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第35話 暴若武人



「おいっ、いつまで油売ってる。後がつかえてるんだぞ」


 テントの窓からベットラーの三連ラインアイが覗き込んでくる。


「あはは。さすが兄貴は地獄耳だね。マモル、この話はここまでにしとこうか」


 それきり辰巳は一言もしゃべらなくなり、おれも黙って髄液交換されてテントを出た。


「おい……おい、無視すんな。ころすぞ」


 かすれた声が怨嗟のような声が足元から聞こえてくる。

 小佐院童夢。なにかにつけ、ころすころすとうるさいやつだ。


「殺害予告してくる輩に、真っ当な人間が近づくやつなんかいるわけないだろ」


「誰が輩だ、テメー! 名前をコロコロ使い分けるオメーが真っ当な人間なわけあるか」


 確かにそうだ。


「早く来い。ブチ殺されてぇのかっ」

「近寄ったら、おたくから髄液抜くけど、いいかな?」

「はっ、なんでだよ!」


「時と場所と状況を考えてない発言が多いからだよ。殺されるのは困る」


「う、るせぇっ、いいから来い。あのバケモンをやるチャンスは今しかねえんだ」


「殺すって脅されたおれが、脅してきたお前を信じるとでも?」


 小佐院童夢は忌々しげにフェイスガードの中で舌打ちすると、黙り込んでしまった。

 言葉は手段であって、感情を制御できないのは本人の問題だ。

 おれは歩哨に戻ろうとすると、テントから[バルムンク]夫婦が髄液交換を終えて出てきた。

 小佐院は沈黙。[火車切広光]に自分の情報を渡したくないようだ。


「東郷」結城康介が声をかけてくる。「相場さんの翻意(ほんい)に協力してくれないだろうか」


「翻意、ってなんです?」


「[三島瓶割]浮上の件だ。スクレロ討伐を嘆願したい」


 無茶だ。おれはベットラーの肩を持つ。


「犠牲を出したくないんでしょう。パーティリーダーとして間違った判断ではないですよ」


「そうだな。そうなんだが……ここで浮上してしまえば、君たちは違約金を払うことになるぞ」


「そうですね。おれの言い出したことで、上司に責任を負ってもらうのは辛いですけど」


「きみも、スクレロ討伐は不可能だと考えているのか?」


「可能だったとしても犠牲は出るでしょうね」


〝脊髄装甲〟の記録映像にもあの電磁砲から発射された弾丸が確認できていない。一発もらったが最後、自分が被弾したことすら気づかぬまま血煙に変えられそうだ。

 だが極言すれば、それさえ当たらなければ接近は可能だ。接近だけなら。


「大型機械獣の討伐記録、欲しいですか」

「ああ、ほしい。千載一遇だ。何としても」

「誰かが死にますよ」

「それは……そうかも、な」


「おれは[三島瓶割]のキャディです。潜穽者(ダイバー)免許だって持ってません。それなのに、なぜまた、おれを頼るんですか?」


「それは。同世代で相場さんの信頼を得ている。……それと、あの冬馬尊の息子だ」


「無鉄砲の血統がそんなに有難いんですか?」


「そんなんじゃない。気を悪くしたのなら謝る。俺はただ、その若さでスカベンジャーを相手に一歩も引かない胆力を頼みにしたいと思っている」


 頼むだけ。自分では動かない気か。お殿様かな。


「ご自分で武勲を挙げようとは思わないのですか?」


 つい古い受け答えになったが、結城康介にはこれが効くらしく、悔しそうに拳を握りしめた。


「情けない話だが、俺にはあそこまでの機転が思いつかなかった。機械獣との近接戦闘でなら多少、腕に覚えはあるんだ。でも発破の用途を崩落した瓦礫を撤去するくらいしか頭になかった。階層の床に機械獣ごと穴を開けるなんて」


「泥臭くて思いもしなかった、と」


「いや。本当に驚かされたよ、おのれの不勉強を恥じ入るばかりだ。落とし穴というのは先に用意してそこへ落ちるのを待つ罠だと思っていた」この人、本当にお殿様かもしれない。


