第50話 陰謀令嬢と頑固ドワーフ
「余計な真似をしてくれたもんだな!」
青山にあるアーバレスト・ジャパン本社。地下一階のミーティング室。
おれは廊下に出ていたが、ベットラーの怒声は防音ドアすら貫通した。
「あのまま抛っておいてくれたら、俺は五体満足で家に帰れたんだ!」
「ベットラー。[三島瓶割]はアーバレストに正式復帰してるの。所属ダイバーを拉致監禁されたのだから、こちらが対応するのは当然の反射よ」
「合衆国ならそうだろうが、ここは日本だ。俺は黄道会の幹部たちとは数世代にわたって面識がある。奴らは元もと荒事を好まない。俺だって今さらあの程度の監禁で泣きべそはかかねえよ」
「ベットラー、話をすり替えないで。彼らの説得に失敗したんでしょう?」
憤怒を吐き出していたドワーフが、不意に押し黙った。
「アーバレスト社員を過失なく拉致し、ダンジョンに十八人も不告潜穽した。国際法、国内のダンジョン法においても明確なテロ行為よ」
「十八人だと!? ダンジョンを破壊したのかっ?」
ミカコは静かに頷きつつも、ベットラーから目を離さない。
「地上探査車が階層が崩落する前に、地下十五メートル付近から爆発物の振動を検知してる。彼らがダンジョン内で爆発物を使ったことは明白よ」
ダンジョンは保有国にとっても貴重な採掘資源となりつつある〝施設〟だ。
他国が意図をもって破壊すればテロ行為になる。行政は厳重注意や遺憾の言葉で穏便に済ませようとする姿勢を見せがちだが、今回は被疑者は全員外国人で、死亡。自爆テロの見方も出そうだ。世論はアーバレストと行政に厳しい目を向けるだろう。
「ベットラー、こうなることは察しがついてたはずよね。国内の脊髄装甲メーカーは身元不明の個人や団体に装甲を売らない対テロ規約が業界内で定められている。だから黄道会は[フラガラッハ]みたいな安価スーツを外から取り寄せるしかなくて、素人同然の稚拙な技術でまんまと潜穽に失敗した」
ベットラーは席を立って室内を歩き出した。ミカコがその背を追って続ける。
「あのままあなたが監禁されていれば、次はあなた個人に潜穽を『依頼』してたわ。賭けてもいい。だってあなたはダンジョンにおいて一流のプロフェッショナルだもの。彼らは、あなたの説得に耳を貸さなかったばかりか拉致監禁した、その相手に向かっていけしゃあしゃあと頼むのよ? アーバレストを舐められてたまるもんですか!」
「お嬢。言ったろ。俺は黄道会の幹部とは面識がある」
「だから大目に見ろって? 競業避止条項は覚えてるわよね」
「その条項は、オフシーズンまで働くとはどこにも書いてねえ。だから俺が個人的に潜穽するつもりだった」
「ベットラー、こう言わなきゃ止まらない? 犯罪に加担すればクビよ」
「もういい。情に振り回されねえお嬢の気っ風は尊重に値するよ。だが何度でも言う、これは俺個人の問題だ。首を突っ込んでくれるな」
「格好つけないで! 損害が現実に出てしまったの。アーバレストの管理下にあるダンジョンに閉山中の登山気分でルールを破られて十八人も遭難死を出されちゃ、官公署に報告をあげないわけにはいかないし、マスコミも嗅ぎつけてきてるっ。あいつらのせいで商売上がったりなのよ」
ベットラーはうなだれて、頭を抱えた。
ミカコはさらに言い募る。
「アーバレストも黄道会の独善行為に対して、ダンジョン出禁を警告したわ。これを無視する行動を再度とれば、アーバレストは法的処置も辞さないわ」
「アーバレストも、ずいぶんと手回しが早いよな」
[ダインスレイヴ]の頭部をとったおれがドアの隙間からボソリと言うと、室内が静まり返った。ミカコが鋭い眼光を向けてくる。
「マモル、何が言いたいの? ちゃんと入ってきていいなさいよ!」
先に二人にしろって追い出したくせに。おれはドアを開けて入ってくる。
「ミカコ姉なら、ベットラーの相談を受けてから、アメリカにいながら情報を集められたんじゃないかなって思ったんだ」
「ええ、そうよ。だから?」
「そのまとめた情報をアーバレストが受け取った、ミカコ姉が午前中ずっと機嫌が良かったのはミカコ姉が考えたプロジェクトが、上から一定評価をもらえたから。でも今、機嫌が悪いのはその計画が想定してたよりも被害が大きくなったことで手柄が吹っ飛んだからじゃないか、と。えっと、つまりミカコ姉は上の手際の悪さを自分のせいにされて腹立ててる?」
ミカコは、ベットラーと黄道会の関係を以前から知っていて、警察や会社上層部に疑われる前に関係を断ちたいと思っていた。そこへ、メキシコ華僑が持ち込んだ死んだマフィア幹部のゾンビ復活計画が持ち上がった。この計画を東京の華僑クランに焚き付けて自滅を誘おうと画策するのだから金の魔力、政治をする人々の思考回路はぶっ飛んでいる。
ミカコにとっても、自身が統括する[三島瓶割]のリーダーが華僑クランで監禁状態にあってなお庇い立てするのは非常に都合が悪かった。だから電撃救出作戦を実行した。自宅に帰さず青山に連れてきたのは、黄道会からの再接触で人情家ベットラーに無断潜穽されては面倒見きれなかったからだ。
「だったら何よ!」案の定、上司が居直ってキレた。
おれはベットラーを見た。
「ベットラー」
「俺がどんな人間と付き合おうと、俺の勝手だろうが」
陰謀令嬢と頑固ドワーフの言い分はどうあがいても平行線だ。
「そうじゃないよ。ベットラーの名前で、黄道会と東城のトップが和解する席を設けてよ」
「俺に、トップ会談のお膳立てをしろってのかっ!?」
ベットラーも目を見開いた。
おれは政治のことはよくわからないけど、たぶんこの長生きドワーフにしかできない事件解決だと思った。
「おれはどっちのトップともよく知らないけど、ベットラーはよく知ってるんだろ? ならベットラーが間に入って、三人で顔を見ながらお互い腹を割って、美味しいものでも食べながら事情をすり合わせたほうが建設的な話もできると思うんだ。どうせみんな欲しいのは、金なんだからさ」
「ふっ。ふはははっ。ふん、ガキのくせに、この俺にナマ言うじゃねえかっ」
おれの髪をガシガシかき回して、チーム統括を見る。
「お嬢」
「えー、面倒くさいなあ。もういいじゃん、有罪で」
「たしかに奴らは国の法を犯した。だが俺は仲間と肩を寄せ合って行きてきた奴らの肩を持つ。それをいつもの後付けの法律と力で押し潰そうってんなら今後、東城とは縁切りだ。衛は俺が引き取って立派な潜穽者に育ててやらぁ」
「ちっ。[フツノミタマ]はどうすんの?」
「いねと辰巳は手を引かせる。アーバレストがたっぷり予算をかけるなり、合衆国に持ち帰るなり、好きに研究すればいい。テディも寂しくなったら、俺の店に顔出せばいいと伝えてくんな」
「私は?」
「出禁だ。アメリカに還れ」
「ちょっとぉ。なんで私にだけ厳しいわけぇ?」
「自分のでかい胸と尻に手を当てて聞いてみな。さあ、馬鹿言ってないで成り上がるために働くんだな、お姫様よ」




