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第3話 ドワーフ三兄妹と銭ゲバ少年



 車を一階の車庫に頭から入れて、二階に上がる。

 階段は俺の横幅に合わせて作ったはずなのに、この五十年間で肩の筋肉が増えて窮屈になった。

 年々、階段の傾斜のことで腰も不平をいってくる。戦斧よりフライパンを振りすぎたせいだろうか。


「うわ、酒くせぇっ!?」


 衛が玄関に入るなり、不快の声とともに後ずさった。


「あれ、兄ちゃん。客?」


 風呂場からタンクトップとボクサーパンツ姿の義妹が空き缶を蹴飛ばしながら現れた。

 今朝までダンジョン採掘層(サーフェイス)に潜っていたはずだ。

 上腕二頭筋と大腿筋に一ミリの油断もないのが頼もしい。


「客じゃねえ。同居人だ。今日からしばらく預かることになった。おい、挨拶」


「えっ、あー。冬馬衛です。よろしくお願いしま、す?」


「なんで疑問形なんだよ。歳は。あとちゃんとこっち見ろ」


 純真な少年には、鍛え抜かれた女の筋肉は眩しいか。それとも義妹のガサツさに呆れてるのか。たぶん後者だろう。

 もしくはこの部屋の惨状に閉口しているのかも知れない。たしかに室内は多少、掃除が行き届いているとは言えなかったか。慣れ親しみすぎていて、失念していた。


「十五歳です。あの、ベットラーとは兄妹なんですか?」


「見りゃ分かんだろ。兄ちゃんはアルプ(南部ドワーフ)で、あたしはボーグル(スコットランド・赤髪ドワーフ)だ」


「いや、違いがよくわからないですけど」


「は? なあ、兄ちゃん、コイツ何。急に里親でも始めたんか!?」


「東城家の令嬢に押し付けられたんだよ」俺は居間のテーブルにのっている空き缶をゴミ袋に流し込みながら、「手続きと費用は向こう持ちで、まだ詳細も聞いてねえのよ」


「まーたぁ? 十年くらい前にちんちくりんだったお嬢にミツルとタクロウ押し付けられてさ、結局、潜穽者(ダイバー)に向かねえからって苦労したの忘れたんか?」


「忘れてねえよ。今回はちょっとだけ、俺にも事情がある」

「どんな?」

「あとで話す。辰巳は部屋か?」

「青山。戻っていきなり玄関ですれ違った。緊急の呼び出しだってさ」


 辰巳は俺と長年同居するもう一人の義弟だ。パーティ潜穽(ダイブ)では後方支援(バックアップ)を担当している。最近はもっぱらダンス教室や英会話教室のドイツ語講師だったが。


「相手はテディか」

「じゃねーの? スマホ片手にタクシー使ってたから。なんかのシステムトラブルかも」


 俺の脳裏に嫌な予感がかすめた。

 テディというのは、青山にあるダンジョン採掘業国内最大手アーバレスト・ジャパン本社の食客で、地下二階の研究室に巣食う〝天才〟の愛称だ。手が足りなくなるとプログラムに強い義弟が駆り出される。


「あの、服着てもらえませんか?」


 衛が困惑しきった様子で、いねに忠告する。


「あ? んだよ新入り。ここはあたしンちだぜ?」

「いや俺のうちだが」


 俺があえて訂正したが、勝手知ったる義妹は意に介さない。


「もしかしてお前、女の横乳に興味ある年頃ぉ?」

「いや、どう見ても筋肉だろ。色気ないから」


「はぁあっ? 言葉に気をつけろよチェリーボーイ。これが筋肉かどうか触って確かめてみろよ!」


「嫌だよ。セクハラだって。――ベットラー。あんたの妹分は痴女なのか?」

「小僧てめぇ。新入りの分際で兄ちゃんの前であたしを痴女呼ばわりとはいい度胸だ。表でろ!」


「その格好で表に出ようとするなっ。近所から警察呼ばれるぞ!」

「このいね姐さんの美貌と筋肉美は、泣く子も黙せんだよっ」

「あんたは泣く子を筋肉で恫喝してるのか?」


 こりゃ打ち解けるのも早いな。辰巳はともかく、いねとうまくやっていけるなら問題はないはずだ。

 俺はビールが飲みたくなって床の空き缶を足で踏み分けながら台所に入り、冷蔵庫のドアを開けた時、スマホが鳴った。


 通話表示は[メイザ]。


「俺だ。まだ青山か?」


『兄貴、お嬢が拉致されたよ』


 俺は反射的に床を踏みつけた。床に散らばる空き缶が一斉に散開して逃げ出した。

 言い争っていたいねと衛がこちらを見る。


「いつだ。黒獅子の尾を踏んだ馬鹿は、どこのどいつだっ」


『拉致された時間帯は、三時間前。午前九時三〇分頃。豊島区役所前。車で連れ去ったあと、晴海埠頭で船に乗り換えて東京港で大型船に乗り換えたのか、海上を移動中。犯人グループの特定はまだ』


