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第33話 突破



 どれも大したアイディアなんかじゃ、ない。

 ただ次から次へ湧き出す〝ピース〟を組み合わせているだけだ。


 たとえば、

「大型バイク二、三台分の体重を持つトカゲ」

「敗戦の痛みが癒えず、密集型防御陣形を取りがち」

「赤外線電波を交信手段にしている」

「トカゲの数は六八を超えているらしい」

「床、抜けないんだろうか?」


 そしてここから、知っておきたいことは二つ。


「防御陣形を取る時、誰を基点にしているか」

「下階、第20階層には、何があるのか」


 これらについてベットラーがすべて答えをくれた。


「スカベンジャー群のボスは他のスカベンジャーより体が一回り小さい。金の耳をつけた個体だ。普段は三、四機の大きな個体の護衛に囲まれて姿を見せないようにしてる」


「第20階層は」


「ない。古地図によれば吹き抜けで、第21階層にスカベンジャーの集落(コロニー)が当時は十二あった。実機数は推定で八十前後だ。そこが今回作戦のメインディッシュだった」


 自分で言っていて、ベットラーもおれの意図を汲んだらしい。眉間に疑念のシワを寄せた。


「そんな二番煎じで、うまくいくのか?」


「やらないよりは、やったほうがいいと思うよ。失敗したら、次の手を考えられる」


「お前……仕方ねえ。違約金五千万はさすがに惜しいからな。――お二人さん」


 ベットラーが呼んだのは、居室の隅で立ち尽くしている[バルムンクβ]学生夫婦。


「掘削用の発破を二キロと起爆リモコン端末を二四本を用意してくれ」


「え、そんなにっ、どこを破壊するん?」


「季鏡、言われた通りに調達しよう。――相場さん、今のうちに言っておきたいのですが」


「なんだい?」


 威圧感のある[バルムンクβ]が姿勢を正して、頭を下げた。


「松田の暴行については、[火車切広光]代表として謝罪をさせてください」


「謝罪は必要ねえよ、坊っちゃん。あんたの真っつぐな気持ち、それだけで充分だ。松田は御曹司を真っ当に育てたんだな。潜穽者にしてはちと真っつぐすぎるがな」


「え?」


「松田は、今回の採掘権めあての先走りをテメーの欲得ずくだと一人で泥をかぶって、地上に戻ったら腹を切るつもりだろう」


「松田がっ?」


「心配しなさんな。そんな思惑は、[三島瓶割]が採掘用の発破で爆破してやるよ」


[バルムンクβ]は無言のまま、もう一度頭を下げると(きびす)を返して、調達に向かった。


「ベットラー」


「長く生きてるとな。人族の心の動きってのが手に取るように見えてくるもんだ。結城家がこの潜穽で欲しいのは採掘権なんかじゃねえ。東城家への面子だ。あの跡取り息子を旗頭にしてダンジョンに進撃していけるっていう武勇を東城家に証明したいのさ」


「武勇って、何時代だよ。そもそも東城家ってなんなの?」


「さあ。なんなんだろうなあ。俺も百五十年以上あの家に通算五回も雇われたが、たまにわからなくなるんだ。東京の守護者。坂東の棟梁代行。帝国議会の黒幕。復興太閤。いろいろ言われて畏怖されたが、どれも俺ら潜穽者にはあずかり知らない事情だってことだけ、確かだな」


「ふーん。じゃあ、おれも気にしなくていいんだ」

「ああ。お前はお嬢の手綱だけ握ってろ」


「うわぁ、それが一番きつい。今ごろ通信切れて、じっとしてないよ。あの人」


 ドワーフ三兄妹は大爆笑して、おれの肩や背中をバシバシ叩いていく。

 励ますにしても「ちゃんとやれよ」という容赦のない発破だった。


 

 採掘層/第19階層。

 トリモチで飛ばした発信器の赤外線電波が三つ、一機のスカベンジャーに貼り付いた。


 他の個体よりもひと回り小さく、金色の耳があり、周囲に三、四機のスカベンジャーから常に警護されていた。


 おれ達はその機体を「プリンセス」と呼称した。


「トリモチが三つ付いたぞ、ぞくぞくとプリンセスの周りに集まってきてる。発破設置はっ」


(イースト)、設置完了」「(サウス)、セット完了」「西(シャア)、セット完了だべ」「(ペイ)、設置完了だよ」


「総員撤収。起爆、二十秒前」


 ベットラーのカウントダウン合図で、おれが起爆スイッチを押す。


「五、四、三、二、――発破」


 ドスン!


