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第51話 東京の狐と狸が会食するようです



 顔を合わせて、お互い腹を割って、美味しいものでも食べながら事情をすり合わせたほうが、建設的な話もできる。


「――そんために、また俺の店を貸し切るとか、お嬢の悪意しか感じねぇんだよ」

 ブツブツ言いながら、ベットラーは真摯しんしな様子で会談メニューの仕込みを進める。


 前菜(アンティパスト) (きす)のカルパッチョ

 第一皿(プリモピアット) パスタ・アッラ・ノルマ(素揚げ茄子(なす)とペコリーノを添えて)

 第二皿(セコンドピアット) たいのアクアパッツァ風

 ドルチェ 甘くないパンナコッタ/マンゴーのジュレ


「オーナー。鱚の昆布(こぶ)〆《し》めは盛りつけ直前ですか」

 ミツルさんが、確認する。


「そうだな。パスタ・アッラ・ノルマとアクアパッツァに(かす)まないよう旨味をつけたい」


「アクアパッツァに(たら)のフュメ(出汁(だし)のこと)を使うのも、そのため?」


「そうだ。鯛から出たフュメも悪くはないが、ペコリーノチーズの後では風味の濃度として力負けする。だから鱈を加えてアクアパッツァ風コトリヤードにしたのさ」


「それでアクアパッツァの特徴を残してレモンですか。なるほど。面白い」


「コース全体もオーソドックスな魚中心にしたのは、まず年寄は目新しいものに身構えがちだ。そして味が油っぽく、しょっぱいものに抵抗をもち、重いと感じがちだ。パスタに使うパンチェッタも皮剥ぎイワシの燻製のもどしを使う。イワシ特有の臭みも消えるしな」


「徹頭徹尾、高齢者に配慮した、しつこくないうまみ構成ですか」


「あの二人が特別なんだ。ただでさえ(メシ)にうるせぇヘソ曲がりのジジイとババアだからな。趣向が手抜きだと容赦なく文句を言ってきやがる。作り直せってな」


 東京ダンジョン業界の重鎮と在日華僑の古豪との会談を狐と狸合戦のように揶揄(やゆ)できるのは、ベットラーしかいないのだろう。


「オーナー」おれは帰る支度をすませて厨房に声をかけた。「おれ達は予定通りに立ち回ればいいんだよな」


「作戦配置はお嬢に任せてる。何も無いに越したことはねえがな」

「それはそうだけど。ミツルさんもお疲れ様です」


「うん、おつかれ」


 おれはタクロウさんにも挨拶して、店を出た。

 今夜の貸し切りディナーのスタッフはまた、オーナー以外二人だけになる。



 それはともかく、あの走法を会得してから、おれのランニングはランニングでなくなった。

 汗はかくけど、走る燃費が良くなったというか、疲労が軽い。いくらでも走れそうだった。

 帰宅する時間も、平凡なランニング時間の三分の一だ。もちろん車で帰ったほうが早いに決まっているが、自分の足で帰ってきたのに足が疲れないのは便利な技だと思う。


「ただいま」


 一応、声をかけて部屋に荷物を置き、シャワーを浴びて着替えると地下に向かった。

 ノートパソコンで夜間市街迷彩をデザリングして、蒸着ポッドに入る。

 今夜のおれの仕事は、警備係だ。   


「衛」「マモル」


 半分予想はしてた。だから玄関の鍵はかけないでおいた。

 蒸着を終えるとフェイスガードをあげて、空き巣カップルに言った。


「二人の報酬は出ませんよ。最悪、東城から怒られるかもしれません」

「その言い訳も考えてあるさ」

「真実はいつも一つだべさ!」


 この二人、相変わらず好奇心が先に立っている。あの刑事と会ってないから仕方ないか。


「季鏡。ダンジョンにはいくつもの思惑が絡んでるから、真実なんて権力の強い側がでっち上げるもんなんですよ」


「え~っ? マモルは、リアル思考だね」


 おれはノートパソコンを打鍵して、仕様調整しながら


「今回のダンジョン騒ぎで、一つだけリアルっぽくないところがあるんですよね」


「それ、ゾンビ化計画っしょ?」季鏡がズバリと指摘する。


「いえ。残念ながら、ヴォイドガスでゾンビ化してるのは目の前で死ぬほど見てるんで」


「十八人だな」


 結城の指摘に、おれは頷いた。


「潜穽には五人パーティ編成が基本です、十八人という数はいかにもキリが悪い。そもそもその数を誰が地上に知らせたのか。それと爆発物ですかね」


「地元の盗掘グループならアーバレストの圧力は長きにわたって身に沁みていたはずか。ダンジョンで爆発物は施設の毀損だけでなく二次災害の危険がある。法的処罰も重くなるのは自明だ」


