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第44話 とりあえず腹を割ろう



 まだ初日。

 人命救助の後も、おれ達の合宿メニューは続行された。

 再開後、おれにカードを奪われた市村季鏡がベットラーのカードを狙って池袋本町で交戦した。

 それを援護すべく結城康介も池袋本町へ向かうも、逆に[東]のカードを奪われる通信が入ってくる。


 おれは妙だと思った。


 あれほどの動きができる季鏡が結城と連携して、逆にベットラーの機動に対応できなかった。


 ……あの二人の能力差、見た目とは逆なのか。そして、季鏡のほうが結城に合わせてる。


 あの二人の仲の良さから考えて、結城がその事に気づいてないのは……。


「季鏡が実力差を知られないよう、立ち回ってる? ふぅん、あの二人の関係、だんだん読めてきたぞ」


『何が、読めたって?』


 ベットラーのいら立った声が、おれを我に返らせた。ヤバい。


『初日の訓練から高みの見物とは、いいご身分じゃねえか。衛』


「今、そっちに行くよ」


『いーや? もう捕捉したぜ』


 今どの辺りかもわからないが、おれはとっさに来た道を戻ろうと振り返った。

 ベットラーの[ダインスレイヴ1]がそこにいた。

 敵将の首をぶら下げた百戦錬磨の傭兵みたいに片手にカードのストラップ四枚を持っていた。


「怖っ!」


 で、おれが所持した[南]と[西]のカードはあっさり奪われました、とさ。


 そこからは、夜明けまでの残りの五時間。ドワーフの背中を追い回して池袋の夜を走り回るはめになった。


「お前らのカードの奪い合いゲームだったのに、全員で突っ込んでくるから俺だけ逃げ回る趣旨に変わってんじゃねえか」


 へなちょこか。軍隊キャンプよりはソフトな悪罵(あくば)を叩きつつ、ベットラーは合宿生らのポテンシャルに不満げだった。

 そしてメニュー量は……二割増で勘弁してもらえた。


「明日から腕立伏せ、腹筋、ロープ、各三百な」

「二割の要素、どこだよっ!?」

 こうして、合宿一日が終わった。



 早朝五時。

 シャワーを浴びて、小手調べ演習後のミーティング。


「市村。宿題の答えは整ったか」

「十三パーのポンコツ〝機体〟はチーム運営に差し戻して、寝る!」

「よし、最適解だ」


 合宿長から[優]をもらって、季鏡は心なしホッとした様子で肩を下ろした。


(まもる)と市村、お前ら地上で脊髄(スパイナル)レベルを上げたな?」


 やはり脊髄液(フルード)の減り具合をベットラーは見逃さなかった。

 地上での〝脊髄装甲〟による破壊使用はダンジョン法違反だが、俺は胸を張った。


「潰された車のドアをこじ開けるのに使った。あとハンドル壊すのも」

「うむ、救助活動使用を認める」


 師匠の口から事後追認されると、おれも心なしホッとした。


「だが、釘は刺しとくぞ」


「わかってる。ダンジョンでは人命優先が自己の命取りになる場合もある、だろ?」


「そうだ。ダンジョン内で人命救助が悪いってんじゃあねえ。浮上するための髄液まで他人のために使えば、ミイラ取りがミイラだ。自分まで戻れなくなる。潜穽者(ダイバー)になるなら、地上にいてもダンジョンリスクを頭から離すな」


「優秀な潜穽者はポテンシャルの高さじゃない。必ず地上に戻れる者だけが優秀な潜穽者だ」

「うん。わかってんなら、いい。さて――康介」


 ベットラーは口調を改めて、青年を見た。


「お前さん、ダンジョンに潜って何がしたい。何のために潜穽者ライセンスを取った」


「父の会社を継ぐためです」


「だったら、最終日のダンジョン潜穽(ダイブ)、お前さんだけ連れていけねぇ。行けばパーティに被害が出る」


 結城は目を見開いて合宿長を凝視した。理由がわからず戸惑って反論も見つからない様子だ。


 ベットラーは続ける。


「この合宿の主旨は、お前さんらがプロチームに入ってもやってける準備のつもりだったが、正直、会社を継ぐ目標なら、明日から経営の勉強や社交会で顔を売ってたほうが有意義だ」


