第49話 ベットラー奪還
「やっぱりこの国はいいわねえ」
解放された自由を味わう天使のような上機嫌な彼女を、おれは少し警戒することにした。
指揮官の楽観論は現場に深刻な混乱をきたす場合があるからだ。あと、なんとなく妹の見舞いがダシに使われたようで、気に入らない。あとで何かを打ち明けられそうな気がした。
おれ単独では怖かったので、 結城と季鏡を巻き込んだ。
マモル[二人とも。休んでいるところを申し訳ないんですけど
これから妹の見舞いについて来てくれませんか?]
モモンガ[行くー! マモルの妹ちゃん
なまら会ってみたーい]
チベタン[いいのか、兄妹水入らずを邪魔して]
マモル[上司もいるんです。東城ミカコ
今朝ベットラーが尾行の相手に東城の名前まで出して怒ってたので
その東城の令嬢がめちゃくちゃ機嫌がいいんです……ちょっと怖くて]
モモンガ[ダンジョン放り込まれそう?]
マモル[そこまでの話になったらベットラーが困ると思って]
チベタン[おれは構わないぞ。東城とのパイプは太くしておきたいからな]
モモンガ[康介がっつき過ぎじゃない?]
チベタン[ウザいと思われるくらいがちょうどいい
本当にそう思われてもマズいから、俺は何も喋らないようにはするがな]
モモンガ[逆に喋りすぎんのも、キモいって]
ミカコは二人の同席も嫌な顔をしなかった。むしろ、
「【殺陣】ではみんなで頑張ったもんね。マモルと仲良くしてやってね」
身内みたいな言葉を二人にかけた。おれの耳には言葉に実感がこもってなかった。
ただ言ってみたかっただけなのだろう。このお姫様にはそういうところがある。
病院は、巣鴨。自宅から隣町なのはありがたかった。
ダンジョンに潜穽後、検査入院する病院に妹の六花も収容された。
五階東南の角部屋。見晴らしのいい個室だが、隔離病棟になる。
おれも三十分、一時間。時間を許す限りは妹の顔を見に来ている。大勢で顔を出すことは相場兄妹以来なので六花も喜んだ。それに妹はミカコによく懐いていた。
ミカコも妹には柔らかい表情を見せる。おれにはなかったアメリカ土産でアメコミ雑誌を渡されると妹の歓声に満足そうだった。六花はその漫画に登場する悪の三兄妹がお気に入りらしい。
相場兄妹にそっくりの筋肉質なドジ悪党だ。猫がいる前ではヒーローと戦闘しないのがポリシーなんだとか。いねを一目見て「オルジュだあ!」と歓声をあげたほどだ。
それ以来、妹にとって、いねはずっとオルジュだ。
そんな話をすると、結城と季鏡にウケた。
二時間ほど話し終わってベテラン看護師から「はい、また明日」と面会ストップがかかり、おれ達は病室を出た。
病院地下のタクシー乗り場に向かうエレベーターの中で、ミカコがやおら口を開く。
仕事の顔で。
「今朝、第2ダンジョン【忌兵】に[ブラガラッハ]十八機が不告潜穽し、二時間で全滅した」
楽しかった時間は急速に萎れて、おれは砂の匂いを嗅いだ。
「死亡した十八人の施主は〈黄道会〉といわれる在日唐華人のクランだと見られている。結構古株のクランで東城に喧嘩を売るとは思ってなかったけど。仕方ないわよね」
「相場が、今朝から帰ってきてないことと関係が?」
「ええ。彼らに捕まってる。病院を出て三十分以内に奪り還すから、蒸着してきて」
「了」
「日中の地上作戦に、〝脊髄装甲〟を使うんですか」
結城が少し狼狽えた声を挿んだ。
「[ダインスレイヴ]の機動力とパワードサポートがないとドワーフは持ち上げられないのよ。そうよね、マモル」
「肯定」
おれの即答に、ミカコは満足げに頷く。
「赤外線透過ドローンを飛ばして、すでに対象の所在、生存も確認済み。今は手錠をかけられた状態で自発的にぐっすり寝てるそうよ。ディナータイムの仕込みには出るつもりなのかしらね」
「見張りの数は」
「ゼロよ。救出後、現場にこれを置いてきて。相手へのメッセージよ」
おれは封筒を受け取った。
「現場データは蒸着後に送る。武器使用は不可。大事の前の小事、平和的解決で行きましょう」
「了」
タクシーに乗り込むと、自宅まで誰も声を発しなかった。
四十分後。町のあちこちから蝉がけたたましく鳴いている。
白昼に〝脊髄装甲〟での市街活動は初めてだ。
[ダインスレイヴ]は市街迷彩で灰色になっている。
目標の雑居ビルは四階建てのコンクリート。階段は鉄製、第一タラップには赤外線センサー。最上階四階のドア前にも同じものが設置されていて意外と防犯意識は高い。
おれはグラップルガンのアンカーをビル角の屋上に取り付けて、ワイヤーを巻き上げながら雨樋を駆け登る。
「四階、ドア前に到着。赤外線センサー確認。越境済み」
『ピッキングは』
「可能。ピンシリンダー。内部から赤外線光なし。解錠する」
『了解。周辺に生体反応なし。アンロック開始』
「了……解錠」
『十八秒。及第点ね。侵入直前のトラップに注意せよ』
「了」
ドアを開けると、廊下の始まりと終わりの床そばに赤線。〝脊髄装甲〟でなければ見逃している用心深さだ。普段使いの監禁場所にしては厳重すぎる。ベットラーはVIP待遇なのだろうか。
「対象、捕捉」
『こちらでも捕捉したわ。AI認識でベットラーを確認、バイタル正常』
おれは横臥して熟睡するドワーフを右肩に担ぎ上げると、左手でベットラーの寝ていた場所に封筒をドロップした。
「対象、確保。メッセージ投下。離脱する」
『了解。三八秒後に搬送車両が通過。黒のカーゴ』
「了……監視カメラっ!?」
部屋の天井そばの壁からベットラーを見下ろすカメラがあった。
『残念でしたぁ、そっちはとっくにカバー画像流してありますぅ。私を誰だと思ってるの?』
「言えよっ。ムッカつくなぁ。撤収開始」
『了解。帰りのセンサーに足ひっ掛けて全部台無しにしないでよ』
おれは監禁場所をでて、グラップルワイヤーを伝って雑居ビルを出た。
黒タクシーはすぐに来た。徐行だけで停車しない。おれは後部ドアを開いてベットラーごと飛びこむと、発車した。
「行き先は?」
『青山。アーバレストよ。〝ひばり撃ち〟されても困るから』
ひばり撃ちは、相手の撤退先、集合先に合わせた待ち伏せ奇襲のことだ。安全圏まで戻った安堵が大きいところを奇襲されるため抵抗できないことが多い。明確な巣を持つ機械獣に対してよくやるダンジョン戦法らしい。
『あと、いま自宅に戻ったら、コースケとキキョーの存在もバレるしね』
「ミカコ姉、〈黄道会〉ってそんなに怖いの?」
『一応、マフィアだもん』
ミカコのあっさりした答えは、おれを今さらながらに震え上がらせた。




