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第27話 窮鳥



『あら、もうバレちゃったの?』

「バレるに決まってるんだよなあ!」


 スマホで上司を呼び出して苦情を伝える。


『でも、ほら四人だけだから。若い子らの親睦を深めるヤツよ。異文化交流? 駅前留学?』


「一人から殺人予告で脅されて、二人から捕獲されかかったんだが、それは?」


『注意事項として、人見知りの激しい子だと言っておきました』


「んなわけねーだろがっ。東京じゃ人見知りがグラップルガンで首に縄かけて捕獲対象にされんのかよ。おっかねーなあ、おい!」


『あ、ちょっと待って。リッカちゃんが替わりたいって』


 くそ、逃げやがったな。てか、妹の見舞いに来てくれてるのか。


『もしもし、お兄ちゃん?』


六花(むつか)~、ミカコお姉ちゃんが、おれにいじめっ子をけしかけてくるだあ!」


『あはははっ。がんばれー、きっとシレンだよ』


「試練とか……あー、腹減ったなあ。そっちは今日の夕飯、なんだ?」


『カレーライスだって。あまりおいしくないけど』


「そっか。ごめんなあ。兄ちゃん毎日会いに行けなくて」


『ううん。お兄ちゃんに会えないのは、六花のシレンだから』


 健気。思わず目が潤んでしまう。おれは会いたいんだが。


『ねえ、マモル。今、外? 少しノイズが聞こえるけど』


「学校の訓練塔の屋上。地上十三階。眺めはいいが逃げ場なし」


『画像を送って。地上面。脱出口を含めて映せれば尚良し』


 おれは四つん這いで進み、鉄柵の隙間からスマホのカメラだけ出して地上を撮る。

 動画にしないのはレンズを捕捉されないためだ。


「送った」


『うわ~、たっか~い!』六花がご満悦だ。


『正門付近で男女が相談してる……ふふ、やっぱり市村さんと結城くんね』


 ミカコはパッドに画像を入れて拡大解析にかけているようだ。


「初手、教室内で隠れていたのが即バレしてグラップルガンで捕獲されかかった。あの二人はなんなんだ」


『[火車切広光]でも即戦力とみなされてる二人よ。フェイス回線で話したけど、気持ちのいい子達だったわ』


「割と真面目に訊くけど、あの二人、付き合ってるのか?」


 プライベートを訊いているのではない。戦力的な公私の連繋を確認しておきたかった。


『市村家が陸上自衛隊の幹部で転勤族ってこともあって、季鏡さんは東京の結城家で育てられたんですって。生まれた時から幼馴染でイイナヅケっていうの? だからワンセットね』


 その割に北海道の訛りがきつかったが、あれは意図的にやってるのか。


「許婚って今でもあるんだな。けどそこまで密なら、ダンジョンで弱点にならないか?」


『まあね。一人が窮地に陥って連帯するリスクや精神的喪失感(バッドマインド)は彼らも覚悟してるみたい。でもメリットが多いのも確か。海外だと夫婦でダンジョン探索やってるチームも割とあるわ。トレジャーハントと同じよ』


「なあ、東城……ミカコ姉。もう正直に言ってくれ。あの三人と何を取引した?」


『だから、親睦だってぇ』


「さっさと家に帰りたいんだよ。今日は夕飯当番なんだ。うちも今日はカレーだ」


『リッカといっしょ~っ!』


 六花が無邪気に喜んでいる。入院生活が長いせいか、年齢にしてはまだ幼いところがある。

 妹が喜んだので、今日はカレー記念日。


『マモルとの腕試しを、認めた』


 手の届きそうな夕空を眺め、吐息した。


「だったら、[長曽祢虎徹]の先輩は、気をつけたほうがいいな」


『どういうこと?』


「お墨付きを得てなお、手を出してこなかった。それだけ理性的で慎重ということだ。自分は絶対にリスクを負わず、利益だけを上げる。実に手堅い思想者だ。けどそれを実行するには大多数から臆病者と指をさされるだけの覚悟が必要だ。思想だけなら、小佐院のほうがあのカップルより生き残れそうだ」


『ボッチだからってこともあるわよね?』


「それは相手の致死量を上回るので、言わないであげてください」


『それじゃあ、マモルを殺すって言わせたのは、なぜかしら?』


 そこをツッコまれると、おれもばつが悪かった。


「それは。あっちの見かけが奇抜だったんで名前を隠してるのをいいことに、からかった。おれもまだまだ未熟だ」


『うまくやれそう?』


「初対面で殺すと言ってきた相手と? 無理だよ」


『そうね。――リッカちゃん、そろそろお兄ちゃん学校から帰るって』


『きゅうちょう ふところにはいれば りょうしもころさず』


『んー、なにそれ?』


『お祖父ちゃんがいってた。リッカのお父さんはそうやってうちに転がり込んできたんだって』


 おれは思わず吹き出して、声にして笑った。


「そうだな。六花の言うとおりだ。……嫌な奴でも助けを求められたら助けてやらないとな」


『そう、シレンなのよ』


「六花は偉いな。将来、大物になるなあ」


『うん、なるよ。お兄ちゃんとダンジョン行くから』


 思わず涙が溢れた。おお、愛すし。わが妹、愛す可し。


「ああ、一緒に行こうな。でっかい魔物、たくさん捕まえよう」


 後ろ髪ひかれる思いで電話を切ると、おれは訓練塔を降りる。


 無断登攀(とうはん)防止用のセンサー警報器は一階の階段付近にのみ設置されていた。おれはマンションの共通廊下の外壁をパルクールで昇り降りしたので、ノーチェックだった。


 たとえ服が汚れても、地上で教員から落ち度を指摘されるようなドジは踏めば、奨学金の芽が消える。五年間の学校生活で、そこだけは死守しなくてはならない。


 一方、あのカップルは正門で教室内グラップルガン使用について教員に捕まり、陽動しておいてくれた。


 おれは何食わぬ顔をしてそそそっと正門を出た。

 ま、停学になっても、合同潜穽(ダイブ)には来るだろう。

 とにかく今夜は、カレーライスだ。



「あ、ミカコ姉。悪いんだけどさ、あいつらの弁護、頼める? たぶん今、教師にグラップルガン使用で絞られてると思うんだ。……いや、絞られてるっておしぼりじゃないよ。目上の者から目下の者が怒られてるって意味。学校で停学謹慎で処分されて戦力ダウンになったら穽潜(ダイブ)にも影響あるかもだし。あと結城グラニットには震災の炊き出しで、おれも六花も間接的に世話になったんだ。……うん。東城家が恩着せてくれてもいいよ。……うん、じゃあよろしく」


 寝覚めは良くしておくのが、日々健康の秘訣だ。



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