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第19話 王様の昔話はディナーのあとに



 うなぎと春野菜のスキャッタータ。

 スキャッチャータは、イタリア語で「押し潰す」という意味だ。

 国内ではフォカッチャやピザのパンの総称で知られている。

 開いたうなぎを蒸し、胡椒の香りを写しながら皮目にしっかり焼き色を付ける。


 うなぎをのせる土台部分には、新じゃがいもと新キャベツ、緑アスパラガスに火入れをしてからフードプロセッサーで潰す。


 その土台へうなぎを寝かせ、上から煮たけのこ、白と緑アスパラガスの微塵切りを半ナマに火入れした物をうなぎが隠れるくらいふんだんにかける。味付けのソースはアンチョビとハチミツを煮詰め、シェリービネガー強めで酸味とコクを与えた。隠し味に少量のおろしワサビがパンチをきかせる。


 最後に甘みが強くシャキシャキとした新玉ねぎのスライスを飾れば完成だ。

 これで一皿いくらなんて野暮はナシだ。そんな値段を当てるテレビ番組があった気はするが。


 夜の八時以降は客を入れないようにした。


 衛を駆り出しておいて正解だった、総出で再度掃除を徹底させる。

 特設テーブルは壁際で、入口の窓に薄い遮光カーテンをかけた。


「いらっしゃいませ」


 厨房とフロアの八人全員、最敬礼で来客を迎え入れる。


 入ってきたのは、杖をついた八十前後のロマンスグレー。中背だが背後の美女より少し低い。背筋と足取りは老境に至ってなお矍鑠(かくしゃく)として衰えず、だ。鳶色の中羽織を着こなす。東京では和服紳士が意外と多い。


 アーバレストジャパン社主・東城景騏。

 わが親友にして、わが守護者だ。 


「ベットラー。今夜は無理を言ったようだな」


 俺はドワーフ流に拱手こうしゅして、出迎える。


「なんの。お越しいただけるのであれば、いつでも歓迎いたしますよ。さあ、どうぞ」


 給仕は、フロア主任の火浦啄郎が担当する。

 料理はミカコが決めているのでワインアラカルトを提示させる。食前酒だ。もちろんすぐにバルバレスコを頼まれればすぐに出せる。


 コースは、

 前菜(アンティパスト) 桜鯛のカルパッチョ

 第一皿(プリモピアット) 菜の花のリゾット

 スープ メバルの粗出汁チュッピン

 第二皿(セコンドピアット) うなぎと春野菜のスキャッチャータ

 ドルチェ 苺のジェラード/ゼリーを添えて


 と、胃に重くならない構成にした。

 九時も半ばを過ぎた所でコースが終わり、景騏に呼ばれた。 


「とても美味しかった。ワインとも調和して、春の風を感じた。楽しい時間だったよ」

「恐れ入ります」

「相席を。ベットラーの意見が聞きたい」


 俺は美弦たちに厨房を任せるハンドサインを送り、他のテーブルから椅子を持ってきて座った。


「冬馬尊の倅を預かったそうだな」


「はい」


「元[童子切安綱]総代の目から見て、どうだった」


 俺は言葉を選んだ。衛は臨時出勤だったので、もう帰らせてある。


「大器。なれど短命でしょう」


「ベットラー……っ」


 ミカコが思わぬ辛評に慌てた声を向けてきた。

 俺は言葉を継ぐ。


「人には歳相応というものがございます。人族には人族の、ドワーフ族にはドワーフ族の」


「うん」


「歳月を灯す火は、歳を追うごとに大きくなり、視野を広げ、やがてその視野も衰え、消えます。しかし、あの者はいささか。まるで花火となることを自らに課しているように思います」


「花火か」


「はい。親の背を見すぎております。かくあれば剛き者になれると信じ切っております。実際、十五にして我らを驚かせるほどの才気です。あと二、三年もダンジョンに潜れば〝天下五剣〟の末席にて御前の目に留まる日もあろうかと。ただ如何せん、不遇なれば」


「ミカコの投資が無駄に終わるか」

元本(もと)は取れるでしょう。儲けは、三年でもなかなか」


「何が足らない。親の愛情か、世間の常識か」

「私見ながら、しがらみでございましょう」


 景騏がグラスの水を飲み干したので、俺は椅子から腰を浮かせた。

 そこに火浦啄郎がコーヒーを人数分を運んできたので、俺はそっと大息して腰を戻した。


 給仕が一礼して下がると、景騏は続けた。


「冬馬尊、雪花……今、妹がダンジョン癌だそうだな」


「はい。妹御の治療費捻出をダンジョンに潜る理由と思い定めているようです。しかしながら、薬石の効なく夭逝(ようせつ)すれば、衛は直後から支えを失い、文字通り花火となって闇に消えましょう」