「そうです。言い方は悪いけど、小銭を集めるネズミなら国内ダンジョンの作法と抜け道は熟知していたはず。なのに、わざわざ爆発物を使った。しかも地下十五メートルって採掘層(サーフェイス)の初期ですよ。ゾンヴォイドごと吹っ飛ばす気だったとは思えないんです」


「彼らは嵌められた、とすれば、犯人は死体を調べられては、困る?」


 おれはエンターキーを押して、二基のポッドを起動させた。


「あるいは独占ですね。犯人はカルロス・ズールイ・ホイをゾンビをメキシコの漆黒の五掌蛇(カサス・グランデス)に完全無欠で送り返さなければならなかった。その上でパーティは最初二十人だった。そのうちの二人が爆発物で十八人を下層に落とした」


「なんのために? アーバレストを怒らすためか」

「あと、ズルいホイの死体も取られんため?」


 おれは二人の蒸着を待って、告げた。


「黄道会の勢力が弱まれば、誰が得をするかです」


「誰が得をするか?」結城が首を回しながら聞き返す。「他の勢力組織じゃないのか」


「黄道会は相場が昔から肩入れするほどの在日華僑グループです。親日反日といったメディア的な便宜区別以前の、少なくとも東京のことを良くも悪くも古くから知ってる人達でしょう。その人達がいなくなった後に居座るのは日本人じゃないですよね」


「犯人の目的は都内の華僑同士の共食い?」

「二十人ものパーティが一組織から出るのは多すぎですからね。悪党狩りにしても一石二鳥三鳥を狙うのは虫がいい話ではあるんですが」


 合同潜穽(ダイブ)。カルロス・ズールイ・ホイの認証生体を奪おうと企んだ中には、東京への反感や憎悪を持つ盗掘屋もいただろう。それをひとまとめにして、ダンジョン下層へ落とした。

 何のために。

 純粋に彼らが犯人にとって、この東京ダンジョンで邪魔だからだ。


『マモル、オプションが二つ付いてるの、何?』


 二人の蒸着後、ミカコからさっそく指摘が入った。


「ボランティア活動したいんだって」


『あら、夏の課外授業体験、結構ね。マモルの報酬、減るわよ』


「いいよ。突発のバイトなんだから」


『へえ、お金お金って言ってたのに随分丸くなっちゃったわね』


「ミカコ姉のおかげだよ。感謝してる」


『むぅっ……仕方ないわね、知らない潜穽者(ダイバー)でもないから、今回だけよ』


 チョロいな。お姫様。


『[ノーム2][ノーム3]聞こえて?』

『[ノーム2]、通信クリア』 

『[ノーム3]、通信クリア』


『現在、 西池袋〈ラ・ベットラ・ダ・アイバ〉周辺にアーバレスト警備部ならびに黄道会側近部隊が五十人体制で警護にあたってる』


『小料理店の警備にしては多すぎ。フツーに営業妨害っしょや』季鏡がツッコんだ。


『貸切りだからいいのよ。キツネとタヌキの仲がそれだけ悪いってだけ理解しとけばいいわ』


 ミカコもベットラーと同じようなことを言ってる。


『私たちは連中の警備の外。会食の解散後、それぞれが車に乗ってお店を離れる前後の襲撃に備える。ポイントは会食終了を知らせる通信後の約十分。車道を走行する車両ないし、信号待ち時の併走停車両の襲撃を警戒ね』


『腕が鳴るな。合宿三日目で、早くも実戦に活かせるなんて』

『コースケ。三日で成果にコミットされるなら、みんなダイエットに成功してるわよ』

『たしかに、すみませんでした』笑いながら応じる。おれも季鏡も笑いが洩れた。


『作戦の概要は以上よ。私たちは都道441号、通称・劇場通りを決め打ちで機動する。諸君には三日分以上の成果を期待してる。以上』


 了解。唱和して、おれ達は地上にあがった。



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