「正直に言って、相場の翻意は無理だと思います」


 おれはテントでいねに髄液交換されている背中を一瞥して、はっきりと言った。


「理由は二つです。まず、今のおれ達は圧倒的に戦力不足です。今、無理強いに突っ込んでいけば犠牲が出ることは避けられません。焦ればあせっただけ犠牲が増えるでしょう」


「うっ……そうだな」


「もう一つは、機械獣の効率的かつ効果的な討伐方法がわかりません。スクレロのウィークポイントというか、どこを攻撃すれば大きなダメージを与えられるのか、その情報が皆無です。それを調べるだけでも犠牲を伴うかもしれません」


 地面に仰向けになった[ミュルグレス]がくつくつと笑い出したが、おれは黙殺した。


「おれは自分の軽率な取引を一生詫ることになっても、相場の撤退判断が正しいと思っています」


「では、今この場で、我々がパーティを離脱しても、かまないか?」


「その可否については、キャディごときには判断できませんね」


「君の本音を聞かせてくれ」


「引き止める理由がありません。勝手に死ぬのは個人の自由です。彼女は」


「あたしは康介と一緒に行くよ」市村季鏡は腰からヌンチャクを出したかと思うと、鎖が詰まって槍に変化した。「ジャイアントキリングなんて初めてだし。腕が鳴るっしょ?」


 三節槍だ。中華拳法の一形態で、刃物の所持を禁じられた僧侶が考案した三節棍に槍術を加えた。対人武器としては千変万化(トリッキー)でも、機械獣に通用するかどうかはよくわからない。


 それ以前にこの二人、絵に描いたようなラヴァーズアーミーで業が深い。


「あなたがた二人が死ねば、松田隊長は確実に詰め腹を切ることになるとは想いませんか」


「それは違う、松田一人に腹を切らせないためだっ」結城康介は毅然と言った。「スクレロを討ち取って探索層(ディープ)へ進み、お上に凱旋報告することで結城の武を示す」


 この人って現代に生きてないだろう。戦国時代にでも帰ってくれ。


「おい、キャディ」


 いねがテントから出てくるなり、声をかけてきた。

 一緒に暮らし始めて三ヶ月。フェイスガードで顔が見えずとも、そのふてぶてしい佇まいで言いたいことが察せられるようになってきた。


 この潜穽で、一度もおれをキャディ呼びしなかったのに、風向きが変わったらしい。


「ちょっと上に揚がって、荷物を運んできてくれ」

「荷物?」


「周波数126.8」


 まさか。おれは周波数を合わせた。


『こちら管制室から[三島瓶割]へ。管制室から[三島瓶割]へ! 急に無視しないで!』


「こちら、[三島瓶割]。東城さんっ?」


『まもっ……通信中継基地の復旧を確認。[三島瓶割]に〝支援物資(ケアパッケージ)〟を投下します』


「支援物資?」


『第2技術開発部から、[三島瓶割]に緊急の試作品実地試験の要請がありました』


 テッド・ウォーレン博士がらみの試験なんて一つしかありえない。


[フツノミタマ]だ。


 あの〝脊髄〟は今もスキンがない骨ばった姿で、実地試験なんてできるはずがない。


 いや一回だけ実地試験してるか。

 おれが死にかけた時にぶっつけ本番で。

 あの、体を乗っ取られたような嫌な感覚が思い出される。


「待ってください。[三島瓶割]はすでに任務の放棄を宣言し、浮上を宣言しましたよね?」


『任務の放棄は受理しましたが、浮上を完了していないので、発効しません』


 ぐうの音も出ないほど想像外のヘリクツ。


『また、当該実地試験は、関係各所への承認済みです。急な要請で申し訳ありませんが」


 異常を察してゴリ推したの、絶対あなたでしょうが。


 おれは、いねに助けを求めた。


「会社ぐるみの上司命令だ。そっちからも違約金を請求されたら、億はいくかもな」


 声だけでニヤニヤしてるのがわかる。

 現実はいつだって世知辛い。



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