 結城は、目線を下げた。


「康介。この合宿はな。お前さんが〝もうやめた〟と言った瞬間に解散するんだ」


「ベットラー、初日からそこまで言わなくてもいいだろ?」


 おれがたまらず口をはさんだ。ベットラーは結城から目を離さずに話を続ける。


「初日だから俺は言ってる。今ならまだ時間の無駄にならずに引き返せる。 どうだ、康介よ。今のは俺の言い過ぎか? 結城公康のせがれの器量を見誤ったのか」


 結城は唇を強く噛みしめて、押し黙った。そして、


「オレはその器量を払拭したいと、考えています」


 結城はまっすぐ合宿長を見返した。


「結城公康の息子だから結城の跡取りだから、生まれた直後から祖父や父と比較され続ける人生が我慢ならなかった。オレは結城一族の後継機じゃない。オレ自身の可能性を無視して勝手に将来を決める家族や企業にはうんざりだ。だから親が勧める私立校に入らず、段手町高専を選びました。……たしかに、季鏡を巻き込んだのは悪かったと思ってますが」


 おれにはその付け足しに悪びれる言葉すら、惚気のろけにしか聞こえないんだが。


「大学なんてあとからでも入り直せる。それよりもオレにしか成し得ない、まず家族を黙らせる名声が欲しかった。でなければ、父の会社を継ぐ三代目はボンクラだと言われ続ける。それだけは我慢ならないんですっ」


 東城グループに復権した結城家がどんな名門かは知らないけど、金持ちには金持ちの苦労があるらしい。それならこの間の潜穽ダイブで大物を狩ったし、【殺陣(アヤダテ)】探索層への門だって開いた。ダンジョン界隈で結城家は実力で面目躍如したと聞いていたのに。


 ベットラーを見ると、なぜか一瞬だけ目があった。


「スクレロで、お前さんの名は挙がらなかったのか?」


「それは、一時(いっとき)は……でも後になって、あれは元童子――[三島瓶割(みしまかめわり)]の相場寅治郎がいたからだろうと」


「はっ。(やっか)みもここに極まれりだな。これだから地上のへそ曲がりどもはよ」


 ベットラーがあぐら膝に頬杖をついて、徳川家康の絵になった。


「わかった。そっちが腹を割ったんなら、俺も腹を割ろう」


 ベットラーは一瞬だけ、目線を季鏡に向けた。


「今のお前さんは単独で自分より強い相手に出くわした時、スクレロで見せた時の思い切りが消えてた。自分だけの窮地を誰かが助けてもらえると思って逃げに動く癖がついてる。それは怯みであり、甘えだ。ダンジョンはその弱気を見せたヤツから喰っていく。だから連れていけねえ」


 結城の若様は身に覚えがあるのか苦しそうに顔をしかめ、となりの季鏡を見た。


「面目ありません。自分でどう克服すればいいか、わかりません」


「うん。まず徹底的に基礎をやれ。過去に学んで捨てた武術をすべて呼び戻せ。それが土台になる。そして自分というものを自分の心だけで毎日、見つめ直すんだ。禅の境地に入れ」


「それで、ホームステイですか」


「いや、そこまで深謀遠慮じゃねえよ。ご覧の通りだ、うちじゃ部屋が狭くて賄いきれねぇってのもある。あと、至れり尽くせりの別荘で和気(わき)藹々《あいあい》の金持ちの馴れ合い合宿するより、他人の釜の飯を食う、見ず知らずの他人の世話になるという交流をさせても面白ぇかと思いついただけだ」


「伊豆では結構、厳しめのメニューを設定したつもりだったんですが」


「それが厳しいか馴れ合いかは、じきにわかる。俺も潜穽者になりたての頃は他人の釜の飯を食ったもんだ。この通り、見た目が外国人だから嫌な思いも悔しい思いもしたが、いろんな日本人と家庭があるもんだと知れたら、少しだけ世界の視野が広がったのさ」


「なるほど。ちなみにその家は」

「ん、そりゃあ……東城・一藤(いっとう)家」


 おれは感慨深く相槌を打ったが、結城と季鏡は悲鳴を挙げんばかりに驚いていた。


「相場さん、そこから宗家との繋がりだったんですねっ。だから御前に重用されて」


「まて。そういう目で俺を見るな、忘れとけ。世話になった時期も明治の開闢(かいびゃく)期だぜ。一藤家ですら、もうご隠居様しか憶えてねえ話だ。今のはナシだ。忘れとけ」


 ベットラーは強面の前で手を振って、むりやり話を変えた。

 相場家の地獄メニューは始まったばかり。殺人的陽射しの下、二人は青白い顔をしてそれぞれのステイ先に帰っていった。



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