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第34話 マザーボード



 スクレロ。

 全長二五メートル。全高七メートルの二足歩行。


 長い尻尾は五メートル。三メートルの長い電磁砲塔(リニアマズル)の口吻を保持。口吻から歯状突起を彷彿させる放熱鋲は背面では三線状に並んでいる。左右の翼はエイの胸ヒレみたいに三角で、全幅三二メートル。ヒレの先に指骨のように飛び出した大鎌が青い稲妻を帯びて闇に袖振っている。


 おれ達が眺める中、機械とは思えぬ滑らかな動きでスカベンジャー二頭が胴体を両断した。


「なんで、なんでヤツが日本(ここ)に……ぐっ、撤退だっ」

 ベットラーが喘いだ。

「撤退する。あれは討伐、不可能だ」


「相場さん、僚機は目の前ですよ!?」結城康介が訴える。


「あれはリッチフォードの悪夢(ナイトメア)、スクレロなんだぞっ。俺たちじゃ荷が重すぎる」


「でも僚機が戦ってるんです、加勢しないと!」


「馬鹿野郎っ、二次災害に遭いてぇのかっ!?」


 スクレロは[長曽祢虎徹]二名の攻撃を大鎌で弾き返すと、腹を低くして歩き、両断したスカベンジャーを体内に吸い込んだ。


「あいつ今、腹から残骸を食ったっしょ!?」


 市村季鏡が悲鳴じみた声を出した。

 直後から三メートルある口吻が青く放電を始め、全身が青く発光しだした。


 そこへ小さなスカベンジャーが果敢に飛びかかっていく。 


 砲口で腹を受け止められ、宙吊りに。それを隙と見て、横から[長曽祢虎徹]の[ミュルグレス]二機が槍と戦鎚を砲身へ叩きつける。


 電磁砲から青い稲妻がほとばしった。


 小佐院たちの打撃により電磁砲が横へ流れ、砲口から滑落するスカベンジャーの金耳の上すれすれを青い雷弾が掠め、せつなには天井に何かが着弾して砂煙を噴き上げた。


「お前ら今だ、行って来い!」

 いねが号令した。

「電磁砲は一発の電力消費がクソほどデカい。今ならあの二人をこっちに連れ戻せる。マモル、バカップル。お前ら三人であっちの馬鹿も連れて逃げるぞ」


「おう!」

「うちらは、バカじゃなーい!」


 おれたちは全速力で[長曽祢虎徹]二名に駆け寄った。


 いねが観察したとおり、電磁怪物は一発の電力消費でグロッキー状態なのか全身から湯気を出してその場を動けない様子だった。兵器以前に、機械生物として欠陥な気がする。


「おい、動けるか」


「何しにきたんだ……ころすぞ」


 小佐院童夢は悪態をつけるほどには生きてた。

 おれは担ごうと手を近づけると、バチッと電気が指先に弾けた。


「さっきの電磁砲の放電を浴びて滞留してる? 脊髄機関の機能システムは」


「チッ。今んとこ音信不通だがエアフィルターは動いてる。一時的なシステムダウンのはずだ」


 おれは頷くとグラップルガンを地面に打ち込み、ロープを自分の腰に巻き付けてから[ミュルグレス]を担ぎ上げた。


「おいっ。復旧が始まったぞ? なんだよ、これ。どういうことだっ?」


「アース線と同じだ」


[ミュルグレス]に帯電していた電流を、グラップルロープ伝いに地面へ逃がしただけだ。


 今はその説明をする時間すら惜しい。おれは動けない小佐院を市村季鏡に預けた。そして小さな金耳スカベンジャーを背中に担ぐ。


「東郷くん。それ、どうすんの」


「こいつをスクレロから引き離します。次の一発の材料にされても困りますから」


 他のスカベンジャーより小さいといっても〝脊髄装甲〟がなければ持ち上がるはずもない重さはある。フェイスガードの画面表示にも荷重量一〇〇キロをしめす。


 感覚的には125cc原付スクーターを肩に載せてると、こんな気分になるのかも。



 二人と一機を連れて駆け戻ると、ベットラーも調子を取り戻していた。

 救難信号を出していた負傷潜穽者を肩に担いで、おれたちを待っていた。


「よし、上にいったん――マモル、そのスカベンジャーは何だ。まだ生きてるんか?」


「電流を浴びてスタン状態になってる。スクレロの餌になりそうだったから、とりあえず持ってきた」


 すると辰巳がベットラーの横で告げる。


