたいことだけやってた。首席に興味はなかったけど、ダンスパーティはモテまくった」
「そういうの、一番嫌なヤツよねえ。ガリ勉どもの思い出、全部掻っ攫ってパーティ終わってみればぺんぺん草も生えてなくてさ。陰キャラの学園生活は妬み嫉みしか残らないパターン。アンタ、男はいても友達できなかったでしょ」
「今は、テディがいるし」
「あら……キュン」
「あのさ、そのコントまだ続くの?」
おれは二人を見比べた。
「おれの身体検査の結果どうだったわけ?」
二人は、食事の手をとめて目配せしあった。
「クリアしてたわよ」博士がずんぐりした肩をすくめた。「簡易血液検査も、正常値だったし。スキンサイズも許容範囲。問題なし」
「じゃあ、何を言いづらそうにしてるの。納期に間に合わないとか?」
「みんなで間に合わせたわ。つい今しがた」
その言い方が、おれの向かう先を示唆していた。
「アレを着なきゃいけない事態になるのか?」
「んー、まあ、そうね……ちょっとヤバいものを見つけたの。この間の犯人を追っていたらね」
「なに? この場で言える範囲で言ってよ。何を見つけたの」
「ダンジョンのヌシよ」
おれは一瞬、息を飲んだ。
「ダンジョンボス?」
「その答えは正確ではないし、まだ解析が必要よ。正直に言うと何なのかわからないのよねえ。生き物なのか、機械獣なのか。とにかく、それを排除しさえすれば、東京ダンジョンというモノがなぜ存在しているのか、ワタシたちに少しくらい理解をさせてもらえかもしれないの」
「つまり、そのヌシを斃すために、おれが?」
「そう。だから[三島瓶割]は必ず、あなた達をダンジョンの底につれていかなければならなくなったわ。なみの〝脊髄装甲〟では、刃が立たない可能性を孕んでいる問題なの」
「人でなし」
「ええ、そう詰ってくれても構わないわ」
「冗談だって。それで、そいつ殺したら、いくらもらえんの?」
ミカコがステーキにナイフを入れながら、ほくそ笑んだ。
「それは、上と要相談ね。ダンジョンの将来価値から算出されるから、たぶん二千万は超えないと思うわ」
「まじか。ダンジョンの将来価値って?」
「【忌兵】は、幕末から掘削されてたダンジョンでも国内で一番古いものらしいのよ。初期調査でも施設価値はないと鑑定されてる」
「施設価値がない?」
「ダンジョン内で発生する〝子実体〟と仮定されるダンジョン鉱物を産出しない、純粋な人工ダンジョンなの。ダンジョンの学術的価値はそれなりに高いでしょうけど。だから要観察ダンジョンとしての位置づけなんだけど」
「んー。それじゃあ、幕末の日本人はわざわざそこまで掘って何してたんだ?」
ウォーレン博士はフォーをすすると、大きく鼻息した。
「わからないの。文書記録上では、罪人を使って秘密裏に掘られていたものらしいということまではわかってる。でもその目的は不明、そのくせ、ちゃっかりヴォイドガスはあるし、鎧着てるゾンヴォイド達もいたし、最近では、ギャングたちが非合法な処理をするのにこっそり利用される施設になっちゃてたわけ。地上で家族連れがバーベキューしてる下でね」
「それで、この間の追跡で、手がかりが?」
「そ。飛ばした追跡ドローンが犯人を追ってダンジョンに入ったところで撃墜されたんだけど、通信電源がまだ活きてて、落下しながら偶然、ダンジョンの底まで行き着いて映像を記録したわけよ」
「結構浅いんだ」
「ええ。他のダンジョンと比べてね。子どもが庭でする地下冒険と地下鉄拡張工事ぐらいの差があるわね。たぶん【忌兵】だけが別格で……これ以上は、退屈な話だからやめとくわね」
「いや、むしろそこが核心部分じゃないのかよ」
「ここ、ホテル」
「あ、はい」
おれ達は食事をすませて、ミカコの支払いでアーバレストに戻った。