「出港した船の行き先は、ドローン追跡は」


『今やってる。出港時刻から、行き先は横浜寄港の香港行き大型貨物船が濃厚。ドローンのGPSポイント到達まであと二五分。問題なのは〝実行犯(フォックス)〟の特定がまだできなくて、僕もテディも困ってる。ノーヒントでGPSを追うだけじゃあ関係各所を説得する材料にならないからね。兄貴の知恵を借りようと電話した次第』


 俺はスマホを耳と肩で挟みながら、辛口ジンジャーエールの王冠を親指で飛ばした。帰宅時は黒ビールの気分だったのに、それも吹っ飛んでしまった。


 拉致現場は豊島区役所前……。俺はおもむろに振り返って、衛を見た。


「こっちでも少し情報を集めてみる。三分後」

『了解、よろしく』


 通話を切ると、緑ビンを一気に飲み干してシンクの中で摩天楼を形成するジンやウイスキーのボトルにまぜる。


「衛。東城ミカコが何者かに拉致された」

「えっ、拉致された。なんで!?」


「拉致された場所は、豊島区役所前。車で運ばれ、今は船で海の上だそうだ。三時間でそこまで手早くやれるのはシロウトじゃねえ。そこでだ」


「おれが申し込んだ盗掘屋は、新大久保の焼肉屋で火牛(ファソ)。俺が書いた契約書にはカクマルファイナンシャルアライアンスって保険契約会社の名前があった」


 衛は即座に答えた。地頭の回転もいいらしい。俺は頷いた。


「あと、お前を紹介した医者の名前もだ」

「え、先生は仙台だ。無関係だろ?」


「無関係なら無関係だと後でわかる。情報ってのは、どんなに無関係に思える情報でも集めておいたら後で意外な話が釣り上げられた、なんてことはザラにある。ミカコの安全のためだ」


「花京院総合病院の、かつら、ひさひで」


 俺のスマホが鳴った。三分は意外に早い。用件を言う。


「盗掘屋は、新大久保の焼肉屋火牛。盗掘屋のケツ持ちになっていた保険会社はカクマルファイナンシャルアライアンスだ。冬馬衛をそこへ斡旋したのは、宮城県仙台市の花京院総合病院の医師、名前はかつらひさひで」 


『了解。それと兄貴』

「ん?」


『お上から正式依頼がきたよ。要人救助。[三島瓶割]に、一五〇で頼みたいって』


「承知と伝えろ。通信は二五分後。回線は3.91だ」

『了解』


 通信が切ると、いねに目顔で出動を促す。義妹は下着姿のまま部屋を飛び出した。


「ベットラー、何をやる気なんだ?」


「臨時の仕事が入った。今回はお前の手も借りるぞ。その目で見て、俺たちから仕事を学べ」


「潜穽者ってダンジョンへ行くんじゃないのか?」


「本業はな。だがそれだけじゃ食ってけねえ。当然、地上での仕事は法律の一般規制を守っての行動になる。信号無視一つで一発剥奪(アウト)だ。要は、忍者行動でいく」


「忍者行動?」


 困惑する少年をよそに、スマホが鳴った。


「どうした」


『妙な情報が出てきた。花京院総合病院にカツラヒサヒデは確かにいたけど、二十年前の震災で死んでる。死亡当時六三歳』


「了解。上出来だ。そいつも含めて全部ひっぺがして、お上に伝えろ。あっちから手を回してもらえ」


 一方的に通話を切ると、その場で着慣れない背広を脱ぐ。


「あの人が拉致されたのって、俺の、せいか」


 衛は事態の急迫性をさとって青ざめていた。

 それを俺はあえて、鼻で笑ってやった。


「そう感じるほど、お前は彼女に何かを望まれたのか?」

「えっ。だって」


「思い上がるなよ、少年。お前がどんなに背伸びしたって、俺から見りゃあ、どこをどう見てもガキにしか見えねえのさ」


「それは……そうだろうけど」


「誰かから仕事を預けてもらえるほど、ガキにしては使えるってことを示せたわけでもねえ。だから三百万のことは忘れろと言った。彼女の期待だけに甘えるな」


「本当に、本当に金が必要だったんだ!」


「わかってる。これから俺が金の稼ぎ方を教えてやる。その前に、このトラブルを解決してな。ついてこい」

「その格好で、どこに?」


「地下だ。〝脊髄装甲(スパイナルコード)〟を蒸着する」



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