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第39話 しがらみ



「こちら[三島瓶割]。管制室ならびに[火車切広光]、聞こえるか」


『こちら管制室』

『松田ですっ、若はっ!?』


 若って呼ばれてるんだ。やっぱりお殿様じゃん。


「全員無事だ。現在、第23階層を踏破し、同階層に中継電波塔を設置した。任務達成を報告。これより地上へ浮上する」


『こちら管制室、了解。浮上シーケンスに入ります。お疲れ様でした』


「松田隊長」

『なんでしょう!』


「第21階層に中型機械獣の残骸を置いてあります。戦利品として引揚げ(サルベージ)させてもらいます」


『かまいません。そんな物でよければ』


 松田将郷は、御曹司が無事に階層を踏破できればよかったらしい。

 あとで戦利品がスクレロとわかれば、腰を抜かすかもしれない。


「ねぇ~え、ベットラぁ」

 ミカコが露骨に甘えた声を出した。

「スクレロの素材をアーバレストにも少し、分けてほしいんだけどぉ」


「買い取れ。適正価格でな」

「あ、はい。……まじ……に、くかよ」


 最後が小さすぎて聞こえなかった。

 とにかく、そんなこんなで、浮上だ。

 人生初の公式潜穽時間は十六時間。日程より早く浮上し、二日間の検査入院。



「なあ、冬馬」

「なんですか」


 巣鴨・東城グループ系の病院。


 結城康介と病院の大部屋で同室になった。あのうるさい小佐院童夢も同じかと思ったら[長曽祢虎徹]はアーバレスト系列とは別のダンジョン病院とのこと。ちょっとホッとする。


「お前が使ってたあの機体、何なんだ?」


「プロテクトがかかってるので、ヒントも出せないですね。実際おれもまだ片鱗すら理解できてないですから。テストパイロットなんで」


「そのパイロットになぜ、冬馬が選ばれた?」


「そこも知らないです。東城さんのゴリ押しですから」


「東城ミカコ氏は、やはり東城家の?」


「ええ、由緒正しい自称・異端児らしいです。本人そっち系で売っていくみたいですね」


「そっち系って、アイドルになろうとしているのか」


「ええ。ダンジョン業界のアイドルに。しかも雑草系らしいですよ。ドクダミ根性でのし上がりたいそうで」


 結城康介はおれの軽口を気に入ってくれたらしく、軽く笑った。


「それはなんというか繁殖力が強そうだ。それで自前の〝脊髄装甲〟が[ドゥリンダナ]か」


「終わってますよね。大金持ちのすねかじりチートです」


 ふふふっ。生ぬるい笑いのあと、お互い無言になる。


「俺も親の脛かじりから脱けたくて[火車切広光]を起ち上げたが、今回のことでだいぶ大人たちに迷惑をかけたと思う」


「チームは存続しそうですか」


「いや。親の決裁待ちだったが、こちらから活動停止にしてもらおうと思ってる」


「試作機の投入で無効潜穽(ノースコア)になったから?」


「そうじゃないさ。それは関係ない。スクレロ討伐は世間的にはまだ秘匿されても仕方ない存在だ。けど、あの討伐そのものが未評価のまま終わらせるのもまずい、という確信はあるんだ」


 終わらせるのもまずい。どういう意味だろうか。


「失礼かもしれませんが、そこまでして東城家に認められるということが大事なんですか」


「うん。うちは特に親がな。曽祖父の代から東城家の世話になっていたらしい」


「家のしがらみ、とかってやつですか?」


「一般的にはそう見えるかもな。古臭い家柄だの伝統だのとな。だが結城が東城家との関係を嫌ったことはないよ」


「東城家の傘の下でいい思いもしてきた、ということですか」


「もちろんだ。社会的厚遇は受けてきた、だが祖父も父も、東城の恩恵におごることなく研鑽も積んできた。社交は義務だし、名誉でもある。席上で参加者の顔を覚えておくことは信頼の交換、将来的な結束でもある。当然そこでも鼻持ちならない増上慢や目立ちたがり屋はいるがな。学校でラインやプロフの交換するのと、さほど変わらないんだ」


「実はおれ、中学で友達いなくて。ずっと学校以外はバイトしてました。そういう環境だったから、友達からラインを交換したり、遊びに行こうと誘ってもらったことなくて。そういうの、よくわからなくて」


 言ってて急に寂しくなってきた。だけど六花も、おれしかいなかったから。


「なら、俺とラインの交換しておくか?」

「いいですけど。基本、付き合い悪いですよ、おれ」

「いいさ。それに季鏡も、君とラインを交換したいと思うはずだ」


 俺はスマホを取り出してをたどたどしい操作で連絡先を送った。

 着信した結城康介のアイコンは犬だった。


「この犬……ん、犬ですか?」熊みたいだ。


「ああ、うちの犬だ。チベタン・マスティフという種類で、名前は蘭丸だ」


 犬種には詳しくない。


「ちなみに体重は今、五八キロだったかな」


「中に人間はいってます?」


 率直に訊いたら、爆笑された。だって俺の体重と同じなんだから。


「君のアイコン、これは中学時代の君か?」


「若返りすぎでしょ。祖父ですよ」


 もう、祖父の面影はこの写真しかない。祖父は生前、自分の写真を燃やしてしまったのだ。

 そう言ったら、結城康介は寂しげに吐息を洩らした。


「戦争を経験して家族を失った高齢者にそういうことをする人がいると聞いたことはあるが、残念だな」


「母方の羽生家は、もう未婚の伯母一人になってしまったので、祖父は絶家の始末だと言っていました」


「そうか。うりゅう……君、出身は東京じゃないのか」


「宮城県です」


 病室が静かになった。


「もしかしてこの人物、羽生道雪か、羽生心眼流甲冑兵法の?」


「そうですけど。なんで、結城さんが祖父の名前を」


 言い終わる前に、カーテンを開けられた。結城康介の顔が紅潮していた。


「家のしがらみはどっちだっ。君の家系は英雄しかいないのか!?」


「えっ、祖父が英雄? いや知らないですって。ていうか、どういうツッコミ?」


 おれは目を白黒させた。



 第一次東京ダンジョン掃討作戦――。


 作戦中、統合幕僚作戦室顧問また、教育訓練課長として潜穽者の養成所・講武館の初代館長を勤めたのが、羽生道雪だった。また副館長が、現在の段手街高専学長・桐柳永吉だった。


 同作戦が九ヶ月後、九門消失によって潜穽隊の解散と時を同じくして道雪も解任、講武館も廃止となり、下野する。その後、第二、第三と作戦が企画されて政府は招聘を要請したが、道雪は固辞し続けて逝去した。享年七二歳。


 祖父道雪もどっぷりダンジョンに関わっていたことを東京の教科書で初めて知った。


 その授業はもう少し先だが、講師から説明される頃には、おれも興味を失っているだろう。


 自分の過去を焼滅させようとしていた人が、東京で語り継がれる気分はどんなものなのか。いつか訊いてみたいと思った。



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