第17話 都立段手町高等専門学校 入学式
体調と相談しながら、資料集めと同時進行で書いております。
途切れたら、ごめんちゃい(人^^)
四月。
入学式は渋谷区西原にある前・東京消防庁消防学校の体育館で行われた。
【 第19期 都立段手町高等専門学校 入学式 】
生定員は二五〇名。五年制。
ダンジョン工学科一二〇名。環境都市工学科八〇名。電子制御工学五〇名。
おれ――冬馬衛は、ダンジョン工学科に籍を置くことが決まった。
決まったといっても、おれが決めたわけじゃない。
東京の高校へ進学できるなんて想像すらしてなかった。
校則に服装規定がないので、式には中学の制服を着て出席してもよいと学校から指示された。
二ヶ月前に着れていたはずの制服がひどく窮屈だった。
ベットラー相場家の鉄血朝練と食事のおかげだろう。
あのドワーフ達はとにかく、よく食べ、よく飲み、よく働いた。
「マモル」
校門を出ると、ミカコがスーツ姿で待っていた。
おれは少し呼吸を整えるが、それでも照れくさくなってそっぽを向いた。
「別に、来てくれなくてもよかったのに」
「私が見てみたかったのよ。日本のダンジョンスクールをね。乗って」
促された車は、黒塗りのコンフォート。一見タクシーに思えたが車内を仕切るアクリル板もなかった。無線はあったが。
「アーバレスト?」
「病院」
それだけで俺は理解し、乗り込んだ。
後部ドアが閉まると、車窓はすぐ動き出した。
「再会の前に悪いんだけど、仕事の話をさせてもらうわね」
「うん。今度はどこのダンジョン?」
「来月のゴールデンウィークに第6ダンジョン【殺陣】の採掘層掃討よ。ラプトル系機械獣の中でも少し大きなスカベンジャーっていうのがいてね」
「スカベンジャー……キマイラみたいなゴミ食い?」
「あれは欠損デーモンコアのゴミ拾い亡者、スカベンジャーは積極的に動き回るわゴミトカゲかしらね。相手が弱いと感じれば人でも機械獣でもお構いなしで襲って捕食、団体で狩猟も行う知恵も持ってる」
「同じゴミ漁りでも、積極的に組織行動で襲ってくるのか」
「そうね。だから今回、三チームで討伐に当たってもらうわ」
「[三島瓶割]とあとは?」
「[長曽祢虎徹]と[火車切広光]。この二チームがスカベンジャーの頭数把握に、来週から偵察に出るはずよ」
「数を把握をするだけなのに、二チーム?」
「そう聞いてるわ。第16階層に築かれた大集落を一掃する作戦になるから人手もかけるみたい」
「それじゃあ、まだ[ダレンスレイブ]でいいんだよな」
「ええ。あなたの[フツノミタマ]はまだ謎なところが多くて、んふっ」
「なに?」
となりで急に美女が楽しそうに微笑されると、気になってしまった。
「ごめんなさい。というかね。テディが〝彼〟に首ったけなのよ」
あの燻銀の脊髄に名前をつけて擬人化までしている。
テディは、テッド・ウォーレンというアフリカ系アメリカ人のダンジョン工学博士だ。まだ一回しか会ってないが、日本語はペラペラだった。オネエ系の。さすが人間の坩堝、東京だ。
ウォーレン博士は、オリジン脊髄が俺に適合したことで〝男性〟と断定して二週間、研究室ドアに[面会謝絶]をかけて引き籠もるらしい。
おれは後部シートに体を預けて、正直な気持ちを告げた。
「前回あれに助けられたんだとしても、おれはまだ、あれを着るのは怖いよ」
東城ミカコも、無言で頷いてくれた。
【獄闘】で覚えているのは、いきなり突進してくる大きなキマイラから辰巳を突き飛ばしたことだけだ。凄まじい衝撃が背中を蹂躙して、意識がちぎれた。死んだと思った。
そこからは夢の中だ。
しばらくすると闇の彼方にぼんやりと人影が浮かんできた。
四方八方から伸びてくる縄に手足や首、腰まで拘束された古い鎧武者がこちらをじっと見つめている。
何を話して何を話しかけられたのかはあまり憶えていない。
ただ、一つだけ。
――われはしんのうとなりしかば、
きんもんをやぶるなかれ、そわ
くずりゅうごくじっかいじんを
はらえ、はらえ、はらえ――
声で聞いたわけじゃない。目が覚めた病室でぼんやりと頭に残っていた。
目覚めるといつも、地獄に落ちて現世に逃げ戻った気分になる。
この夢はまだ、誰にも話していない。
内容が禍々しすぎて口にするのも怖かった。
小さい頃から付きまとわれている夢だから。
「大丈夫。次のダンジョンも[ダレンスレイブ]で出てもらうわ。けっして楽な仕事ではないけれど、ベットラーたちの言うことをよく聞いてね」
「うん」
東城ミカコは雰囲気を変えるみたいに、大きく息を吸い込んだ。
「そうだ、あと[長曽祢虎徹]と[火車切広光]には十代の潜穽者もいるわよ。仲良くできそうなら、しておいて損はないと思うけど」
「そいつら、ダンテ高専の生徒?」
「うーん、たぶんそうじゃない? 待って、照会してみるわ」
ショルダーバッグからパッドを取り出すと起動させた。ペンでスライドさせていき、「彼らよ」とパッドを渡してくれた。個人情報とは。
「[小佐院童夢]は二年A組で、[市川季鏡]と[結城康介]は三年B組ね」
いくら同じダンテ高専でも、一年生で潜穽者をやってるのはおれくらいか。
「二年生は四月からなのに、免許って取れるの?」
「その子、四月から十七歳だから見込み手続きしてたんでしょう。だから今回のが初潜穽じゃない?」
「でも十代で、企業専属チームになるのは大変じゃないのか?」
「[長曽祢虎徹]は〈コサイン地下開発システム〉の所属チームだし、[火車丸広光]はダンジョン業〈結城グラニット株式会社〉の所属チームね」
「あー。結城グラニットは聞いたことがあるかも。震災後すぐ、炊き出しに来てくれてた会社だ。社長が元陸上自衛官だったかな。そっか、チームって言っても普通は家族経営なんだ」
「日本国内はだいたいはそうね。あと会社継承の一環で親に免許取らされて、現場見学ってやつ? 私もニューヨークにいたとき、親の指図で取らされたなあ」
「へえ、そうなんだ」
意外だったので目を瞠ると、東城ミカコは何でもない様子で笑顔を窓の外に向けた。
「環境保護団体みたいに無免許であちこちのダンジョンに潜るくらいなら、ライセンス取ってからにしろって」
親が子供を説得するたとえが不穏すぎる。だから初見、盗掘してたおれに寛容だったのか。
なんかこの上司のことが少しわかった気がしてきた。