「兄貴、どうする。あの金冠、たぶん〝マザーボード〟だよ」


「マザーボード?」おれが聞き返した。


 ベットラーはむっつり顔だったが、


「マモル、連れて上がれ。とにかくここを引き払うぞ」


「だめだっ。アイツを斃す。あれが【殺陣】の門を開く門番だ、間違いねえ!」


 小佐院童夢が市村季鏡の肩に担がれたまま、わめく。

 ベットラーは小うるさそうに目をすがめた。


「黙れよ、小僧。このパーティリーダーは俺だ。そんなに手柄が欲しけりゃ今すぐいってこい。今度はお前が指一本動かせず泣き叫びながら喰われるとこを見ててやってもいいんだぞ」


 苛立っているとは言え、そこまで言うか。

 小佐院童夢もまだ帯電で体が痺れているせいかぐぅの音もなく押し黙った。


「総員、撤退だ」


 おれ達は戻る道で、口に出さなかった。

 あの歩くノコギリザメのようなエイのような機械獣を倒さなければ、探索層(ディープ)には進めない。

 これは絶望なのか諦念なのか。少なくとも小佐院童夢のような戦意は湧いてこなかった。


 おれ達は負傷者全員救助という功績にも気づかず、第19階層に戻った。



「さっき言ってたマザーボードって何?」

 テント内で辰巳に髄液交換をしてもらいながら、肩越しにたずねた。

 採掘層/第19階層。


 四人用のエアフィルターテントなので交替で髄液交換し、それ以外は外で周囲警戒についた。

[長曽祢虎徹]の三人はテントの外で放置だ。


 偵察班だった一人が大腿骨を骨折していた。〝脊髄装甲〟の上から飛び出ているとがわかる骨をベットラーが接骨し、脊髄機関の簡易レベルで生命維持を続けている。それ以外の二人は感電による筋肉の一時麻痺で動かせないが二時間もすれば全快するらしい。とはいえ交換できる髄液もないので戦力外で扱われた。


「マザーボードは、機械獣の群れの中に一匹だけ存在するという、女王のことだよ」

「え、女王っ?」


 おれは軽く目を見開いて、テントの窓から離れた所で横たわらせている機械獣を見た。


「ここ二十年でダンジョン工学の先駆者とメディアに祭り上げられたダニエル・オットーマンが提唱している〝アニマメカトロニクス〟というのがあってね。機械獣にも動物的なヒエラルキーが存在し、その頂点には女王がいる、という学説さ」


「その女王が、マザーボード?」


「彼の説によると、女王には種の複製回路を与えられていて、ある時期が来るとどこかのダンジョン階層で自分の複製回路を複写し、仲間を増産して戻ってくるっていう凱旋説さ」


「確かに機械獣ってどこから来て、どうやって増えてるんだろう。それにそもそもマザーボードを誰が作ったか、だよなあ」


「そう、結局オットーマンの学説もそこに行き詰まって袋小路から出られてないんだ。明らかに人工物な見た目をして現代の科学技術では創り出せない、その最たるものが機械獣の複製だ。彼の学説を否定しきれない理由もある」


「他の個体が、自分より弱そうなマザーボードを護衛しているとか?」


「まさにそれだ。いわゆるハーレム形成説なんだけど、機械は交尾しないからね」

「まあ、そうだろうな」


「交配するだけの新機軸となるプログラムを作成するのは、人類が一万年かけてもさほど進化しなかったことからもわかる。新機体を作るのに乱数頼みの遺伝子では不合理だ。とすれば、誰かがその設計図(ゲノム)を持っているはずだから、群れで守られる個体が群全体の基板――マザーボードと呼ばれるようになったんだ」


「ふーん」


 テントの窓から歩哨に立つベットラーの背中を見て、おれは辰巳に声を潜めた。


「それじゃあさ。ベットラーはスクレロに、なんかトラウマでもあるの?」


 辰巳は少し迷ってヘルムの耳を指で叩く。無線を切れという合図だ。念のためだろう。


「もう十三年経つのかな。リッチフォードタワーというニューヨーク州の超高層ビルの地下で、機械獣の襲撃があったんだ。たくさんの犠牲者を出して襲撃事態は終息したけど、兄貴は日本から有志参加して、深刻な場面で判断を迷ったあったらしいんだ」



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