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第5話 奪還



 海面からフックショットで船舷にフックをかけ、甲板まで十八メートルの船壁を昇る。

 昇る際にもハンドスクリューを手放さない。これが帰りの車代わりになる。

 積み上げられたコンテナの隙間通路に小さな緑の蛍光シールを貼り、マーキングポイントにする。

 ここを足がかりに、ハンドスクリューと背負ってきた荷物を置く。


「[三島瓶割]甲板に到達。誘導を頼む」

『了解、いま船内マップを送るよ』 


 フェイスマスク裏の画面に船舶の断面図が展開する。


『今いる場所は船体第3クオーターの後半だ。そこから六〇メートル先、第4クオーター前半の船橋(ブリッジ)手前に船内へ入る階段がある。けど銃らしきものを構える男が一人、歩哨に立ってる』


「ほしょうって?」衛が訊いた。


『見張りのこと。形状は小型だが、おそらくサブマシンガンと推測される』

 辰巳が丁寧に説明してやる。

『今回、うちは先制(ヒット&)離脱(アウェイ)を取りたいんで、接敵ゼロの迂回策を取る。八〇メートル先、船橋の裏に通気ダクトがある。そこから冷凍庫内部に直接侵入し、〝白雪姫〟を盗み出してもらう。侵入ルートを表示する』


 画面の見取り図に、緑のルート線が描かれた。


「よっしゃ、じゃあ行くか」

『[ノーム(よね)2]、待て。開始時刻は七分後』


「七分? なんでだよ」いねが不平をいった。


『一八〇〇時に、船員の夕食と入浴が始まる。その人員移動を利用して、招かざる客たちも交代で夕食に入ると推定。冷凍庫前の警備が手薄になる。その間の十分で人質を奪還し、擬体を残して撤収する』


「ぎたい?」衛が訊いた。


『デコイ、要は(おとり)だ。身代わりは風船人形で関節も動かせる。それで機械獣の視覚センサーを騙すこともできるんだ』


「へえ。でもそれで人間の目を騙しおおせられるのか?」


『時間稼ぎだよ。日本の領海を出るまで人質を奪い返したことに気づかれたくない。人質の服を着せるんだ。上着とスカートでいい。凍ってて脱がしにくいだろうが、手早くやってくれ』


「それ、おれ達がやるの?」

『今さら何ビビってんの、少年?』

「び、ビビってねーし!」


『ちなみに、東城ミカコ嬢は上から88、60、89のナイスバディだ。役得くらいに思っておきなよ。ドサクサで胸と尻にさわろうとするなよ。そばで、いねの眼が光ってるからな』


「辰巳。あとでなぐっからな」

『意味がわかんね。では健闘を祈る』

「お前ら、タイムを合わせる。開始十五分後に脱出する」



 18:00

 給気ダクトは小学生くらいの子どもが四つん這いで入れるくらいのスペースだが、船内空調としては大きい部類だ。その中を、いねを先頭に音をたてないよう匍匐(ほふく)で進む。


「マモル。前見たら蹴り殺すからな」

「狭いんだから、口動かすより先に進めよ。くそ、嫌なダンジョンチュートリアルだ」

「はん。この程度で音を上げてちゃあ、ダンジョンじゃあ稼げねーぞ」

「誰のせいだと思ってんだよっ」


 いねと衛の無駄口が続く。

 俺は[ダインスレイヴ]の聴覚が拾うダクト下の廊下で交わされる船員の会話が気になった。


 ――あの客、横浜でおりるのか?

 ――香港までだとよ

 ――船長、今度は何やったんだ? あいつらの目つき、カタギじゃねえよな

 ――どうせ博打(バクチ)の負け分を払わされてるんだろう。書類上は正規で乗り込んできてる。

   生きて陸に揚がりたかったら冷凍庫の周りをうろつくなよ


「辰巳」

『聞いてたよ。船長の名前は李七星。香港籍。リーの一族だろうね』


「七星が負けた賭場、調べられるか。おそらく都内だろう。それが盗掘屋の顔を持つ焼肉屋オーナーと同じ穴のムジナなら、ビンゴだ。そいつが今回の絵図を描いた黒幕の一人だろう」


『わかった。ちょっと時間がかかるけど調べてみる』


 東城ミカコの誘拐は、衛の盗掘バイトとは若干事情がずれる。


 ミカコがやっていたのは、純粋に衛の転居手続きに過ぎないと俺は推測している。本家に黙って自分が名義人となり、タケルの子供たちの面倒を見ようと考えているようだ。


 ミカコにとって、冬馬タケルは命の恩人、英雄だから。


 そのついでに焼肉屋へも盗掘行動の釘を刺しにいき、逆に東城家令嬢であることを悪用されたのだとしたら皮肉と言う他ない。ミカコもダンジョン盗掘を生業とするドブネズミのズル賢さを学ぶいい機会にはなっただろう。