 景騏は袖に腕を入れて、天井をあおいだ。


「尊にそっくりな莫迦(ばか)者か……道雪さんも草葉の陰で気を揉んでいることだろうな」


 俺は黙肯(もっこう)した。

 テーブルが少し沈黙した後、景騏がいう。


「ベットラー。雪花もダンジョン癌だったそうだ」


 俺は頷いてから、目を見開いた。


「誠でございますかっ!?」


「随分前に道雪さんから直に聞いた話だよ。ちょうど今の妹御と同じくらいの歳だったと思う」


「では、根治の見込みがあると?」


「いや、どうかな」景騏はコーヒーを啜って満足そうに唇を引っ込めてから、「もうその薬は残っていないそうだから」


「では、その薬とは?」


「河童の骨だそうだ」


 急に胡散臭くなってきた。俺はミカコと顔を見合わせた。

 景騏は昔話を思い出すため、すっと眉をひそめた。


「次女の難病に困り果てた時、枕元に先祖が立ち、告げたそうだ。河童の骨を背負わせろとな」

「河童の骨を背負う?」


「何かの暗号かしら……河童、骨。背負う。……え、背骨っ!?」


 まさかっ。俺とミカコは同時に声を上げた。


 景騏はカップを持ったまま頷いた。


「おそらく〝脊髄装甲(スパイナルコード)〟だろう。どう効いたかまでは聞いていないが、その数年後に[童子斬安綱]の羽生雪花だ。案外、病気ではなく〝呪い〟だったのかもな」


「呪い……御前。なぜ急に、そのようなことを?」


 景騏は対面に座る孫娘を軽く()めつけると、肩で芝居がかった大息をしてみせた。


「尊の娘に悪魔扱いされたのが業腹(ムカツク)と言ってな。子供に入れ知恵した大人に熱い灸を据えてやりたいから刑事裁判が得意な弁護士を紹介してくれと、こうだ」


 告げ口の仕返しが突飛すぎる、中学生か。実際に東京地方検察庁まで動かせるのが怖い。


「穏便なアプローチをすすめたが納得しないので、ベットラーの意見が聞きたいと思っただけだ。歳は取りたくないものだな。あんたを見て昔を思い出したら、河童の骨まで出てきたわ」


 そういって、景騏は快活に笑った。昔と同じように。



 二日後。

 衛の妹が入院している病院の介助ヘルパーの女が逮捕された。


 二ヶ月前まで、宮城県の介助ヘルパー会社に二十年勤務し、県内の小児要介助者二三件から治療費や送迎交通費の支払いをするためと偽って預金通帳を預かり、総額六千万円を着服、横領していたことが、ミカコから聞かされた。


「その女の悪行を、お嬢が吊ったのかい?」


『私じゃないわよ。なんか、すでに警察が行方を追ってたみたい。宮城県の県警本部長が菓子折り持って家に挨拶に来てたから。電話一本で宮城からすっ飛んできたのかもね』


 東城家が絡めば、ただ情報を提供してやったでは終わるまい。

 犯人の口座を凍結し、動かぬ証拠を揃え、なんなら身柄の確保までやってのけたはずだ。


「じゃあ、お嬢がわざわざ手を出すまでもなかったってわけかい」


『そういうことになるのかしらね。東京から来た知らないキャリア・ウーマンがリッカちゃんを攫うように東京へ転院させたり、あの病院の人気医師が逮捕されたりしたから、居心地が悪くなったのかもね』


 入社三年目でキャリアもまだ大したことねえだろうに。何言ってんだか。


「なら全部、お嬢がやったことじゃねえか」仕方なく褒めてやる。


『ね、やっぱり私の手柄よね。いやーつらいわぁ。頑張ったのに評価されないヒーロー役つらいわぁ』


「あとは、河童の背骨だな」


『そう。でね、さっきテディにそれ話したんだけど、三徹した頭でおかしなことを言い出してるのよ』


「おかしなこと?」もう、ほとんどうわ言じゃないのか。


『なんかさ、〝ビョーブのタイガーを追い出してみないと、無理かもね〟って、これって何のこと?』


 とんちか、なぞなぞか、どっちかにしてほしいんだがな。





【料理出典:

 YouTube/ポンテベッキオ山根大助の全力イタリアンch〝うなぎとなすびのスキャッチャータ〟】


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