第30話 異変
採掘層/第18階層
「待て。まだ罠を仕掛けるな。――[三島瓶割]から管制室へ」
ベットラーが全員に指示を出し、地上を呼び出す。
「第16、17階層に続き、第18階層にも敵影ナシ。集落の痕跡すらない」
『管制室から[三島瓶割]へ。こちらでも状況が掴めない』
「[三島瓶割]から管制室、予備偵察で第16階層からスカベンジャーを見たのは本当か?」
今さらの確認。第17階層にキャンプ基地設置は予定内でも、掃討戦において散在する敵数を減らせなかったのはあとの戦闘の負担を重くするのだろう。ベットラーの声に不快感が滲む。
『こちら管制室。二日前の一四〇〇時、潜穽偵察において[長曽祢虎徹]偵察班からそのように報告を受けている』
ベットラーが振り返って[長曽祢虎徹]の[ミュルグレス]二機を見る。
「[三島瓶割]から本部へ。聞いての通りだ。第18階層に敵影ナシ。指示を」
管制室に情報の正誤を問いただしても埒が明かないと判断して、現場指揮官に判断を委ねた。
『本部から[三島瓶割]へ。このまま潜穽するしかないでしょうね。第18階層にもスカベンジャー一機も捕捉できないのは妙な話ですが。我々の予定目標は探索層、変更はありません』
おれのヘルムの中で、ベットラーたち熟練潜穽者の当惑が反響する。
結論は、手ぶらで帰る条件は今のところ揃ってない、ということらしい。
「[三島瓶割]偵察班、了解。これより第19階層へ潜穽する」
「[火車切広光]偵察班、了解。潜穽する」
「[長曽祢虎徹]偵察班、了解。潜穽する」
採掘層/第19階層。
止まれ。
先頭を行くベットラーのハンドサインとともに[火車切広光]と[長曽祢虎徹]が得物を構えて中腰になる。荷物持ちのおれも中腰だが背嚢を肩からおろし、前に抱えた。
「[三島瓶割]から管制室へ。スカベンジャー一機を捕捉。集落外の巡回組と見られる。マーキング」
『了解、マーキング』
「マモル、トリモチだ」
『トリモチ了解』
おれは背嚢から釣り竿ほどの細い管を二本出して一本につなげ、ベットラーに手渡した。
トリモチは空気銃で、弾は発信器に粘着剤を塗布したものだ。ちょうど納豆をぐるぐるかき混ぜた泡糸に包まれた豆がカプセルにはいっているらしい。
カシュ。
「管制室。対象に発信器の接着成功。追跡できるか」
『追跡、可能。マーキング個体を追跡個体Aとして表示します』
「こ、後方一二〇度。一機捕捉っ」おれがかすれ声を上げた。
「マモル。トリモチ。お前がやってみろ」
「えっ」
「他のみんなは武器を構えてる。手が空いているのはお前だけだ。失敗を考えなくていい。東城ミカコのスカートにGPSを取り付ける気持ちでやってみろ」
『管制室から[三島瓶割]へ。不謹慎な発言は控えてください』
ミカコの抗議を聞き流しながら、おれは直感的に引き金を引いた。
カシュ。火花も反動もなかったが、フェイスガードが硫化硫黄のガスを検知した。
「管制室、発信器の接着成功。トレースを」おれは言った。
『了解。追跡個体Bを表示』
「相場さん。いいですか」
[火車切広光]の[バルムンクβ]が八角金剛杖を構えたまま小さく挙手する。結城康介だ。
「マーキングと発信装置の二重発信措置の意味を教えてただけますか」
「マーキングは〝脊髄装甲〟の遠赤外線式ホーミング情報、発信器は赤外線電波方式だ。管制室に確認をとったのは位置情報じゃない。発信器が正常に作動しているかどうかの確認だ」
「なるほど」
俺と[火車切広光]の三人で得心を得た声を唱和した。
スカベンジャーの特性として、赤外線に反応することだ。
彼らは集団狩猟を行う際に、仲間の間で赤外線短波の信号を飛ばして意思疎通をするものと推測されている。その赤外線を受けているのが[眼]で、高級レンズを透過させることで網膜の受容体で位置や個体識別情報を読み取っているようだ。
ベットラーのやったことは、スカベンジャー一体に隊の数を追っているのではない。
あの二体の周辺に赤外線電波を感知して、仲間のスカベンジャーがいくつ寄ってくるかを試しているのだ。
そしてその目論見は――、最悪な意味で当たった。
カッ、カッ、カッ。カカ、カッカカッ。カカカカカカカカッ。
前や後ろから石畳の通路に鉄爪を蹴立てて、次々に現れた。
「退避だ。数はもっと増えるぞ。囲まれる前に足音を消しつつ、上階まで戻れ。――管制室、一時退避する」
ベットラーの号令で、おれたちは中腰のまま急ぎ足で上階に戻る。その時だった。
おれはある種のひらめきが脳裏によぎった。
背嚢の中を覗きこみ、ベットラーの肘を掴む。
「ん? どうした」
「通路の前と後ろ、二方向にスモークグレネード投擲後、赤外線ソナーとか、どうだろう?」
「なに? ……ソナーの赤外線電波に反応して、ヤツらがトチ狂いだしたら?」
「ここは隘路になってる。突進してきたら罠で脚を鈍らせて一機ずつ処理できる。その前に発信器電波とソナー電波両方の赤外線電波で情報量が増えて処理混乱するかもしれない。ヤツらを今すぐ全滅させる必要がないから、逃げ罠は十もあれば足止めできるんじゃないのか。それをおれ達六人でやれば、設置に三分もかからない」
「三分……よし、やるか」
ベットラーの決断の速さに、提案したおれのほうが目をぱちくりさせた。
「お前たち、どういうつもりだっ!」
採掘層/第17階層。キャンプ基地中央の食堂。
[長曽祢虎徹]のリーダーで、ずっと無関心を装っていた小佐院義光が、偵察班の二人をみんなの前で叱責し始めた。
第19階層の偵察遭遇戦は、撃破数1の戦果をもって帰還した。
だが管制室の報告では赤外線ソナーで確認されたスカベンジャーの数は、68。
一階層で留まる機械獣としては異例の多さだという。
現場指揮官・松田将郷は早速、相場三兄妹とともにフェイスガードを上げて、地上管制室と作戦会議を始めている。
議題は、予備偵察の任務懈怠(サボったこと)の問責ではなく、今後の潜穽進退だ。
[火車切広光]と[三島瓶割]で進退を一致させれば、[長曽祢虎徹]は多数決として従うほかないはずだ。
おれはあんパンとプロテイン飲料をもらって食堂を出た。
「いいアイディアだったな」
[三島瓶割]の居室エリアに向かう途中で声をかけられた。
振り返ると[バルムンクβ]夫婦こと、結城康介と市村季鏡がついてくる。
マッチョイケメンとアスリート風女子。
ここがダンジョンじゃなかったら近寄りたくもない、リア充のオーラだ。
「この間はすまなかった。ちょっと話さないか」




