第31話 謀略
「率直に言う。今回の潜穽で、〝結果〟が欲しいんだ」
結城康介は真っ直ぐおれを見つめてくる。
「直談判する相手はおれじゃないでしょう、先輩。おれはただの荷物持ちです」
「一介のキャディが、スカベンジャーの赤外線感知妨害を進言できるか?」
「おれの上司が優秀だからです。普通の上司、経験知識の浅い潜穽者ならおれのアイディアなんて端から否定されてましたよ」
「そんなことはないだろう」
「俺はまだ潜穽者免許を持ってない。なので、大したことはしてません」
「頼むよ。冬馬」
「今回の登録は、東郷エイジです」
アンパンをかじり、ヨーグルト味プロテインで流し込む。
どういうわけか、ダンジョン内でおれの直感は鋭敏になっているらしい。
この二人の焦燥に関わるべきではない。
潜穽はチームワーク。ベットラーから耳に胼胝ができるまで聞かされた。
今、そのチーム全体が劣勢に立たされつつある。
大人たちの取捨選択に、子どもの分際であるおれが出しゃばるべきではない。今は。
「冬馬。この潜穽を失敗すれば、[火車切広光]がチーム解散になるんだ」
「それは、大変ですね」
完全無欠で、おれには関係がないじゃないか。一片の同情さえ覚えない。
「チームが解散したら、うちら別れて別々のチームに入らされるのよ」
市川季鏡もそれが我慢ならじとばかりに拳を固める。
「次の就職先も決まってるんですね。よかったじゃないですか。今後のご活躍をお祈りします」
「お祈り文かっ。な~、冬馬くん。知恵貸してぇ?」
「東郷です。直属上司の許可がいります。あと、おれはタダ働きをしない主義です」
チームがなくなって許嫁が解消されて、関係が幼馴染にトーンダウンしても恋愛はできるだろうに。カップル世界で悲壮感だして危機感あおっても、現実は自分たちでどうにかするしかない。
おれはどこまでも無関係なんだから。
すると、市村季鏡が透明ケースを見せてきた。透明な液体の中で何かが動いた。
「これ、さっき撃破したスカベンジャーの角膜レンズ、欲しっしょ?」
ぴくっ。
「これ一個で、市場相場は十数万円するんだってよ。ほんでも結城グラニッドの研究機関になら四五万で買い取ってくれるツテ知っとるんよ?」
ぴくぴくっ。
「それはどこ、いや、そもそも……それが完品、であれば、の話ですよね?」
「えっ。うー、まあ、そうだけどさ」
「この場でミクロン単位の傷の有無まで確認できません。よって取引は成立しません。では、この件はナシってことで」
「マモル、ちょっと来い」
いねが顔を出して、腕を巻く。
おれは二人から逃げるように、その後ろをついて行った。
あっぶねえ。悪魔の取引だった。うっかり金額に目が眩んだまま口約束で飛びついていたら、まさかの欠陥品を掴まされるところだったかも。
「マモル、よくあいつらの言葉に乗らなかったな」
「聞いてたのかよ……おれはキャディだけど、[三島瓶割]だから」
「ふふん、言うようになったじゃねーか。で、あの二人、何だって?」
「今回の潜穽で、結果? なんか手柄と認められるくらいの戦果を残さなかったらチーム解散で、離れ離れになるみたい」
「フーン。解散に追い込まれるまでに手は打てたはずだろうにな。おおかた機械獣よりステディにのっかることばっか考えてたんだろ」
いねの容赦のないジョークを、おれは聞かなかったことにした。
再び中央の食堂に戻ると、上座に作戦パーティの主幹たちがまだ会議中だった。
「東郷エイジ、来ました」
「本作戦は、前進することを決めた」
松田将郷から結論を切り出された。
「はい。あの、なんで、おれに?」
「君は第19階層から撤退する際に、相場さんにアイディアを進言したそうだな。それによってスカベンジャーの一定数の数がわかった状態で偵察班に損害を与えることなく後退できた。それは管制室も認めてるよ」
「たまたまです」
謙遜ではなく、反射的に答えた。
「そこでだ。君にこの状況をどう見るか、意見を聞きたいんだ」
「有り体に言って、アイディア不足でな」
