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第38話 達成



 尻尾が上がった。この一瞬に二人は動いた。


「季鏡っ、〝ドライブミキサー〟だ!」

「貫けぇえええっ!」


 市村季鏡が三節槍を尻尾の根元を突き刺した。

 先節を根元まで押し込むと節を折って手放し、そのまま横へ飛び離れる。


 そこへ結城康介の追撃。


「はぁあああっ!」


 八角金剛杖を螺旋(らせん)回転させ、節が折れてむき出しになった槍の穂元へ回転軸をねじこんだ。

 刺し止まった槍の穂先が連動してドリル回転、スクレロの人工筋肉をミキサーにかけて肉片をまき散らしながら貫いた。


「ベットラー!」


 冬馬衛の絶叫を聴覚マイクが拾ったのと、尾棘(びきょく)が獲物を狙った慣性を残したまま千切(ちぎ)れ飛んでいったのは同時だった。

 

 冬馬衛が呆けた様子で後ろを振り返るドワーフに飛びついていた。押し倒した相場寅治郎の上をスクレロの尾棘がかすめていく。


「[バルムンクβ]ご両人の見事な共同作業だったよ」


 辰巳が他人事のようなそらぞらしい解説が入った。


「[ノーム2]、その言い方どうにかなりませんか?」

「なまら恥ずかしいっ!」


「おい、お前ら。ふざけてる場合じゃねえ。敵はまだ生きてるぞ」


 相場寅治郎が冬馬衛を押しのけて起き上がった。

 ちぎれてピクリともしない尾棘を見て、命拾いした慨嘆か短く吐息する。


「ちっ、歳は取りたくねぇもんだな」


 手斧を持ち直すと、[ダインスレイヴ]の上腕が心なし膨らんだ気がした。

 必死の防衛で翼を振り、乱れ切りかかる鎌を難なく避け、ぶらんぶらんとのたうつ機械獣の左脚へ叩きこんだ。


 一撃で、脚が切断される。


 季鏡と一緒にその光景を見た康介は、八角金剛杖を強く握りしめた。



「[ノーム5]、小太刀でスクレロの腹を割け、ここから砲塔に向かってだ。[ノーム2]、腑分(ふわ)けを始めるぞ。[ノーム5]に指示を頼む」


「あいよ。今行く。――スクレロから電磁場反応、上昇中っ」


 辰巳が通達するや、機械獣は足を失い、もがきながら青い電光をまとい始めた。


「総員、退避っ」


 季鏡がグラップルガンを地面に打ち込み、グリップを回し投げて輪っか(ラッソ)を砲塔に巻きつけた。おれがやってみせたアース線だ。


 放電解放。フェイスガードの画面全体が真っ青に染まり、凄まじいノイズが画面をかき回す。

だが地面から電流が足下から駆け上ってくることはなかった。アース線がスクレロの放電流を地面に逃がしているからだ。 機械とは思えない生への執着に、おれは敬意さえ覚えた。


 それが最後の足掻(あが)きだったのか、スクレロは放電がおさまるとおとなしくなった。


「[ノーム5]、いいぞ。新種の機械獣を見つけるたびに腑分けは必要だ。こいつらを知ってやらなきゃ、おれ達がこいつらに腑分けされるんだ」


「了解」


 小太刀で腹を割く。別に血が出るわけじゃないが、視覚カメラを曇らせるほどの蒸気が溢れた。刃を通じて伝わってくる感触が戦っているときには気づかない、生々しさを感じた。


 そこへ背の高い[ダインスレイヴ]が飄々とやってきて、その割かれた内部構造を覗きこむ。


「こっちが変圧器で、冷却装置だから、あれ全部が電池かな。まるでサメの肝臓だね」


「どうだ」

「ないね。自爆装置」

「えっ、自爆!?」


 歩み寄ってきたバルムンク夫婦が、その場で凍りついた。


「マモル、ここの反応炉の動脈チューブを一、二、三。この順番で切ってみようか。髄液に触れるなよ。反応炉周辺の循環液は三百度だからね」


「りょ、了解。一息にやるから離れてて」


 真っ赤に唸る反応炉の耐熱管をほぼ同時にVの字で切断、蒸気とともに白い熱液が盛大に噴出した。

 湯気の中を覗き込むと、赤かった動力炉がみるみる鉛色に変わっていきやがて静かになった。


「はい。スクレロ討伐達成、おめっとさん。あとは……兄貴、あったよ」


 辰巳は反応炉のそばにある指輪の小箱ほどの黒い立方体を掴みだしてきた。


「なに、それ」

「スクレロの〝デーモンコア〟さ」


 辰巳から投げ渡されて、ベットラーはじっと黒い物体を見つめた。


「メンザ。これに銃弾があたったと考えるべきか?」


「どうかな。こいつが自爆するつもりなら、そこに電流を逆流させたって線もあるよね」


「このスクレロは最後の放電で自爆しなかった。ということは?」


「ふむ。そうだね……たぶんまだ子供だったからじゃないかな?」


「子供って……この大きさで?」おれはおののいた。


 ベットラーはいまだ懊悩おうのうが晴れない様子で、開胸した機械獣を眺めた。


「どうだい、兄貴。少しは気が晴れたかい?」


「さあな……どうかだかな」


 ベットラーは黒い箱を握りしめて、


「十三年前、一発の銃弾がスクレロに当たって地下五階にあった会場が一瞬で瓦礫に変わった。その災害現場に俺たちは志願で日本から乗り込んでいったんだ」


「それじゃあ、兄貴。リッチフォードに揚がってきたスクレロは一機じゃなかった?」


「極秘事項になっているが、二機だ。最初に爆発し大惨事を作りやがったのが一機。行方不明者捜索中の地下鉄に現れたのが一機だ。おれは偶然、後者を相手にした」


「それじゃあ、ボックスのことは?」


 ベットラーは頭を力なく振った。


「海外では今もまだ、デーモンコアの存在を匂わせつつ、その推測で止まってるはずだ。だから彼らの議論の一助になればと、また出会うことがあったら脚を狙って腑分けすると決めていた」


「当時の〝脊髄装甲〟の性能なら、そばにいるだけで装甲の中まで電子レンジだったよ」


「戦ったときも徐々に手足に感覚がなくなってきてたよ。刺し違え覚悟であと一撃を動力炉に叩き込もうと決めた。その時になってスクレロの股間から奥に生存者を見つけちまった」


「それがお嬢……それで?」


「直後に地面が抜けた。ヤツとお嬢が俺の目の前で奈落に消えた。あれは頭から消えねぇ悪夢だ」


 辰巳は肩をすくめた。


「兄貴がすぐに追わなくてよかったよ。手足が痺れたまま飛び込んでたら死んでたさ」


「最初にスクレロを斃した人物はどうなったのです?」結城康介が訊いた。


 ベットラーは嘆息して、


「事故の半日後に死んだよ。四肢をすべて失い、顔半分を失った姿でな。人々を守ろうと放った弾丸で三百人が吹っ飛んだんだ、重い罪を告白したあの兵士も被害者だったんだ」


「兄ちゃん」

 いねからの通信が入った。

「マザーボードを逃がしてきたよ」


「発信器は」


「絶賛トレース中。どうやら、うちらの勝ちは確定、二千万はゲットみたいだぜ」


 おれが振り返ると、いねが勝利に拳を突きあげてやってくる。


「あたしら[三島瓶割]が【殺陣】本界への関門を開けたんだ!」



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