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第42話 字一色《ツーイーソー》を揃えろ 前



「市村、宿題の進捗は」


 二二時〇分。

 結城康介は、市川季鏡とともに相場家を訪れ、地下に案内された。

 相場寅治郎にイの一番でたずねられて、季鏡も苦った。


「だから、数学が残ってるだけだってぇ」

「教科を聞いてんじゃねえよ、進捗を聞いたんだ。いつまでに終わりそうだ」

「ねえ、オヤブン。それ重要?」


 季鏡がむくれた顔で聞き返すと、相場寅治郎はいかつい肩をがっくりと落とし、太い人差し指で自分のこめかみを指さした。


「イメージしてみろ。お前はプロチーム内で、駆動バグ調整を十三%残した〝機体〟を支給された。潜穽は明日の早朝四時だ。市村、お前ならどうする?」


「は? 十三パーもバグ残ってるとかポンコツ……うっ、そういうこと」


「状況は理解したな。ならその答えは宿題にしといてやる。今夜、地上訓練が終わるまでに考えとけ」


「宿題に宿題を増やされたぁ」季鏡は始まる前からうなだれた。


「相場さん、衛は?」


「今ちょっと使いに出してる。お前らの補給水を用意するのを忘れてた。種類は何でもいいと伝えてある」


「なんだぁ、オヤブンも用意悪いじゃない」


 季鏡がここぞとばかりに反撃に出た。合宿長は悪びれずに両腕を広げた。


「まあな。明日からのは発注済みだったんだが、今夜の分を忘れてた。こういうことは弟の辰巳が手配してくれてるんだが、この合宿手配は俺が全部しなくちゃならなくてな。多少の不手際は大目に見てくれ」


「水を発注とは?」康介がたずねた。

「近所のスーパーだ。とりあえず、二リットルを四ケース」

「被災地にでも送るの?」季鏡が軽口を叩く。

「今から被災するのは、おめぇらだよ」


 縁起でもない軽口をたたき返して、相場寅治郎は太鼻でせせら笑った。


「ベットラー。水、買ってきたよ」


 冬馬衛がレジ袋を下げて戻ってきた。息は切れてなかったが、ジョギングウェアはもうぐっしょりだ。外は熱帯夜だ。


「よし、それをそこの机において、布袋をこっちに持ってきてくれ。さっそく始めよう」


 布製の袋を受け取ると、相場寅治郎は康介と季鏡に袋を開いて差し出した。


「中にカードが五枚入ってる。お前らで一枚だけとって各自確認してくれ」


 いよいよ始まるのか。

 元[童子斬安綱]の鬼シゴキが。

 康介は、そっと息を呑んだ。


   §


 おれはベットラーのリラックスしたムードが妙に気になった。


 自前の〝脊髄装甲〟で地上訓練を行うのだ。たぶん官公署には連絡を入れてない。

 警察に見つかったら職務質問はされるだろう。[ダインスレイヴ]には夜間迷彩ペイントはあるが、ステルス迷彩のモードはない。


 そもそもダンジョン内で見えなくなったら、パーティ間の視認性が損なわれるし、遭難すれば救助者のビーコン範囲まで行っても、現場で見えないでは助けようがない。


 おれは黙って袋に手をつっこんだ。トランプサイズのカードを一つだけ掴んだ。

 カードに紐がついている。


「[南]?」

「オレは[東]だ」

「あたしは[西]」


 ベットラーがおれの手から袋を取り上げると、中から残った二つのカードを取り出した。

 白紙と[中]だ。やはり紐がついてる。


「お前ら、麻雀やったことあるか?」


 おれ達三人は顔を見合わせて、


「〝字一色(ツーイーソー)〟ですよね?」康介が微苦笑した。


 ベッドラーは満足そうに微笑んで、二つのカードの紐を手首に通した。


「役を完成させたら、勝ちだ」

「は?」


「これからお前たちは蒸着してすぐ、そのカードが示すの地区へ散ってもらう」


 つまり、おれは南池袋、季鏡は西池袋、結城は東池袋か。


「開始時刻は二二時二〇分。制限時間は、明日の朝四時だ」

「それを全部、揃えたら?」


「最終日の前日だけトレーニングを休みにしてやる。一人だけ自由日だ」

「マジで!?」


 季鏡が色めき立ったが、おれと結城は不安顔を見合った。


「〝親〟が揃えたら?」麻雀的な言い方してみた。


「明日から全員、最終日前日までのメニュー量を倍にする」

「げぇっ!?」


 季鏡が下品な声を出した。

 ハイリスク・ハイリターン。そんなことだろうと思った。


 でも、ベットラーが若者を飽きさせないように一生懸命、遊び感覚を織り込んだ実戦形式の訓練だ。厳しいけれど、厳しさだけじゃないユーモアを感じた。発想がいかにもオッサンだけど。


「なお、補給はそこにある水五百ミリリットルのみとする。落としたり、飲みきったら朝の四時まで給水は不可だ」


「公園の水は?」

「聞こえなかったのか、小娘。不可といったら不可だ。ルールは守れ。訓練条件にならん」


 季鏡の呼び名が市村から、小娘に格下げられた。マイペース女子高生にちょっとイラつき始めてる。


「質問」結城が挙手した。「警察や一般通行人に捕捉された場合は」


「原則、その場から速やかに離脱しろ。お前らが通報されたら全部、俺のところに来るんだ。その時はメニューペナルティの量も三倍にする」そりゃそうだよな。


「あの、質問ていうか疑問なんだけど」おれも手を挙げる。「北が入ってないのはなんで?」

「〝字一色〟だからだ」


「いや、そうじゃなくて。北池袋はなんで行動範囲に含まれてないんだ?」


「あっちは唐華街(リトル・シーナ)だからだ」ベットラーの代わりに結城が答えた。「警察や一般通行人なら警察署で止まるが、唐華人は通報する先が所属する華僑グループか、最悪マフィア組織まで行く」


「もしかして、〝脊髄装甲〟で殴り込みかけられたって?」


「その感覚は彼らに限ってのことではないさ。新宿・池袋は遊ぶには便利な町だが、一歩路地裏に入ると国際色豊かなナワバリ争いが繰り広げられている。連中も合法非合法でダンジョンに潜ってる手合いだからな。余計な蜂の巣をつついて大騒ぎさせたら、危険だ」


「そっか。わかった」 

「状況は飲み込めたか? 今からコイツのルールを説明する」


 ベットラーが自分の手を掲げてみせる。


「もう察しはついてるだろうが、俺を含めた四人でこのカードを奪いあってもらう。ただし、共同戦線、不可。戦闘も不可だ。相手を戦闘不能状態にしての奪取は反則とする」


「無理ゲーっしょや」

 季鏡が難色を示した。ベットラーは鼻息する。


「小娘。不可能を口に出すると、生存確率を下げるぞ」

「うっ、はい」


「紐はちぎれてもいいが、カードは破るな。奪られたら、仲間への報告後。五分間の行動停止」


「カードを使った鬼ごっこってわけだ」


 おれが言うと、ベットラーが生徒を見回す。


「この鬼ごっこの形式が、今回合宿の基本スタンスになる。とにかく相手を目指して走って走って走りまくれ。おっと、言い忘れてた。俺は常にこの中で一番弱いやつから奪りにいくからな」


 そう言い残して、ベットラーは蒸着ポッドに入った。


 心理攻撃だ。おれたち三人は同時に下を向いた。

 仲間を優劣を先入観で見ていれば、ベットラーはおれ達が決めた一番劣った者から餌食にかける。


 この合宿、初日から油断ができない。 




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