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第37話 討伐



「さあ、お前たち、仕事だ」


 テントから出てきた[ダインスレイヴ]の声は少しれていたが、おれの知っている普段のベットラーとも違う、筋金の入った覇気を含んでいた。


「前衛、[ノーム5]とこの俺[ノーム1]」

「了解」


「中衛、[ノーム2]、[バルムンクA]、同じく[バルムンクB]」


「あれ、僕、中衛なんだ」

「[バルムンクA]、了解。感謝します」

「[バルムンクB]、了解。でっかいの狩るよぉ!」


「後衛、[ノーム3]および[ドゥリンダナ]。なお後衛は別動とし、金冠スカベンジャーの修理と誘導放出を行った後での後詰めをしてもらう」


 金色の耳を持つスカベンジャーは、先のスクレロに挑んだ際に胸部の外骨格が折れて伝導性チューブを数本破損して動けなくなっていた。駆動に使う電気系統の故障というやつだ。


 いねによると配線テープで直せるらしい。


「兄貴、せっかくの〝金冠〟(マザーボード)をダンジョンに逃がすのか? 地上に揚げれば、数百万円だよ?」


 数百万円っ。おれは思わず辰巳を見た。


 その好機を捨てる理由を、ベットラーは丁寧に説明した。


「本作戦は様々な思惑が入り混じったトラブルの多い潜穽となった。これ以上のトラブルを増やさないため問題の数を減らしたい。目先の金より当面の契約成就、この場の戦闘効率を上げる」


 他のスカベンジャーは第19階層からの落下と、スクレロとの交戦で集落ごと全滅している。金冠スカベンジャーが再び単騎で大敵に挑みかかられては邪魔になると判断したのだろう。


「窮鳥、(ふところ)に入れば猟師もこれを殺さず。だ」


 おれが余計なことを口ずさむと、ミカコだけがくすっと笑った。


「解釈は各自でしてかまわん。さあ、時間を合わせろ――討伐時間一〇分」


「えっ?」


「ちょっと待ってよ、兄貴。あれを十分で仕留めるって?」


 俺と辰巳で顔を合わせた。


ほふるだけなら、可能だ。中衛は、俺と衛に続け。遅れるなよ」


 俺の脊髄をつたってゾクゾクと電流が突き上げられた。


 期待されている。それが[フツノミタマ]の性能だったとしても、おれは本当の武者震いを知ってしまった。


「武勇とは積み重ねることで周囲に広く響き渡るノイズだ。それは記録には残らない。人の記憶にだけ遺る。諸君には、あの獲物から武勇を響かせるだけの、たった十分の勇躍を期待する。以上だ」


「おうっ!」


 おれと結城康介が同時に吠えていた。


 ベットラーは両手に手斧を構え、前に出る。

 おれたちの視界の彼方で、電磁砲を地面へかざしながらスクレロがうろついている。


「総員、臨戦態勢。――いくぞ、狼ども。遮二無二働けぇ!」



 疾走(はし)るっ。

[フツノミタマ]に包まれたおれは風になった気がした。


 なのに、この機体速度に並走してくる[ダインスレイヴ]には驚かされた。


 これがベットラーの実力であり、脊髄に頼り切ったおれの非力でもある。


「[ノーム5]、集中しろ。狙うのは脚だ。右か左、好きな方でいい、肉を断て!」 


「了解っ」


 スクレロが接敵に気づいて振り返りざま、左から大鎌を薙ぎ払ってきた。


「舐めるなっ」


 戦闘機の翼ほどもある刃をベットラーは両斧で受け止め、ふっ飛ばされた。だが斧の厚刃は鎌刃に咬み合わせて離さない。機械獣の右翼を封じるためにあえて攻撃を受けたのだ。


「走れ、衛っ。足を止めるなあっ!」


 スクレロはベットラーを振り払おうと躍起になる間に、おれは左へ回り込んだ。


 ブオォッ!