松田隊長の言葉に、ベットラーが普段の口調で吐露した。
胡散臭いものを見る、目で。
こんな猜疑心を隠さないベットラーの鋭い目は初めてみた。
「俺は撤退に票を投げた。だがこちらの方々が、前進に票を入れたのさ」
こちらというのは、松田隊長と[長曽祢虎徹]リーダーの小佐院義光だ。
「申し訳ありませんが、おれは潜穽免許のないキャディなので」
「構わない。発言を認めるよ」
おかしな大人たちだ。なぜおれみたいなガキの知恵を借りたがる。
「お断りします。おれは[三島瓶割]に属し、隊長は相場寅治郎です。おれは上司に従います」
いねがおれの肩に腕を組んできて不敵に笑った。
松田隊長の眉間に肉が盛り上がり、小佐院義光が息子によく似た舌打ちをした。
「決まりだな」
ベットラーがそっけなくこの場の決裁を口にした。
「待ってください、相場さん。彼は、ないとは言っていない」松田隊長が食い下がる。
だがベットラーは取り合わなかった。
「管制室。[三島瓶割]は第19階層以下への潜穽は困難と認め、任務失敗を宣言。直ちに浮上する」
『[管制室]、りょ――』
「現場指揮官は、私だ!」松田隊長が声を荒げた。「あなたは私の指揮に従う義務があるっ」
「ねえな」ベットラーは毅然と即答した。「俺たちはフルパーティじゃねえ。三人パーティだ。合同潜穽における提携規則第二五条、個別撤退の追認からも免責される」
【ダンジョン基本法 第二五条 合同潜穽の解散と離脱
三つ以上パーティを擁する合同潜穽において、一パーティが任務を放棄または失敗を宣言した場合、撤退浮上するには、他チーム全部の同意か一部の追認が必要となる。同意の場合は合同作戦の解散。追認の場合は作戦を継続したまま離脱することができる。ただし宣言したパーティがメンバー欠員を理由に撤退するときはこの限りでない 】
「三日前。予備調査で偵察に出たのはあんたらだ。第16階層に出でたはずのスカベンジャー報告が誤報。たった三日で三階層下の第19階層で六十を越えて出現した。完全なそちらの偵察ミスで作戦は初手から破綻してた。一度地上で作戦をやり直すべきだ。無理強いの前進はダンジョンを喜ばせるだけだ」
「もう遅いのです」
松田隊長が青龍刀の切っ先をベットラーに向けた。
「我々はここの採掘権を得なければ、後がいないのですよ。相場さん」
「だったらてめぇらで進んでいけばいいだろうが。こっちは命あっての物種だ。スカベンジャーの数が異常に多い。あれは採掘層よりもっと下でなにか起きてる。三チーム程度じゃ手に負えないほどにな」
「ですから東郷エイジ、冬馬尊から受け継いだであろう特異点〝乾坤一擲〟を借りたいと言っているのです」
「世迷言を抜かしてんじゃねえ! おめぇもわからねぇやつだなあ。松田の倅よぉ!」
ついにベットラーがキレた。
「十五歳のガキ捕まえて特異点も乾坤一擲もありゃしねぇんだよ。てめぇの火の車事情をこっちに飛び火させられたんじゃあ迷惑だっ。俺たちはお前らが有難がってる伝説の再現をここでしてやる義理はねえっ」
ドオォォン。
遠雷のような小さな轟音が上から響いてきた。
ベットラーはとっさに見上げた。
その間隙で松田隊長がベットラーの胸を蹴る。
[ダインスレイヴ]が壁に背中から激突。尻餅をついた。
「兄ちゃんッ!?」
いねとおれが駆け寄ると、ベットラーはすぐに起き上がり[ダインスレイヴ]のフェイスガードを上げた。
「[管制室]、今の爆音は何だ。管制室っ!?」
「無駄ですよ。第二、第三階層の電波中継塔を爆破しました」松田隊長が憮然といった。「通信無線は遮断させていただきました。管制室が再設置する時間はそうだな、彼らが〝脊髄装甲〟を取りに戻って再設置するまで、十二時間といったところでしょうか」
「松田、正気かっ?」
「違いますね。本気なのです。この潜穽で探索層を一層でも切り取って採掘権を公認されれば、我が社と小佐院さんは助かる」
「この強行軍は結城の当代、秀雄も納得ずくなのか?」
松田将郷は酷薄な眼ざしでベットラーを見据えたまま、口を閉ざしていた。