 やがて、前を進むいねの動きが止まった。


『[ノーム2]ストップ。〝白雪姫〟のGPSポイントに到達』

「了解。降下する」


 いねは[ダインスレイヴ]の腕から投げナイフを抜くと、切っ先に接着スプレーをかけて排気口の止めネジを内から素早く外していく。ゲージを外すとフックショットをダクト排気口の枠に引っ掛けた。


「衛、後に続け。必ずいねの指示に従うんだ」


 俺は自分のフックロープをほどき、衛に持たせた。

 少年は返事こそしなかったが、二人は矢継ぎ早にするすると冷凍室内に降りていった。


「兄ちゃん、〝白雪姫〟発見だ」


 着地してすぐ、いねの報告に俺は時計の残り時間を確認した。


「残り八分。回収と擬体展開、急げ」


 久しぶりに十分に満たない時間が引き延ばされる心地を覚えた。

 一般相対性理論の体感は、デジタル時計の機械的計測が時間という流動物と認識できなくなるほど神経を不安定にさせる。


 ピッ、ピッ、ピッピッ。


 ふいに冷凍庫の外から聞こえる電子音に、俺は息を飲んだ。

 暗証番号が打ち込まれている、人質の安否確認しにきたのだ。

 ロックが解除され、扉が左右にスライドを始める。


 俺はダクトに横臥した状態から指二本に輪ゴムをかけ、直径十一ミリの乳白色の玉とともに引き絞る。


 発射。


「――んがっ!?」


 開きはじめた扉の隙間から断末魔の声が漏れでた。

 扉が開ききった後には、スーツ姿の男が額から血を流して白目をむき、膝から崩れた。

 死ぬことはないだろうが衝撃はそれなりに、だ。


 乳白玉は一見、真珠と見紛うが、その正体はダンジョンに棲む〝パールスネイル〟だ。

 カタツムリによく似たダンジョン生物の殻は真珠に似た光沢を持つが、重さはパチンコの銀玉ほどもある。硬度は低くスリングショットで弾けば対象物に当たった瞬間、粉微塵に砕け散るので現場証拠が遺りにくい。


「いね。急げ!」

「マモル、ぜってー離すなよ……上げろ!」


 いねの合図で、俺は自分のフックロープを巻き取った。眼下の冷凍庫では空気が注入音が始まる。


 衛がフックロープを巻き付けた下着姿の東城ミカコとともに戻ってくると顔面からダクトの床面を擦った。背負う〝白雪姫〟を落とすまいと右腕を背後に回したことで、顔でバランスを取ったのだ。


「〝白雪姫〟確保っ。急速後退っ」


 俺はすぐにザリガニじみた動きで匍匐後退する。音をさせないことだけに注意を払う。

 甲板に出ると素早く周囲に熱源反応を確認、幸い生活時間内で船内から甲板に出て来た人影はなかった。


「ベットラー。東城さんの反応がないんだけど」


 ロープをほどいて、衛が三連ラインアイのフェイス越しに不安そうな声を洩らす。


「低体温症の意識障害だ。自力呼吸はしてるから命に別状はない。それよりマーキングポイントまで走れ。絶対に音を立てるな。彼女を救難バッグに入れ次第、脱出する。急げ」


「了解」


 東城ミカコをファイアーマンズキャリーで背負わせて衛を走らせる。

 美女のあられもない下着姿に劣情を動かす者はこの場にいない。

 俺はいねが出てくるまで警戒を続けた。


「兄ちゃんっ」


 給気口から、いねがフェイスマスクを上げて素顔を出す。

 目つきが、らしくない正義のヒーローだ。


「冷凍庫にあと、三人いた」

「撤収だ。マーキングポイントに走れ。――[ラボ]聞いたな」

『聞こえたよ。お上に手配を頼んでみる』


 上にその気があれば横浜港で止められる。悪党がこの船にあえて東城家の孫娘を載せたのは、老いた船主の未練がましい〝若さの秘訣〟を知っての狼藉とは、あえて思わないようにした。


 俺たちはフックロープを船舷に引っ掛けて、カヤック型の浮き寝袋――救難バッグとともに着水した。それで船首波を受けて乗り、船からゆっくりと離れた。


「任務完了。これより帰還する。〝白雪姫〟は自力呼吸あり。低体温、意識障害。救急車の手配を頼む」

『了解。羽田空港沖に東城家を乗せた釣り船が間もなく停泊する。座標ポイントを送るから合流して』


「了解だ。オーバー」


 俺は、去っていく大型貨物船とは反対方向へハンドスクリューのアクセルを握った。



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