 短い轟音とともに、第19階層に濛々(もうもう)と砂煙が通路へ吹き出した。


「兄貴、第19階層からスカベンジャーのマーキングが全ロストっ」辰巳が興奮した声で報告する。「壮観だなあ、一網打尽だよ。七〇近いスカベンジャーが下階に直行だ」


「お前らまだ油断するな。下層がマーキング範囲外なだけだ、登録に漏れた個体だってまだその辺をうろついているかもしれん。鉢合わせしたら一人じゃ対応できないぞ」


『オレらが一番乗りだ~っ!』


 周波数外の無線から聞き覚えのある声が、作戦外行動に出たことを直感させるセリフを吐いた。


「おい、今の声は誰だっ!?」


 ベットラーが焦った声を出した。おれは叫んだ。


「小佐院童夢だ![長曽祢虎徹]っ」


「ちぃっ。[ノーム2]。階下へ降下した僚機シグナルの数は捕捉したか!?」


「[長曽祢虎徹]が3だったよ!」辰巳が報告する。


「[三島瓶割]および[バルムンクβ]、俺のところに全員集合だ。絶対に後を追うなっ」


「相場さん、古地図の順路通りに進みますか」


 結城康介が歩み寄りながら尋ねる。


「当然だ。同じ穴から飛び込んでいけば、下で機械獣の集団の上に落ちることになる。目論見どおり機械大トカゲが五ダース、全滅しててくれりゃあいいが、そう漫画みたいにいかねぇのが世の中ってもんだ。ダンジョンは油断、楽観したヤツから死ぬ」


「なるほど」


「この砂煙の中でならスカベンジャーの感知センサーから隠れられるから小休憩を摂るつもりだったが、このまま前進する。[バルムンク(アルファ)]は俺と前衛だ。中盤、[ノーム3]と[バルムンク(ブラボー)]で周辺を目視索敵と前衛の補助、後衛は[ノーム2]と[ノーム5]で残機が追ってきたら知らせろ。追っ手のスカベンジャーは必ず全員で叩いて進む。敵の接近を見落とすな」


 了解っ。おれ達は下階への入口に向かった。

 第20階層は吹き抜けなので、深度的には第21階層になる。


「これはすごいな。元は地下水洞か、渋谷の地下にこれほどの空洞があるとはな」


 結城康介がどこか場違いな感動を口にしながら周囲を見回す。


「人工物らしいぜ」ベットラーがぼそりと言った。


「えっ、ここがですか?」


「ある有識者から聞いた話だ、採掘層はダンジョンの庭先という位置づけらしい」


「ここがまだ庭先……ダンジョンにも入っていないと?」


「らしいな。お前さん【殺陣】の由来を知っているか」


「いいえ。父から聞いたのは、東京を守護する結界石の名前が由来になっているとだけです」


「間違っちゃいねえが……止まれ」


 静かな合図で全員が足を止めると同時に身構えた。


「兄貴、極低周波帯(ELF)電磁波反応っ」


 辰巳が張り詰めた報告をする。


「ELFだと? ここはリッチフォードじゃねえぞ。方角と距離、わかるか」


 言ったそばから、闇の彼方で青い遠雷がまたたいた。


「325度(左方のやや前方寄り)。距離二六〇メートル。圏内の僚機反応は2」


「三つ目は」


「救難信号、感知っ。距離二八〇。パルス64。動く様子がないんで、負傷かも」


「[ノーム3]、照明弾用意っ。射角六五!」


 いねは腰のベルトからフレアガンを抜き、頭上に構える。


()ぇ!」


 発砲音とともに、赤い弾丸が海底から浮上する火魚となって暗黒の中を緩やかに放物線を描く。やがてドーム状の天蓋直前で赤く煌々と炸裂した。


 赤と黒。ほの明るい光と闇の狭間で、大きな機械獣がスカベンジャー二機の胴体を上下に両断したところだった。


 おれの知らない機械獣だった


「なんてこった。〝スクレロ〟だと……っ?」


 おれたちは、戸惑いに唸る[ノーム1(ベットラー)]を注視した。



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