 せつなの風斬りの音とともに、おれの眼前にノコギリのような電磁砲塔が横振り迫ってくる。

 回避が間に合わない――。おれはとっさに抜刀した。

 電磁砲塔に視界いっぱいの火花が咲くや、おれは衝撃し、重力に弄ばれた。


 〈損害、2%。タスケは、必要?〉


「Attitude Control(姿勢制御)っ!」


〈言語変更。sure.〉


 地面で二度弾んでから、大きく宙空へ投げ出された。視界は回天。脳は天と地どちらも決めかねていたが、先に〝脊髄〟が地面を探り当て、かかとでわだちを作った。


 引力に後ろ髪と背中をひっぱられながら、滑る地面を何度も蹴って再び走り出す。


 急加速で[バルムンク]夫婦を追い越して、おれは右へ走った。



「はっやぁ!?」


「あの新型、あの強撃をもらって、もう復帰できるのか。――季鏡、おれ達は右を迂回していこう、尻尾を狙うぞ」


「彼、見殺し?」


「見てたろ。さっきのをまともに受けて死んでない。心配はいらなさそうだ。それより俺たちも急がないと部位破壊すらさせてもらえないまま、仕留められる」


「それ、だめっしょ! 手柄を立てないとチームなくなんだよね」


「そうだ。行くぞっ」

「あいよっ」


「キミら、尻尾は底部分の白い面を狙うと刃が通りやすいかもね」


 背後から声をかけられて二人は振り返った。

[ダインスレイヴ]が手ぶらで立っていた。


「うわっ。ちょっと、いたの!?」


「影が薄いって? よく言われるよ。それより注意事項だ。尻尾の外皮は背中と同じじゃない。体幹の伝導性チューブをキチン擬質という硬い甲殻で金属コーティングしてる。」


「ちょっと、何言ってるかわからないんだけど」季鏡が両手を広げた。


「上から叩くような攻撃では貫通できない。これだけでいいよ。だから底面の比較的軟質なところを狙って破壊するしかない」


「それじゃあ、俺たちでは無理ということですか?」


「心配しなさんなよ。この状況は[ノーム5]が動かす。今のマモルなら、キミらを待ちぼうけにはさせないさ。君らはこの討伐の大トリだとでも思えばいい」


「了解」


 二人はフェイスガードを見合わせて、左へ迂回する。


「康介。あの人だけ、手ぶらだべ?」


「だがあの余裕、おそらく彼は〝魔法〟が使えるのかもな」


「まほーぉ?」


「目標から距離をおいて、ずっと全体を俯瞰ふかんしていた。実力はどの程度かわからないが、あの口ぶりだと今回の出番はないと思ってるのかもな」


「でもスクレロだよ? 電磁砲もちの機械獣だよ? 要は一人だけサボりっしょ」


「それが許されるポジションなのかもな。腹を立てるだけ損だぞ」


 殿堂[三島瓶割]において彼の役割は本来、後詰め。補助支援役。万能型(マルチツール)。最後の切り札。そんなところか。相場の配置決めにも中衛を意外そうにしていた。


「彼に関しては、見た目通りに見ないほうがいいのかもな。ありがたく指示に従っておこう」



 スクレロの巨体が青く輝き始めた。

 電磁砲塔が荷電態勢に入った。


「いい加減、ベットラーの体重に嫌気がさしたかな?」


 軽口を叩いていると、砲口がおれに向き直った。 


「ベットラー、電磁砲のエネルギー充填が始まった。離れて!」


「心配するなっ。この鎌だけ絶縁セラミックらしい。翼の前にある分、ここの方が安全だ。自分の心配をしろ!」


「わかった。――[フツノミタマ]。時速七二〇〇キロメートル。秒速二キロメートルで等加速度運動する物体を捕捉できるか」


〈言語変更。可能です。でも、その初速を作り出すほどのエネルギー荷電率ではありません〉


「え?」


〈撃ってきます〉


 非情なアナウンスと同時だった。


 ビリッ。


 電磁砲から青く静謐の咆哮が放たれた。


 画面に、スカベンジャーの骨格を圧縮スクラップしたホッケーパック型の砲弾が無回転で迫ってくる。


 おれは〝信じる〟だけでよかった。

 あれが斬れる、と。


 無心。四肢が前に出る。絶縁小太刀が火花をちらしながら、醜い円盤を真っ二つにする。


 そしてまた、その先を見つめるだけでよかった。


 疾風走駆からのスライディング、余剰放電をくすぶり続ける電磁砲の下を滑る。

 暴食の円口が開き、中から狂ったように回転する四軸破砕機が目上を流れていく。


 スライディングから再び走り出し、おれは目標の脚を刈る。


「ぜりゃぁあああっ!」


 渾身の裂帛とともに小太刀で右脚を内部骨格ごと切断した。大量の髄液を浴びながら、さらに左足まで斬り込んだ。だが内部骨格を斬り抜けられず、人工筋肉が刃をくわえこんで止まった。


 欲張ったことは反省するが、慌てなかった。


 迷わず絶縁小太刀を手放し、かしぐスクレロの体幹から前転退避、ソール裏に刃風を感じた。

 おれのいた場所に右翼の鎌が断頭台(ギロチン)よろしく地面に突き刺さっていた。


「衛っ、離れろ!」


[ダインスレイヴ]が振りほどかれて地面に投げ出された。

 教科書に載せられそうな前転ひねり受け身で体勢を立て直すと、おれの所へ走ってくる。


 そのベットラーの後方から殺意の影が鎌首を持ち上げた。


 スクレロの尾棘びきょくがサソリのそれのように見えた。


 おれに駆け寄ることに注意がいって、自分の背後に気づいてない。


「ベットラァアアっ!?」



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